第十四話 「人間の境界」
駅構内に沈黙が落ちた。
俺の右腕は、
確かに再生していた。
黒いノイズ。
侵食痕。
存在再構成。
普通の再生じゃない。
まるで。
“現実そのもの”が俺を修復したみたいだった。
少女が震えている。
「玲司……」
その目には恐怖があった。
俺に対してじゃない。
俺が壊れていくことへの恐怖。
黒瀬真琴は静かにこちらを見ていた。
「どうだ」
感情のない声。
「自分が何者か、
少しは理解できたか」
「黙れ」
「否定しても無駄だ」
黒瀬の侵食痕が脈動する。
黒い線。
まるで生きているみたいだった。
「俺たちは既に“固定存在”へ近づいている」
紗那が低く言う。
「それを進化と呼ぶんですか」
「違うな」
黒瀬は少しだけ笑った。
「必要だっただけだ」
その瞬間。
黒域の振動が強くなる。
観測者。
巨大な“眼”が駅上空を覆っている。
『共鳴率上昇』
低い声。
『零番同期反応を確認』
少女が苦しそうに胸を押さえた。
空間が歪む。
ホームの壁がノイズ化し、
存在が崩れ始めている。
「まずい……!」
紗那が端末を見る。
「黒域が内部侵食を始めています!」
黒瀬は動じない。
むしろ。
観測者を見上げていた。
「面白い」
「どこがだ」
「観測者が、
玲司へ反応している」
嫌な沈黙。
侵食痕が熱い。
まるで。
空の“あれ”と繋がっているみたいに。
「お前、
観測者が何か知ってるな」
黒瀬は少し黙った。
それから。
「人類の次段階だ」
紗那が息を呑む。
「……まさか」
「永久機構は再生技術を完成させた。
だが問題が残った」
黒瀬の視線が少女へ向く。
「人間は個体ごとの差異によって、
必ず破綻する」
「だから統合するのか」
「そうだ」
即答。
「個人を消し、
存在を統合する」
少女が震える。
「それじゃ……」
「人間はいなくなる」
俺が吐き捨てると。
黒瀬は静かに頷いた。
「必要ならな」
その言葉に、
怒りより先に寒気が来た。
本気だ。
こいつら。
本当に人類を別の何かへ変えようとしている。
「狂ってる」
「違う」
黒瀬は俺を見る。
「恐怖を捨てただけだ」
その瞬間。
観測者の巨大な眼が開いた。
駅構内全体へ圧力が降る。
空間が悲鳴を上げる。
『固定存在候補を確認』
その声は。
今までと違った。
俺を見ている。
『神代玲司』
名前を呼ばれた瞬間。
侵食痕が激しく脈動した。
頭痛。
視界が揺れる。
そして。
脳裏へ映像が流れ込む。
◆
暗い空間。
無数の人影。
いや。
“人だったもの”。
黒い海みたいな場所で、
大量の存在情報が溶け合っている。
『統合固定開始』
観測者の声。
巨大な“眼”。
そして。
その中心に立つ人影。
白衣。
白髪。
榊一臣。
『個の時代は終わる』
その言葉と同時に。
無数の人間が、
一つへ溶けていく。
悲鳴。
絶叫。
人格崩壊。
それでも榊は笑っていた。
『これが人類救済だ』
◆
「――っ!!」
現実へ引き戻される。
呼吸が乱れる。
少女が俺を支えていた。
「玲司!」
黒瀬が静かに言う。
「見えたか」
俺は睨む。
「お前ら、
本当に人類を壊す気か」
黒瀬は否定しない。
代わりに。
「既に始まっている」
その瞬間。
駅構内の壁が崩壊した。
違う。
“存在が削除された”。
黒い空。
巨大な観測者。
そして。
その背後に。
新たな“眼”が開いた。
二つ目。
少女の顔から血の気が引く。
「……増えてる」




