第四話 「永久機構」
巨大な“それ”は、
ゆっくりと黒域の空を見開いた。
空そのものだった。
いや。
空間に埋め込まれた巨大な眼球。
黒い雲の奥で、
人間の瞳に似た何かがこちらを見ている。
瞬きはしない。
ただ。
観測している。
「……なんだ、あれは」
思わず足が止まる。
少女は静かに空を見上げていた。
「起きた」
「起きた、だと?」
「まだ完全じゃないけど」
その言葉の意味を理解する前に。
頭上から轟音が降ってきた。
輸送機。
永久機構の強襲輸送機が、
低空飛行で黒域上空へ侵入してくる。
『神代玲司特務観測官へ告ぐ』
重い男の声が通信回線へ割り込んだ。
『直ちに対象を確保し撤退せよ』
知らない声だった。
だが。
現場権限を上書きできる時点で、
かなり上の人間だ。
「誰だ」
『永久機構中央統制局。
第五管理官・九条征士郎』
中央統制局。
永久機構の中枢。
現場人間には滅多に接触してこない部署だ。
「……ずいぶん動きが早いな」
『当然だ。
それは“黒域核”だ』
少女がこちらを見る。
初めて表情が揺れた。
黒域核。
その単語に反応した。
「説明しろ」
『対象は横浜第七相位区崩壊中心部で発見された特殊存在。
最優先危険指定個体だ』
「危険?」
俺は少女を見る。
少なくとも今の彼女から、
敵意は感じない。
だが。
九条の声は冷たかった。
『対象は都市級相位崩壊を維持している可能性がある』
空気が変わる。
つまり。
この少女一人が、
横浜十二万人消失の原因かもしれない。
「……嘘」
少女が小さく呟いた。
その声は震えていた。
『対象は精神同期による擬似人格形成を行っている可能性がある。
会話へ応じるな』
「おい」
『繰り返す。
対象を確保しろ』
命令口調。
現場確認すらしていない。
まるで。
最初から少女の存在を知っていたみたいに。
俺は目を細める。
「中央統制局は何を隠してる」
沈黙。
通信の向こう側で、
誰かが息を止めた気配がした。
『……お前には関係ない』
「あるな」
左首の侵食痕が脈打つ。
十四年前。
東京相位崩落事件。
あの日も。
永久機構は“何か”を隠していた。
『神代玲司』
九条の声が低くなる。
『それ以上の発言は権限逸脱と判断する』
「だったらどうする」
『必要ならお前ごと処理する』
その瞬間。
少女が俺の袖を掴んだ。
小さな手。
冷たい。
「……逃げて」
「何?」
少女の瞳が揺れていた。
初めて。
明確な恐怖が浮かんでいる。
「来る」
次の瞬間。
上空の輸送機が爆発した。
轟音。
炎。
黒域の空に火の雨が散る。
『っ――!?』
通信が途切れる。
視界の奥。
黒い空間が裂けた。
そこから現れたのは。
巨大な人型だった。
全長二十メートル以上。
黒いノイズで形成された肉体。
輪郭が安定していない。
人間に似ている。
だが。
人間じゃない。
その頭部中央には。
巨大な“眼”が埋め込まれていた。
少女が小さく呟く。
「観測者……」
巨大存在が、
ゆっくりとこちらへ顔を向ける。
そして。
空気そのものを震わせる声が響いた。
『発見』
世界が軋む。
『未固定存在を確認』
俺の侵食痕が激しく脈動した。
まるで。
“あれ”が俺を認識したみたいに。




