第四十一話 「絶望の底」
黒い海が揺れていた。
世界を飲み込もうとしていた黒域深層。
その中心で。
銀色の光が、
ゆっくり広がっていく。
第三位相。
人類位相。
それは。
絶望そのものへ触れ始めていた。
『理解不能』
黒域中枢が脈動する。
黒い海が荒れ狂う。
絶望。
孤独。
死への恐怖。
無数の感情が、
世界へ溢れ出していた。
塔内部へ、
崩壊都市の幻影が浮かぶ。
◆
瓦礫の街。
泣いている子供。
一人で座る老人。
戦場。
焼け落ちる家。
『助けて』
『苦しい』
『もう嫌だ』
◆
全部。
黒域へ沈んだ感情だった。
黒瀬真琴が震える。
「やめろ……」
侵食痕が脈動していた。
黒域中枢と共鳴している。
「黒瀬!」
「聞こえるんだよ……!」
彼は頭を押さえる。
「全部……
全部聞こえる……!」
黒域適合者。
だからこそ。
絶望へ最も近い。
『人間は壊れる』
黒域中枢の声。
『故に解放が必要』
黒い海が広がる。
人間の輪郭が溶ける。
個人が消える。
苦しみから逃れるために。
全部を無へ戻そうとしている。
「違う」
ユナが涙を浮かべながら言う。
「苦しいだけじゃない」
銀色の光が広がる。
黒い海へ触れる。
その瞬間。
別の感情が流れ込んだ。
◆
手を繋ぐ親子。
笑い声。
誰かを待つ時間。
帰りたい場所。
好きだという想い。
◆
黒い海が揺れる。
絶望だけじゃない。
人間は。
痛みの中でも、
誰かを想っていた。
『……矛盾』
黒域中枢が初めて迷う。
『何故、
人類は壊れながら繋がる』
「一人じゃないからだ」
俺は静かに言う。
「人間は弱い。
でも、
誰かがいるから前へ進める」
黒い海が脈動する。
その奥で。
一つの記憶が浮かんだ。
◆
幼い頃の黒瀬真琴。
崩壊した街。
一人ぼっち。
泣いている少年へ。
誰かが手を差し伸べる。
◆
黒瀬が目を見開く。
「……あ」
忘れていた記憶。
絶望しか残っていないと思っていた。
でも。
確かに誰かがいた。
黒域中枢が沈黙する。
『黒は……
人類の絶望』
「違う」
俺は首を振る。
「絶望だけじゃない」
銀色の光が、
黒い海の奥深くまで届いていく。
「人間は、
何度でも誰かを求める」
その瞬間。
黒域中枢へ、
銀色の亀裂が走った。
『……理解不能』
巨大な黒い“本体”が、
初めて苦しむように揺れる。
世界中で。
黒域侵食が、
少しずつ止まり始めていた。




