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22/22

化け物を見る目と、言えない本音

作品をご覧いただきありがとうございます。


本作品は毎週火曜日更新予定です。

楽しんでいただけたら嬉しいです!

グラント商会の帰り道。


私とリベルは、

向かい合わせで、家紋入りの馬車に乗っていた。


夕暮れの光が、

馬車の窓から差し込んでくる。


することのない私は、

流れる景色を見ていたが、リベルは違った。


乗り込んで早々に目を瞑ると、

腕を組み、顔を伏せてしまった。


たまに様子を見ても、

寝息が聞こえることはなく、微動だにしない。


「……ねぇ、リベル」


私はずっと、聞こうか迷っていた。


「何でしょうか?」


リベルは目を開けると、

腕をほどいて、いつもの胡散臭い笑みを浮かべた。


普段なら、私は虫でも見るような目を向けていたが、今日は違う。


魔力測定の時から、

尋ねたいことがあった。


「魔力測定の時に……私たち以外の、誰かの声は聞こえなかった?」


そう吐き出した時、

私は生唾を飲み込んだ。


リベルは口元に手を当て、

珍しく考える素振りをしていた。


「……声、ですか。

それはどんな声でしょうか?」


……あぁ、やっぱり。


私の肩から力が抜ける。

だけど胸の奥には、重い何かが残った。


リベルから視線を外して、

再び、窓の外を流れる景色を眺めた。


「やっぱり、なんでもないわ」


「そうですか」


リベルはあっさりと引き下がった。

けど、その目の奥には好奇心が顔を覗かせていた。


私を捕まえようとした手は、

恐らく"虚喰い"ね。


何故襲ってきたのかは分からないけど、

一度、誰かに相談するべきなのかもしれない。


ただ、リベルに相談すれば、

私の手の内を見せることになる。


──なにより。


今の彼は、まだ仲間じゃない。


自分の唇に、ぐっと力を込め、

私は屋敷に着くまで、外を眺め続けた。


馬車を降りた頃には、

すっかり日が暮れていた。


大きな屋敷は、

黒く塗り潰されたように、闇の中で輪郭を霞ませていた。


「お帰りなさいっすー」


中に入ると、

最初に出迎えたのは、カインの部下であるリネットだった。


メイド服を着たまま、

いつもの野性味溢れる笑顔を浮かべ、私へ近づいてきた。


「ちょっと話があるっすよー」


有無を言わさず、

私の腕を掴むリネット。


引きずるように、

人の気配がない部屋へと連れ込まれる。


がちゃり。


月明かりだけが差し込む、

薄暗い部屋。


扉の前に立ったリネットは、

無言で鍵をかけた。


「……なんの用かしら?」


感情のまま、

私は冷たく吐き捨てた。


早くカーズの容態を知りたいのに、こんな形で邪魔されるなんてね。


リネットを見据えるが、

部屋が暗くて、表情まではよく見えない。


すると、

一瞬で私の首元へ、腕を伸ばした。


けれど、触れるにはまだ少し距離がある。


私は伸ばされた腕に視線を落とす。

すると、伸ばされた手の先に、鈍く光るものが見えた。


……へぇ。随分と過激ね。


リネットが突きつけていたのは、小型のナイフ。


「お前、グラント商会に関わってるそうね」


ぞっとするほど冷たい声。


その一言ごとに、

肌を刺すような殺意が伝わってくる。


「ボスの妹が、グラント商会に殺されたと知っておきながら、どうして巻き込むわけ?」


「……」


返事をしない私に、

リネットは小さな舌打ちをする。


「随分と私たちをバカにしているようね」


私の首筋に、

ひやりと冷たい感触が走る。


それでも、心臓は跳ねない。

冷や汗ひとつ、流れなかった。


「……羨ましい」


ただ、無意識に呟いた。


「はぁ!お前は何を言っているの!?」


薄暗い部屋の中に、

リネットの叫び声が響く。


……あらやだ私ったら、

じゃじゃ馬を前にして、ぼうっとしてるなんて。


「はぁ」


私が深いため息をつくと、

首筋のナイフに圧がかかった。


こんなことで怯むと思うなんて、まだまだ若いわね。


私はゆっくりとした動きで、

ナイフを握っているリネットの手を掴む。


「ふん。そんなことしても無駄よ、子供の力で払い除けられるわけ……っ!」


「払い除けるなんて、

そんな勿体ないことするわけないでしょ」


私は、ナイフが首筋に食い込むよう、リネットの手にさらに力を込める。


お陰で、ただの圧だったものが、

痛みに変わった。


たらりと、

何かが流れ出すのを感じる。


「お前、何を考えてるの!

首なんて、傷つけば簡単に死ぬのよ!?」


悲鳴にも似た声で正面から叫ばれ、

耳を塞ぎたくなった。


「そんなことはどうでもいいのよ。

それよりあなた、中途半端すぎるわ」


「なに、言って……」


「動物なら、それでもいいわ。住む世界が違うから。

でも、私たちは人間よ。

何故、利用しようと思わないわけ?」


闇の向こうで、

リネットが息を飲む。


「カインも私も、自分の命を他人に握らせたりしないわ。

だって、足手まといになるもの」


「……私は、足手まといなんかじゃない!」


リネットの声は震えていた。


「そうね。

あなたはカインにとって、精神的に支えてくれる存在。

でもね、守るべき対象でもあるの」


「ちがう……私は、私は──」


カラン。


緊張の糸が切れたように、

ナイフが床へ転がった。


私は痛む首筋に手を当てる。


月明かりだけでも分かるほど、

小さな手のひらは、血で真っ赤に染まっていた。


「リネット。

あなたはカインの大切な仲間だから、危害を加える気はないけど」


そう言って、

リネットに一歩近づいた。


「私たちの復讐を邪魔するな……相応の罰は受けてもらうわよ?」


そして、

また一歩、距離を詰める。


手を伸ばせば届く距離。


ようやく見えたリネットの表情。

まるで、化け物を見るような目だった。


「あら」


思わず、笑みがこぼれた。


「今更そんな顔をするなんて」


私は腕を伸ばす。


「仲良くメイド長と執事長を葬った仲なのに、残念だわ」


そして血まみれの手で、メイド服に触った。


リネットの白いエプロンに、小さな血の手形が残った。


「ち、近寄るなぁ!」


獣のような雄叫びを上げ、

リネットは持っていたナイフを薙ぎ払った。


一瞬、頬に掠めた感覚。


右頬に焼けるような熱が広がった。


私は表情を変えず、

リネットを見据えた。


「随分と浅い覚悟ね」


これ以上、彼女にかける言葉はない。


リネットは、くしゃりと顔を歪め、

子供のように首を横に振って、後ずさりしはじめた。


ドン、ドン、ドン。


『リネット!早くここを開けろ!』


突然、

扉越しにカインの怒声が響く。


「……ボ、ス?」


リネットは驚いたように振り返ったが、

動けないのか、呆然と見ているだけだった。


ドン、ドン。


絶え間なく聞こえる打撃音。


バキッ。


大きな音を立て、

扉が室内へと倒れていった。


「けほ、カイン……埃が舞ったんだけど」


息を吸うと、鼻がむずむずする。

執事長らしく、もっと上品に迎えに来れないのかしら?


そんな悪態を心で思ったが、

カインが、ほっとした顔をしているのを見て、私の胸が軽くなった気がした。


「これは一体……っ!」


室内に入ったカインは、

私を見た瞬間、言葉を失った。


……それはそうよね。


幼女が血を流しながら、平然としているんだもの。


トラウマになったら申し訳ないし、

ケチャップとでも誤魔化しとこうかしら。


「ボス……あの、これは……」


そんなことを考えていたら、

リネットが、縋りつくようにカインへ手を伸ばした。


バシッ。


カインは伸ばされた手を、振り払うように叩き落とし、リネットへと向き直る。


「これは、どういうことだ」


カインの目には、

怒りがほとばしっていた。


いや、そんな生易しいものじゃない。


睨むだけで殺せそうなほど、冷たい怒り。


私の喉が、ごくりと鳴った。


リネットを見ると、

真っ青な顔で泣きそうになっている。


そんな光景に、

私の口は自然と動いていた。


「カイン」


子どもをあやすような、優しい口調。

彼の動きが、ぴたりと止まった。


「私、怪我してるの」


抱っこをせがむ動きで、カインに両腕を伸ばす。


「……すまない」


悲しげな顔で、

カインは私を抱き上げる。


「リネット、お前は部屋で待機してろ」


カインは私を抱き上げたまま、部屋から立ち去った。


一人取り残されたリネット。


「ボス……」


彼女の頬に、

一筋の涙がこぼれ落ちていた。


◇◇◇◇


カインは私を自室へ運ぶと、

ベッドに座らせ、救急箱を取り出す。


「俺の部下がすまなかった」


慣れた手つきで、

消毒液を綿に染み込ませると、私の傷の手当てを始めた。


……謝罪より、

消毒液が染みることを先に言ってほしかった。


「もういいわよ。

リネットは子どもなんだから、

叱るより、カインの気持ちをしっかりと伝えてあげて」


怒って押さえつけるより、

カインの気持ちをさらけ出した方が、リネットも納得するはず。


「……なによ」


「いや、三歳児にそんなこと言われても……」


カインは遠い目をして、私を見つめている。


「幼児に言われたくなかったら、

部下の人心掌握くらい、ちゃんとしなさい。

リネットは、グラント商会に関わるあなたを心配してるんだから」


"グラント商会"。


それだけで、

カインの顔が曇った。


……ここ最近、様子が変だとは思ってたけど、

これは私たちも話し合う必要がありそうね。


「カイン」


私に呼ばれ、彼は顔を上げた。


「私に言いたいことがあるんじゃない?」


その瞬間、

カインは表情を固くし、目を逸らした。


「リネットみたいになっては困るわ。

怒らないから、言いたいことは全て吐き出してちょうだい」

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