第二十三話 「黒化」
怒りだった。
純粋な。
どうしようもない感情。
避難民。
恐怖。
白百合部隊。
榊一臣。
全部が繋がって、
胸の奥で黒く燃えていた。
侵食痕が脈動する。
黒いノイズが視界を覆う。
耳鳴り。
世界が歪む。
「玲司!!」
紗那の叫び。
だが。
遠い。
身体が熱い。
違う。
現実との境界が薄くなっている。
『黒域同期率上昇』
黒観測者の声。
『適合体、
黒化段階へ移行』
その瞬間。
俺の足元から黒い波紋が広がった。
避難区の床が侵食される。
白い照明がノイズ化し、
空間そのものが軋み始めた。
白百合部隊が一斉に武器を向ける。
『危険度上昇』
『対象を黒域災害認定』
「撃て」
榊の命令。
白い閃光。
数十発。
だが。
俺へ届く前に。
全部消えた。
黒いノイズへ飲み込まれ、
存在そのものが崩壊していく。
沈黙。
白百合部隊が初めて動揺した。
俺自身も、
何をしたのか理解できなかった。
ただ。
世界が“壊せる”と分かった。
「……玲司」
ユナの声。
振り返る。
少女が怯えていた。
その目が。
俺を見ている。
怪物を見る目だった。
胸が痛む。
だが。
怒りが止まらない。
『黒域侵食開始』
黒観測者が開眼する。
避難区上空が黒く染まる。
空間崩壊。
存在解放。
人々が悲鳴を上げた。
「いやあああ!!」
「逃げろ!!」
床が崩れる。
違う。
固定が外れている。
世界そのものが黒域化していく。
紗那が俺へ近づく。
「玲司さん!」
俺は反射的に後退した。
近づくな。
そう思った瞬間。
紗那の腕がノイズ化する。
「っ……!」
慌てて感情を抑える。
黒域侵食が止まる。
紗那が息を呑んだ。
「今の……」
俺の周囲だけ、
現実が不安定化している。
黒域が俺を中心に発生していた。
榊一臣が静かに呟く。
『ついに到達したか』
その声に、
嫌な期待が混ざっていた。
『黒の王候補』
避難区全体が凍りつく。
黒の王。
その単語だけで、
空気が変わった。
紗那が震える。
「まさか……」
『神代玲司』
榊の目がこちらを見据える。
『君は人類史上初めて、
白と黒の両方へ適合した』
白観測者。
黒観測者。
二つの巨大な“眼”が、
同時に俺を見ていた。
『だから君は危険だ』
白い光。
黒いノイズ。
二つの世界がぶつかる。
避難区が崩壊していく。
その時。
ユナが俺の手を掴んだ。
小さな手。
震えている。
「玲司」
泣きそうな声。
「戻って」
その瞬間。
侵食痕の熱が少しだけ引いた。
ユナの瞳。
黒でも白でもない。
ただ。
一人の少女として、
俺を見ていた。
そして。
黒域が。
静かに止まった。




