第三十話 「榊一臣」
白域固定塔が脈動していた。
塔内部を満たす白い光。
人格情報。
同期された無数の意識。
そして。
その中心に立つ男。
榊一臣。
白衣姿のまま、
静かにこちらを見ていた。
だが。
もう人間には見えなかった。
皮膚の一部が白い粒子へ変質している。
瞳の奥には感情ではなく、
“固定された意思”だけが存在していた。
「ようこそ」
榊は微笑む。
「人類の未来へ」
「ふざけるな」
俺は睨み返す。
「これのどこが未来だ」
塔内部へ無数の声が響いている。
笑い声。
泣き声。
思考。
全部が混ざり合い、
一つになろうとしていた。
人間が消えている。
個人が壊れている。
「違う」
榊は静かに首を振る。
「ようやく人類は争いを終えられる」
「人格を潰してか」
「個は不完全だ」
即答だった。
その言葉に、
迷いが一切ない。
「恐怖。
憎悪。
孤独。
嫉妬。
人間は不完全だから争う」
白域固定塔が脈動する。
「ならば統合すればいい」
紗那が低く言う。
「それは人類じゃありません」
榊は彼女を見る。
「雨宮紗那観測官。
君も理解しているはずだ」
白い光。
塔内部へ、
過去映像が浮かび上がる。
戦争。
虐殺。
崩壊都市。
黒域災害。
人間同士の争い。
「これが自由の結果だ」
榊の声が静かに響く。
「個人は必ず破綻する」
そして。
榊はユナを見る。
「だから君を作った」
ユナが震える。
「……わたしを」
「零番核」
榊の目が優しくなる。
だが。
その優しさが逆に恐ろしかった。
「人類固定の中心核。
白域中枢との完全接続媒体」
ユナの顔から血の気が引く。
「そんな……」
「君は人類を救うために生まれた」
「違う!」
ユナが叫ぶ。
「わたしは……!」
言葉が止まる。
自分が何者なのか。
何のために作られたのか。
その現実が彼女を壊しかけていた。
俺は前へ出る。
「ユナは道具じゃない」
榊がこちらを見る。
「神代玲司」
白観測者が脈動する。
「君は矛盾している」
侵食痕が熱い。
「白も拒絶。
黒も拒絶。
だが世界はどちらかを選ばねばならない」
「だから第三位相がある」
その瞬間。
榊の目が初めて揺れた。
「……まだそんな幻想を」
「幻想じゃない」
俺はユナの手を握る。
「人間は変わる。
でも、
それでも人間のままでいられる」
ユナがこちらを見る。
涙を浮かべながら。
榊は静かに目を閉じた。
「やはり君は危険だ」
次の瞬間。
塔全体が激しく脈動した。
『統合率六十%突破』
白い光が暴走する。
紗那が叫ぶ。
「まずい!
白域中枢が完全起動します!」
黒瀬が侵食痕を開く。
「玲司!」
黒いノイズ。
白い光。
塔内部が崩壊を始める。
そして。
榊一臣の背後で。
巨大な“眼”が開いた。
白域中枢。
世界そのものみたいな巨大存在。
『統合を開始する』
その声と同時に。
東京湾全域が、
完全な白へ染まり始めた。




