第三十一話 「白域中枢」
白だった。
視界が。
空間が。
世界そのものが。
全部白へ染まっていく。
白域固定塔が脈動する度に、
東京湾沿岸の人格情報が吸い上げられている。
『統合を開始する』
白域中枢の声。
巨大な“眼”。
塔内部全域を埋め尽くす、
超存在。
その視線だけで、
思考が固定されそうになる。
危険だ。
理解した瞬間、
侵食痕が脈動した。
黒いノイズ。
白を拒絶する。
だが。
押し返しきれない。
白域中枢の出力が強すぎる。
「玲司!」
紗那が叫ぶ。
彼女の輪郭が少しずつ白化していた。
人格固定が始まっている。
黒瀬も苦しそうに膝をつく。
「くそ……!」
黒域侵食ですら押し負けている。
白域中枢。
完全起動寸前。
榊一臣が静かに言う。
「これで終わる」
白衣が光へ変質していく。
彼自身も、
既に白域へ融合していた。
「争いも。
苦しみも。
死も」
「人間もだろ」
俺が睨むと、
榊は僅かに目を細めた。
「人間は次段階へ進む」
「それは逃げだ」
沈黙。
白域中枢が脈動する。
「不完全だから人間なんだろ」
苦しみ。
恐怖。
孤独。
それでも。
全部抱えたまま生きるから、
人間なんだ。
「固定して全部消すなら、
最初から機械でいい」
榊の顔から笑みが消える。
「……君は理解しない」
「理解したくない」
その瞬間。
白域中枢がこちらを見る。
『矛盾個体』
空間圧。
存在固定。
身体が動かなくなる。
思考が白へ塗り潰されていく。
『統合対象へ編入』
まずい。
抵抗できない。
その時。
ユナが前へ出た。
「だめ」
白い光が彼女を包む。
零番核。
白域中枢と直結している。
「ユナ!」
彼女は泣きそうな顔で笑った。
「玲司は、
人間だから」
その瞬間。
ユナの中から、
別の光が溢れた。
白でもない。
黒でもない。
淡い銀色。
塔内部が震える。
白域中枢が初めて反応した。
『未定義反応』
紗那が目を見開く。
「第三位相……!」
銀色の光が広がる。
人格固定が止まる。
白化していた人々の輪郭が戻っていく。
黒瀬が呆然と呟く。
「本当に存在したのか……」
ユナが苦しそうに胸を押さえる。
「っ……!」
銀色の光は不安定だった。
まだ未完成。
だが。
確かに白を止めている。
榊一臣が初めて動揺する。
「ありえない……」
白域中枢が脈動する。
『異常因子確認』
塔全体が軋む。
そして。
世界の裏側から。
もう一つの声が響いた。
『黒域干渉開始』
黒いノイズ。
塔外壁が侵食される。
黒観測者。
いや。
もっと深い。
黒域中枢。
白域中枢へ直接干渉を始めた。
白。
黒。
二つの超存在が、
ついに真正面から衝突する。
そして。
その中心に。
俺とユナがいた。




