第十三話 「黒の再生体」
駅構内の空気が凍った。
点滅する非常灯。
崩壊したホーム。
その暗闇の中で。
男だけが静かに立っていた。
白い軍服。
中央統制局章。
整いすぎた顔。
そして。
左首に刻まれた黒い侵食痕。
俺と同じ。
いや。
俺より深い。
まるで黒い血管が首筋から全身へ広がっているみたいだった。
「……誰だ」
男は薄く笑う。
「それは挨拶として寂しいな」
低い声。
妙に落ち着いている。
感情を押し殺したような話し方だった。
「中央統制局特務執行官。
黒瀬真琴」
紗那の顔色が悪い。
知っている。
しかも。
かなり嫌な形で。
「まさか、
あなたが投入されるなんて……」
「零番案件だからな」
黒瀬は静かに少女を見る。
その目に感情はない。
いや。
違う。
感情を捨てた人間の目だ。
「回収対象を確認」
少女が俺の後ろへ隠れる。
黒瀬はそれを見ても何も言わない。
ただ。
少しだけ視線を細めた。
「なるほど」
「何がだ」
「お前はまだ“人間側”か」
意味深な言い方だった。
侵食痕が脈打つ。
黒瀬の視線が、
そこへ向いていた。
「玲司さん、下がってください」
紗那が前へ出る。
だが。
黒瀬は小さく息を吐いた。
「お前では無理だ」
次の瞬間。
黒瀬の姿が消えた。
「っ――!」
速い。
認識が追いつかない。
気づいた時には、
黒瀬が目の前にいた。
拳。
反射的に腕を上げる。
衝撃。
骨が軋む。
身体ごと吹き飛ばされた。
「玲司!」
壁へ叩きつけられる。
呼吸が止まる。
重い。
人間の力じゃない。
黒瀬は静かにこちらを見る。
「不完全だな」
その瞬間。
左首の侵食痕が焼けた。
黒いノイズが視界へ走る。
頭痛。
耳鳴り。
そして。
身体が勝手に動いた。
床を蹴る。
一瞬で間合いへ入る。
黒瀬の目が初めて僅かに揺れた。
「……ほう」
拳を叩き込む。
黒瀬が受け止める。
衝撃波。
駅構内の壁が砕けた。
紗那が目を見開く。
「侵食同期……!」
俺自身も理解できていなかった。
身体能力が異常に上がっている。
違う。
“現実制御”が変化している。
黒瀬が低く笑う。
「やっと出たか」
次の瞬間。
黒瀬の侵食痕が発光した。
黒い線が首から腕へ走る。
そして。
空間が歪んだ。
まずい。
本能が叫ぶ。
直後。
俺の右腕が消えた。
「――っ!?」
痛みより先に、
理解不能が来た。
肘から先がない。
切断じゃない。
存在ごと削除されている。
少女が悲鳴を上げる。
「玲司!!」
だが。
黒いノイズが腕へ集まり始めた。
再構成。
侵食痕が脈動する。
数秒後。
右腕が再生した。
沈黙。
黒瀬が静かに笑う。
「やはり成功体か」
紗那が震えていた。
「そんな……」
「中央統制局最高機密。
黒域適合再生体計画」
黒瀬は俺を見る。
「俺たちは人間じゃない」
その言葉が。
妙に静かに響いた。
「もう、とっくに」




