第十二話 「雨宮紗那」
駅構内は静まり返っていた。
崩壊した改札。
割れた案内板。
天井照明だけが不安定に点滅している。
その薄暗い空間で。
雨宮紗那は壁にもたれかかっていた。
白銀の識別ジャケットが赤く染まっている。
「……紗那!」
駆け寄る。
彼女は苦笑した。
「そんな顔、初めて見ました」
「喋るな」
傷を見る。
脇腹。
相位圧縮弾の掠傷。
普通の銃創じゃない。
存在情報ごと削られている。
治療が遅れれば、
再生体でも危険だ。
「白百合部隊に撃たれたのか」
「ええ」
紗那は小さく息を吐く。
「中央統制局は現場人員の生存を優先しませんから」
少女が少しだけ身を縮める。
怯えていた。
だが紗那は少女を見ると、
静かに目を細めた。
「あなたが零番核ですね」
少女は答えない。
代わりに、
俺の服を掴んでいた。
紗那はその様子を見て、
ほんの少しだけ表情を柔らかくした。
「安心してください。
私はあなたを回収しに来たわけじゃありません」
「……どうして」
少女が初めて紗那へ言葉を返す。
紗那は少し黙った。
それから。
「玲司さんが守ろうとしてるからです」
心臓が変な音を立てた。
「おい」
「事実です」
真顔だった。
この人、
時々おかしい。
その時。
遠くで爆音が響く。
観測者。
黒域拡張が続いている。
駅構内の床が微かに震えた。
「時間がありません」
紗那が端末を操作する。
空中投影。
黒域マップ。
横浜全域が黒く染まり始めていた。
「侵食速度が異常です。
あと二時間で東京湾沿岸部へ到達します」
「そんなに……」
「はい」
紗那は少女を見る。
「零番核の精神状態が不安定だからです」
少女が俯く。
「わたしのせい……」
「違う」
俺は即座に否定した。
だが紗那は静かに首を振る。
「半分正しくて、半分間違いです」
「紗那」
「零番核は黒域の中心です。
感情と相位が直結している」
つまり。
少女が苦しめば、
黒域も暴走する。
「でも」
紗那の灰色の瞳が少女を見る。
「あなたが悪いわけではありません」
少女が顔を上げる。
「永久機構が、
そういう構造に作っただけです」
沈黙。
その言葉は重かった。
紗那は続ける。
「零番計画は、
“完全固定存在”の生成を目的としていました」
「榊も言ってたな」
「ですが本当の目的は別です」
空気が変わる。
紗那の声が少し低くなった。
「永久機構は、
人類を一つへ統合しようとしている」
「……統合?」
「個人を消すんです」
背筋が冷える。
「記憶。
人格。
感情。
全てを統合相位へ接続し、
争いそのものを消す」
白百合部隊。
感情を削除された兵士たち。
あれは完成形じゃない。
途中段階だ。
「そんなの……」
人間じゃない。
俺が言う前に。
少女が小さく呟いた。
「だから、
わたしたちは壊された」
その瞬間。
駅構内の照明が消えた。
闇。
直後。
通信障害音。
紗那の顔色が変わる。
「まずい……」
次の瞬間。
構内奥の暗闇で、
赤い光が点灯した。
複数。
ゆっくりこちらへ近づいてくる。
『対象確認』
機械音声。
『零番核を発見』
白百合部隊。
だが違う。
今度の兵士たちは、
全身が黒い装甲で覆われていた。
そして。
その中央に立つ男を見た瞬間。
紗那の表情が凍りついた。
「……嘘」
男は静かに笑った。
「久しぶりだな、紗那」
白い軍服。
中央統制局章。
そして。
左首には。
俺と同じ黒い侵食痕が刻まれていた。




