第二十四話 「第三の位相」
黒域が止まっていた。
避難区を覆っていた黒いノイズが、
ゆっくり霧散していく。
崩壊寸前だった空間が、
辛うじて安定を取り戻した。
沈黙。
誰も動けなかった。
白百合部隊ですら。
ただ。
全員が俺を見ていた。
ユナの手が、
まだ俺の手を握っている。
小さい。
温かい。
それだけで。
暴走しかけていた黒域が、
本当に静かになっていた。
「……玲司」
ユナが不安そうに俺を見る。
俺はゆっくり息を吐いた。
侵食痕の熱が引いていく。
だが。
完全には消えない。
黒域はまだ、
俺の中に存在している。
榊一臣が静かに呟いた。
『興味深い』
その声には、
明確な驚きがあった。
『零番核による感情固定』
白観測者が脈動する。
『未確認現象』
黒観測者も沈黙している。
二つの超存在が、
俺とユナを観測していた。
紗那が低く言う。
「……第三位相」
全員の視線が彼女へ向く。
紗那自身も、
信じられないものを見る顔だった。
「白でも黒でもない」
白は固定。
黒は解放。
だが今。
俺はどちらにも完全には傾かなかった。
ユナによって。
“人間側”へ引き戻された。
「そんなもの……」
榊が初めて言葉を止めた。
「理論上存在しない」
「でも起きた」
俺は睨み返す。
「お前らの理論は、
最初から人間を見てない」
沈黙。
避難区の空気が張り詰める。
『神代玲司』
白観測者が声を響かせる。
『未定義存在認定』
黒観測者も続く。
『観測不能個体』
二つの観測者が、
初めて同じ反応を示した。
理解できない。
分類できない。
だから。
危険。
榊の目が細くなる。
『なるほど』
その瞬間。
白百合部隊が一斉に武器を下ろした。
紗那が目を見開く。
「撤退……?」
『現時点での交戦は非効率』
榊の声は冷静だった。
『黒域中枢及び白域中枢双方が反応している以上、
この場での強制回収は危険度が高すぎる』
つまり。
初めて。
永久機構が“様子見”へ入った。
『神代玲司』
榊が最後にこちらを見る。
『君はいずれ選択を迫られる』
白い光。
空間転移。
白百合部隊が次々消えていく。
『その時、
世界は君を必要とする』
榊の姿も消える。
静寂。
避難区には、
崩壊の残骸だけが残った。
人々はまだ震えている。
恐怖。
混乱。
だが。
もう誰もユナへ近づこうとしなかった。
黒域を見たからだ。
俺を見たからだ。
「……最悪ですね」
紗那が疲れたように呟く。
「完全に世界規模案件になりました」
「元からだろ」
「ここまでじゃありませんでした」
紗那は空を見る。
白観測者。
黒観測者。
二つの巨大な“眼”。
まだ空へ浮かんでいる。
「中央統制局は絶対に諦めません」
「だろうな」
「それに」
紗那が俺を見る。
「今、
あなたは世界で最も危険な存在です」
ユナが不安そうに俺を見上げる。
「玲司……」
その時。
避難区全域へ緊急警報が鳴り響いた。
『緊急速報』
モニター点灯。
だが。
映ったのは永久機構ではなかった。
黒い紋章。
未知の組織。
そして。
一人の女。
赤い軍服。
銀色の瞳。
彼女は真っ直ぐこちらを見る。
『こちらは境界解放戦線』
避難区がざわめく。
『神代玲司。
零番核ユナ』
女は静かに言った。
『我々は君たちを歓迎する』




