表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
位相戦線  作者: 神代零


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/50

第二話 「黒域の少女」

 頭痛が消えない。


 脳の奥を直接掻き回されているような感覚だった。


 膝をついたまま、俺は荒い呼吸を繰り返す。


 視界の端で黒いノイズがちらついていた。


 左首の侵食痕が熱を持って脈動している。


 少女は静かに俺を見下ろしていた。


「……お前は、何だ」


 声が掠れる。


 少女は答えない。


 代わりに、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。


 裸足の足音はしない。


 黒域内部では音そのものが曖昧になる。


 いや。


 この少女だけが、

 現実から切り離されているようだった。


「来るな」


 反射的に拳銃を抜く。


 黒い大型自動拳銃。


 永久機構制式《G-41相位穿孔弾仕様》。


 本来なら、不死兵士の相位固定を破壊するための武器だ。


 だが。


 少女は銃口を見ても表情を変えなかった。


「それ、意味ないよ」


 静かな声だった。


 その瞬間。


 背筋が凍る。


 敵意じゃない。


 理解不能なものを前にした時の、

 本能的な恐怖だった。


「玲司さん!」


 通信機から紗那の声。


 ノイズ混じりだ。


「今、何が起きています!? 観測値が急上昇しています!」


「……生存者を発見した」


『生存者?』


 紗那の声が止まる。


 当然だ。


 黒域中心部で、

 正常存在を維持している人間などあり得ない。


 少女が俺の通信機へ視線を向ける。


「その人、怖がってる」


「お前には関係ない」


「でもあなたも怖がってる」


 図星だった。


 俺は舌打ちする。


 呼吸を整えながら立ち上がる。


 少女との距離は五メートルほど。


 近い。


 近すぎる。


 普通ならもっと警戒する。


 だがこの空間では、

 距離感そのものが狂っていた。


「名前は」


 俺は問う。


 少女は少し考えるように首を傾げた。


「……分からない」


「記憶喪失か」


「違うと思う」


 少女は空を見上げる。


 黒く欠けた空間。


 歪んだ現実。


「最初から、なかったから」


 その言葉に、

 胸の奥がざわつく。


 最初から存在しない。


 それは黒域消失者の記録と一致していた。


 存在情報が崩壊した人間は、

 履歴そのものが消える。


 家族も。


 戸籍も。


 記録も。


 世界から欠落する。


 まるで最初からいなかったように。


「……お前は黒域で生まれたのか」


「分からない」


 少女はまた同じ答えを返す。


 だが。


 今度はその目が真っ直ぐ俺を見ていた。


「でもあなたを待ってた」


 寒気。


 侵食痕が再び脈動する。


 頭痛。


 耳鳴り。


 そして一瞬。


 視界の奥に光景が流れた。


 燃える東京。


 崩壊する高層ビル。


 黒い空。


 泣き叫ぶ誰か。


『玲司――!』


 ノイズ。


 映像が途切れる。


「っ……!」


 頭を押さえる。


 十四年前の東京相位崩落事件。


 断片的にしか思い出せない記憶。


 だが今。


 少女を見た瞬間、

 何かが繋がりかけていた。


「玲司さん、応答してください!」


 通信が乱れる。


 紗那の声にも焦りが混じっていた。


「相位深度が限界値を超えています! そこは危険です!」


「……ああ」


 だが撤退はできない。


 目の前の少女。


 こいつは黒域の核心だ。


 直感だった。


 そして。


 黒域では理論より直感の方が生存率が高い。


 少女がふいに俺のコート裾を掴む。


 冷たい指だった。


「来る」


「……何がだ」


 少女は答えない。


 代わりに。


 崩壊した都市の奥を見つめていた。


 その瞬間。


 遠くで。


 何かが動いた。


 人影。


 いや。


 違う。


 “人だったもの”だ。


 黒いノイズを纏った輪郭。


 崩れた肉体。


 歪んだ顔。


 それがゆっくりとこちらへ歩いてくる。


 数は一つじゃない。


 次々に現れる。


 消失したはずの住民たち。


 だがその目は空洞だった。


 少女が小さく呟く。


「失敗した人たち」


 黒い群れが、

 一斉にこちらを見た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ