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お守りと、下卑た笑み

作品をご覧いただきありがとうございます。


本作品は毎週火曜日更新予定となっております。

お楽しみいただけたら幸いです。

目の前には、

私を捕まえるかのように伸びてくる手。


逃げたいのに、

縫い付けられたように足が動かない。


「助けて……カーズ!」


考えるよりも先に、

口をついて出た言葉。


私は、ぎゅっと目を瞑った。


ビシッ……バキィン!


甲高い音が辺りに響き、

周囲を覆っていた闇が一瞬で霧散した。


視界が開けると、

リベルと従業員は驚いた顔で立ちすくんでいた。


商会長は、

出入口の扉に張り付いて、見苦しい顔をしていた。


そしてカーズだけが、

魔石に剣を突き刺し、柄の部分を握ったまま寄りかかっていた。


何故かカーズの顔は青ざめており、肩で息をしている。


「カーズ!」


私は急いで、

そばへ駆け寄る。


近くで見た彼は、

額に汗を滲ませていた。


「申し訳、ありません。

護衛騎士でありながら、お嬢、さまを、守れず……」


息も絶え絶えで、

今にも倒れそうにしている。


なのに、

私に向ける眼差しには、

安堵と自責が入り交じっていた。


「私のことよりも、カーズが……

誰か、医者を……医者を呼んで!」


「だ、い、じょうぶです。お嬢、さ……」


どさっ。


カーズは膝から崩れ落ち、

仰向けのまま、床に倒れてしまった。


「カーズ!」


私は飛びつくように、

カーズの胸元の服を握りしめ、力いっぱい揺さぶる。


「カーズ……起きてよ。

私より先に死ぬなんて、許さないんだから!」


感情のまま胸元の服を引っ張ると、

カーズの上半身がわずかに浮いた。


しかし、三歳児の握力は続かない。


ごつっ。


「きゃー!カーズ。

どうしよう、殺しちゃった……」


自分の顔から、

血の気が引いていくのが分かった。


「アモリスお嬢さま。ちょっと失礼しますよ」


リベルが私の隣で、

膝をつき、カーズの顔を覗き込んだ。


そのまま手際よく、

脈や瞳孔、呼吸を確認していく。


「……心配いりませんよ。

おそらく精神的な負荷がかかったのでしょう」


リベルは自分の顎に手を当て、

興味深げにカーズを眺めている。


「ねぇ……頭は?」


恐る恐る尋ねると、

彼は大きく目を見開き、そして笑った。


「大丈夫ですよ!」


「良かったぁー」


リベルの言葉に、

ほっと胸を撫で下ろす。


「……今はね」


ぼそりと付け足された締めに、私の顔から温度が消えた。


……クビに、いえ、首にしてやろうかしら。


その後、

カーズが心配で一緒に屋敷へ戻ろうとした。


そんな私を、リベルは引き止めた。


「残った方が、カーズさんのためになりますよ」


確かに、

今戻っても、カーズにしてあげられることはない。


商会長を誘い出すには、まだ少し餌が足りない。


だから私は、

残ることに決めた。


「ロウエルさま。先ほどは、申し訳ございませんでした」


商会長はハンカチを握りしめ、自分の顔を拭きながら頭を下げていた。


「……商会のせいではないと、理解していますよ」


リベルはいつもと変わらない笑みを、商会長に向ける。


「ロウエルさま……」


責められないことに安堵したのだろう。

商会長の表情が緩み、目が輝く。


「しかし、謝る相手が違うのではありませんか?」


リベルの笑みに、影が差した。


「ひっ! アモリスお嬢、申し訳ございませんでした!」


一瞬で私に向き直った商会長は、素早い動きで、腰から折れるほど深く頭を下げる。


「えっと、あの、きっしょ……

いえ、お気になさらず」


なぜか商会長の動きが、

禁忌の虫に似た悪寒を駆り立てる。


私はリベルを盾代わりにして隠れると、

本人から珍しそうに、見つめられてしまった。


場に流れる沈黙。


「では商会長。

アミュレットを拝見したいので、ご案内をお願いしますね」


リベルが口を開き、

何事もなかったかのように、次の場所へと促した。


一分ほど歩いた先に、

私たちはたどり着いた。


「うわぁぁ! アクセサリーがたくさんある」


見渡す限り、

色とりどりの装飾品が並んでいる。


私の目は釘付けになり、

自然と感嘆の声が漏れた。


「ここでは、指輪や首飾り、ブローチなど。

さまざまな装飾品に仕立てたアミュレットを取り扱っているんですよ。


あぁ。せっかくですから、

私が説明いたしましょう」


リベルは、

こともなげに申し出る。


……お願いだから、

私を巻き込まないで。


リベルの後ろにいる商会長と従業員が、

切なげな顔をしていた。


二人とも、

『それ、私たちの仕事なんですが……』

そんな目をしている。


「リベル先生、お願いします!」


二人は、まるで兄弟のように、

がーんと揃って肩を落としていた。


気にしない、気にしない。


「では。

アミュレットとは、身につけた人を守るお守りです」


そこまで説明すると、

リベルは商品棚に置かれていた指輪型のアミュレットを手に取った。


「魔石に蓄えた力だけで動くもの。

持ち主の魔力を補充して使うもの。

そして、術者が魔法そのものを封じるものがあります」


リベルは手にしていた指輪を、

私へ差し出した。


思わず受け取ってしまう。


「今回は、最後のものを作りましょう」


指輪の魔石を見ると、

透明で、光を失っていた。


「適性検査での光に、

何か感じるものがあったはずですよ。


私がお手伝いしますので、

これに魔力を込めてみましょう!」


「えっ、リベル先生。

これ、売り物じゃ……?」


楽しそうに勧めてくるリベル。


ちらりと商会長を見ると、

引きつった笑顔のまま、小さく頷いた。


「まずは魔石に触れ、

感じ取ったものを想像して、魔石に注いでください。


例えるなら、

さきほど小指から血が流れ出たでしょう。

あのように、身体から魔力を押し出す感覚ですかね」


……うん。

代金はリベルに払ってもらおう。


リベルの説明通りに、魔石へ魔力を注いでいく。

だが、手応えを感じない。


不思議に思い、首を傾げる。


すると、魔石が少しずつ光り出してきた。


石の中心から放たれる、

白く淡い光。


そこへリベルが手をかざし、

聞き慣れない言葉を唱えはじめた。


魔力の流れを整えるための、補助魔法かしら。


最初は普段と変わらない顔で唱えていたのに、

次第にリベルの表情が険しくなっていく。


なのに、私は何も感じないまま。


「先生、大丈夫?」


一応心配になって声をかける。

けれどリベルは指輪から目を離さず、詠唱を続けていた。


「……くっ、お嬢さま。

これを差し上げる相手に、どうなってほしいか想像してください」


リベルの苦しげな声。


かざしている手には、

小さな赤い線が、無数に浮かんできた。


いや、よく見ると、

皮膚の表面が裂けてきている。


「手が……」


私はその光景に、

指輪から手を離し、リベルを止めようとした。


「お嬢さま、早く!」


その前に、

リベルの怒声が、私の動きを止めた。


「……っ」


……えーと、カーズにあげるとして。

どうなってほしいか……そうだ!


「カーズが早く元気になりますように!」


私が叫んだ途端、


魔石の光は一気に収縮し、

最後は弾けたように、石の奥へ淡い色が宿った。


手の中の指輪には、

灰を溶かしたような淡い藤色の魔石が宿っていた。


「完成しましたね。

お嬢さまと同じ瞳の色ですか」


さっきまで険しい顔だったのに、

リベルはもう、通常運転に戻っていた。


「リベル。

その手は大丈夫なの?」


彼の手からは、

じんわりと血が滲み、滴り落ちていた。


「ええ、問題ありませんよ。

お嬢さまの取り扱いは覚えましたので、

このまま、もう一つ作っちゃいましょう」


どこから出したのか、

慣れた手つきで、リベルは自分の手に包帯を巻いていく。


私は返答に困り、

リベルの顔をじっと見つめる。


返ってきたのは、

相変わらずの、憎たらしい笑顔。


「はぁ、分かったわ」


他にあげるとしたら……カインね。


ぐるっと商品を見回すと、ある物が目に止まった。


「これにする」


私が選んだのは、

銀で作られたイヤーカフ。


小さな魔石がいくつも埋め込まれ、

夜空の星々を模した意匠になっていた。


「ふう、できましたよ」


リベルは、指輪を作った時とは違い、

イヤーカフをあっさりと完成させた。


それを見計らったように、

商会長が、リベルとの距離を詰めてきた。


「商品はこちらで包装いたします。

あの、お会計は……」


「ああ、そうでしたね」


リベルは胸元へ手を入れ、

一枚の小切手を取り出した。


金額欄は、まだ空白のままだ。


「ありがとうございます!

今回は貴重な経験をさせていただいたので、百万ゴールドでいかがでしょうか」


「ふむ」


リベルは考える仕草で、

口元を手で隠し、ぼそっと呟いた。


「……ぼったくりですね」


本人を目の前にした発言に、

私の胃が、きゅっと締まった気がした。


幸いなのか、

商会長はリベルの発言に気づいていない。


「リベル、お金ならあるから自分で払うわ」


私は服の袖に隠してあった、

青みを帯びた銀白色の硬貨を差し出す。


受け取った商会長は、

硬貨を見て、少しだけ驚いた声を上げた。


「これは、白金貨ではありませんか!?」


確かカーズに白金貨一枚で、

金貨1万枚分って教えてもらったから、ちょうど足りるはず。


「おやおや。

子どもに大金を持たせるなんて、不用心ですね」


「そう?

もっと、ちょーだい!って言ったのに、

使い過ぎはよくないからと、断られたわよ」


私の不満に、

リベルの表情が、ふっと緩んだ。


「それは……

随分と過保護ですねぇ」


商品を受け取り、

私たちは出口へと向かう。


「ありがとうございました」


扉が閉まる寸前まで、

商会長は笑みを絶やさなかった。


ばたん。


◇ ◇ ◇


商会内が、

しん、と静まり返った。


「おい」


低く、怒りを孕んだ声。

商会長の顔は、真っ赤になっていた。


「例の部屋にこい」


リベルたちに同行していた従業員は、

真っ青な顔をして震え出した。


「お願い、します。

どうか、それだけは……」


崩れ落ちるように土下座をして、

必死に懇願する。


すると商会長は無言で近づき、

従業員の正面に立つと、おもむろに右足を上げた。


ドゴッ、ドゴッ。


耳を塞ぎたくなる音が、室内に響きわたる。


「誰のせいで──」


ドゴッ。


「こうなったと思ってるんだ!」


怒声を浴びせながら、

何度も従業員に足を振り下ろす。


商会長の息が上がってきた頃。


「おい!

あいつらを呼んでこい!」


従業員に命じると、

近くの椅子へ、どさりと身を沈めた。


そのまま天を仰ぎ、深く息を吐いた。


リベル・ロウエル。

あいつに馬鹿にされたのは不快だが、

いい商品を見つけてくれたことには、感謝しなくちゃな。


アモリス・ヴァルディス。

容姿だけでなく、魔力の価値もある。


いくらになるか……

いや、どんな顔で絶望してくれるのか、楽しみだ。


商会長は下卑た笑みを浮かべていた。

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