第十五話 「第二観測者」
黒い空が裂けていた。
駅構内の壁が消失し、
剥き出しになった夜空の向こう。
そこに。
二つ目の“眼”が浮かんでいた。
巨大。
異様。
空間そのものへ埋め込まれたような存在。
最初の観測者とは違う。
色が違った。
一つ目が漆黒なら。
二つ目は、
白かった。
白い眼。
無機質。
冷たい。
まるで。
感情そのものを持たない神の目。
「……なんだ、あれは」
紗那の声が震える。
彼女がここまで動揺するのは初めて見た。
黒瀬真琴でさえ、
初めて表情を変えていた。
「白観測者……」
「知ってるのか」
「理論上の存在だ」
黒瀬が低く呟く。
「黒域深層でしか確認されないはずだった」
少女が後退する。
明確に怯えていた。
「だめ……」
「何がだ」
「来ちゃだめなのに」
次の瞬間。
白い観測者の眼が開く。
世界が静止した。
音が消える。
空気が止まる。
時間そのものが凍結したような感覚。
『統合個体を確認』
声。
だが。
黒の観測者と違う。
感情が完全にない。
機械より冷たい。
『零番核。
黒域適合体。
固定存在候補』
その瞬間。
少女が苦しそうに頭を押さえる。
「いや……!」
空間歪曲。
黒域が暴走する。
黒いノイズと白い光が空で衝突していた。
観測者同士が干渉している。
黒瀬の顔色が変わる。
「まずいな」
「何が起きてる」
「黒域が分裂する」
意味が分からない。
だが。
空を見た瞬間、
本能で理解した。
世界が二つに裂けようとしている。
黒。
白。
二種類の観測者。
そして。
二種類の“固定”。
『個体固定を開始』
白観測者が宣言する。
直後。
白い光が駅構内へ降り注いだ。
床。
壁。
空気。
全てが白へ塗り潰される。
「っ!」
呼吸ができない。
違う。
“存在を固定”されている。
身体が動かない。
思考すら凍る。
紗那が膝をつく。
「これ……は……」
黒瀬でさえ動きを止めていた。
だが。
俺だけは違った。
左首の侵食痕が脈動する。
黒いノイズが身体を覆う。
白い固定を侵食していく。
その瞬間。
白観測者が。
初めて反応した。
『矛盾を確認』
巨大な白い眼が、
ゆっくりこちらへ向く。
『未定義存在』
黒瀬が目を見開く。
「まさか……」
侵食痕が焼ける。
頭の奥へ、
誰かの声が流れ込んでくる。
『玲司』
少女の声。
違う。
もっと古い。
もっと深い場所から聞こえる声。
『あなたは』
白い世界。
研究室。
泣いている少女。
幼い俺。
そして。
巨大な培養槽。
その中に浮かぶ。
“もう一人の俺”。
◆
『固定率安定』
『黒域適合成功』
『人格同期開始』
白衣の研究員たち。
榊一臣。
そして。
培養槽の中で眠る少年。
俺と同じ顔。
『零番適合体二号、
起動準備完了』
二号。
その言葉で。
全身の血が凍った。
◆
「――っ!!」
意識が戻る。
呼吸が乱れる。
黒瀬が静かに俺を見ていた。
「見えたか」
俺は震える声で言う。
「……俺は、
一人じゃなかったのか」
黒瀬は否定しない。
代わりに。
白い観測者を見上げた。
『固定開始』
その瞬間。
駅構内奥の闇で。
誰かが目を開いた。




