魔力測定と、黒い光
ご覧いただきありがとうございます。
本作品は毎週火曜日更新予定となっております。
今回は、グラント商会での魔力測定です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
「おや。
これは、これは……
ロウエルさまではありませんか!」
突如現れたのは、
縦に小さく、横に広い男だった。
カーズと繋いだ手に、
少しだけ力がこもる。
私は目を細めて、
こう思った。
野生のぶ……じゃなかった。
マイゼル・グラント商会長が、
こちらへ近づいてきた。
「ロウエルさまには、
いつもご贔屓にしていただき、感謝しております」
商会長は揉み手をしながら、
人の良さそうな笑みを浮かべる。
しかし、返事はない。
「……あの、ロウエルさま?」
商会長の顔が、
じわりと引きつった。
リベルは、
にこりと微笑むだけ。
その現場に巻き込まれた、
私とカーズ、青ざめた従業員の思いは一つだった。
『『『空気が重たい』』』
リベルから返事がないと悟ったのか、
商会長の視線が、私を捉えた。
「こちらの素敵なレディーが、
ロウエルさまの生徒さんですね」
そのまま私の前に移動すると、
膝を折り、目線を合わせる。
「私はグラント商会の長をしております。
マイゼル・グラントと申します」
商会長は胸に手を当て、
軽く頭を下げた。
「ご、ごていねいに、ありがとうございます。
わたしは、アモリス・ヴァルディスです」
私は拙い動きで、
カーテシーをしてから、
カーズの背後に隠れた。
……大人って怖いわね。
相手の好感を得るための振る舞い。
反感を買うことは、まずないでしょう。
リベルは別として、
事前に調べていなかったら、
私も騙されるところだった。
一人で感心していたら、
いつの間にか、会話が途切れていた。
あれ?
周りを見回す。
カーズは商会長を警戒し、
リベルは微笑むだけ。
従業員は真っ青な顔で、口をパクパクさせ、
商会長は笑顔のまま、頬を痙攣させている。
……この状況、
どうしたらいいの。
私がカーズの背後に隠れたことで、
完全に会話の逃げ道がなくなってしまったらしい。
内心で頭を抱えていると、
最初に声を上げたのは、商会長だった。
「……そうだ!
商会にいらしたのは、本日が初めてなのでしょう?
でしたら、魔力測定はいかがですかな」
商会長は、
縋るような眼差しで、
揉み手をしながら、リベルを見ている。
「残念ですが、
持ち合わせがないもので」
笑みを崩さず、
淡々と語るリベル。
「ロウエルさまには、
いつも、ご贔屓にしていただいておりますので。
お代は結構でございます!」
商会長はぱっと目を輝かせ、
その会話に食らいついた。
「おや。
いいのですか?
大きな損失になると思いますが」
リベルは目を丸くし、
珍しく声に感情を滲ませた。
「もちろんです。
ロウエルさまを見習って、
未来ある若者へ、助力できればと思いまして」
商会長は片手を後頭部に当て、
照れくさそうに言葉を続けた。
「なんて言いながら、
商人ですので、下心もあるんですけどね」
その言葉を聞いて、
リベルはにっこりと、いつもの表情に戻った。
「では、遠慮なく使わせていただきましょうか」
商会長を先頭に、
建物の奥へ進んでいく。
通り道には、
色とりどりの魔道具が並んでいる。
まるで、
おもちゃ箱に迷い込んだような感覚。
周囲に見とれていると、
前を歩いていたリベルが足を止めた。
「リベルせんせい?」
彼の目は、
真っ直ぐ前を見据えている。
その先には、
陶器のように白く艶めいた扉が佇んでいた。
よく見ると、
うっすらと光を帯びており、
取っ手も、手をかける場所も見当たらない。
……白い、美味しそう。
そう思った瞬間。
胃のあたりから、
激しい空腹感に襲われる。
そういえば、
敵情視察の後にご飯を食べようと思って、
まだ朝ごはんしか食べていなかった。
密かに後悔していると、
先頭の商会長が、
ポケットから何かを取り出した。
現れたのは、
金色に輝く、魔石がついた指輪。
「みなさま。
少しお待ちくださいね」
それを左手の中指に装着し、
指輪をはめた手で、扉に触れる。
キィィィン。
扉に帯びていた光が、どんどん強まり、
呼応するように指輪の魔石も光を放ちはじめた。
あまりの眩しさに、
私は反射的に手をかざす。
強まっていく光は、
最後に小さな粒となって四方に弾け、
白い扉ごと、跡形もなく消えてしまった。
「ふぅ。
皆さま、お待たせいたしました。
こちらが魔力測定のお部屋です」
振り返った商会長は、
額に汗を滲ませていた。
促されるまま、
商会長の後に続く。
そこは広く開けた部屋になっており、
中心には、一つの魔道具が置かれていた。
鏡のように光を反射する、
金と銀の二色が絡み合った格子状の台座。
そのてっぺんには、
丸く透き通った魔石が、
静かにそびえ立っていた。
……素人の私でも分かる。
機能性だけじゃない。
見る者を虜にしてしまう、美しい造形。
職人の誇りに圧倒されていると、
いつの間にか近づいていた商会長が、
私に何かを差し出した。
視線を落とす。
目に映ったのは、
一本のナイフだった。
商会長は刃をこちらに向けないように、
柄の部分を差し出している。
「それでは、
あの魔石にお嬢さまの血を、
一滴垂らしていただけますか」
私が状況を理解するより早く、
一瞬で視界が遮られた。
目の前には、
カーズの背中。
その向こう側から、
情けない悲鳴が聞こえる。
そっと顔を覗かせると、
カーズが剣を抜き、
商会長の首筋に当てていた。
「幼子に刃物を向けて、
どういうつもりだ!」
カーズの目はつり上がっており、
騎士としての言葉に、怒りが滲んでいた。
「ちちち違います!
魔力測定には本人の血が必要なんです」
商会長は青い顔で両手を上げ、
小刻みに首を振っている。
私は無言でリベルに顔を向けると、
目が合い、にっこりと微笑まれた。
「……リベルせんせい。
よかったら、おさきにどうぞ」
石橋を叩いて渡るなら、
大人が先陣を切るべきよね。
「おや、いいのですか?
魔力測定の魔石は使い切りなので、
私が使用したら、お嬢さまは測定できませんよ」
そう言われても、
個別検査って使い切りなんじゃ?
前世の知識が頭をよぎり、
思わず首を傾げる。
「あの大きさの魔石を手に入れるには、
優秀な人材を雇っても、
一年で入手するのは難しいんですよ」
……と、言うことは。
「せんせい。
ものすっごく、たかいのでは?」
私の心臓がざわめく。
「えぇ!
一回の検査に、
一千万ゴールドはかかりますね」
リベル先生……。
生き生きとした顔で語るの、
やめてくれないかしら。
「で、検査どうします?」
圧をかけるように、
リベルの顔面が迫ってくる。
「しょ、しょうかいちょう!
おかね、はらえません」
商会長へ視線を向けると、
彼は尻もちをついており、
カーズは剣を収めているところだった。
「安心してください!
お金はいただきません。
将来、助力していただけるだけで十分です」
腰が抜けたのだろう。
商会長は座り込んだまま、
必死に手を振りながら答えている。
言質は取ったけど、
前世の金銭感覚のせいで、
冷や汗が止まらない。
「ささっ。
商会長も、ああ仰ってますし、
さくっとやりましょうか」
リベルの声は弾んでおり、
商会長が持っていたものとは別のナイフを差し出してきた。
……消毒してる?
疑わしい眼差しを向けると、
私の言いたいことが分かったらしい。
「新品を用意しました」
それはそれで、気持ち悪い。
ちらりとカーズに視線を向けた。
彼は何かを言いかけ、
けれど言葉を飲み込み、さっと顔を背けた。
そうよね。
騎士が主を傷つけるなんて、
あってはならないものね。
「おやおや。
お手伝いいたしましょうか」
リベルがナイフを持ったまま、
お手をどうぞ、と言わんばかりに距離を詰めてきた。
借りを作れば、
後でからかわれるのが目に浮かぶ。
「……くっ」
悔しさが声に漏れる。
だけど、
リベルの手は借りない!
私は商会長のところに走った。
「ナイフ、かしてください!」
彼の目の前に立ち、
小さな右手のひらを、上に向けて突き出す。
「ど、どうぞ」
商会長は震える手で、
ナイフを差し出した。
ナイフを受け取り、
魔道具の方へ歩いていく。
魔石の上に左手の小指をかかげ、
指先にナイフを当てる。
柔らかい皮膚に、
刃がめり込んだ。
私は押し当てたまま、
無言で滑らせる。
指先に走る、
焼けるような痛み。
肌に滲む、一本の赤い線。
それはすぐに血の玉となり、
ぷっくりと膨らんだ。
遅れて、
脈を打つような痛みが襲ってくる。
ぽたり。
赤い雫が、
透明な魔石の上へ落ちた。
「おやおや。
随分、思い切り切りましたね」
様子を見ていたリベルが、
ハンカチを取り出し、
慣れた手つきで止血をはじめる。
ナイフを返す余裕もなく、
私は右手にそれを握ったままでいた。
「お嬢さま、大丈夫ですか」
カーズは心配げに、
私の左手を覗き込む。
「だいじょぶだよ!
それより……」
私は魔石に目を向ける。
血を垂らしても、
魔石はまだ、何の反応も示していない。
「まだ解析中なのでしょう。
よく見てください。
魔石に血が染み込んでいるのが分かります」
そう言われ、
自分が垂らした血に目を凝らす。
赤い雫は少しずつ、
魔石の中へ吸い込まれていた。
「解析が終われば、
まずは魔石が白く光ります。
光が強ければ強いほど、魔力量が多い証拠です」
リベルの説明に合わせたように、
魔石が白く光りはじめた。
「ちょうどいい頃合いですね。
魔力量の測定が終わると、
次は適性のある属性が、帯状の光となって現れるのですよ」
リベルの説明を聞いている間にも、
白い光はどんどん強まっていく。
「……あの、ロウエルさま。
光が増していく一方なのですが、
これ、大丈夫なんですか」
そう尋ねたカーズは、
眩しさのあまり、目を細めていた。
……確かに。
魔道具の周囲が白く染まるほど、
眩しくなってきている。
それなのに、
輝きはますます強くなり、
部屋全体を染め上げる勢いだった。
まさか、故障?
商会長を見ると、
彼の顔から笑みが消えていた。
私の背筋に寒気が走る。
あとで修理費なんて……
取られないわよね。
「アモリスお嬢さま。
見てください、
そろそろ適性が表示されますよ」
リベルの言葉に、
私は魔石へ顔を向ける。
目が眩みそうなほどの輝きは、
魔石の内側に収まっていた。
何が起こるのか。
私は瞬きもせず、じっと見つめる。
白い輝きの中から、
火、水、風、土──
色とりどりの帯が、順番に宙へと浮かび上がった。
「きれい」
光の帯が色を纏い、
幻想的に宙を舞っている。
周囲から感嘆の息が漏れ、
リベルも興味深げに観察していた。
その間にも、
木、光と、
新たな帯が現れていく。
私は期待に胸を膨らませた。
……もしかして、
異世界転生特典!?
だが、その光景を見つめていた私の耳に、
ふいに別の音が混じった。
『たすけて』
びくり、と肩が揺れる。
周りを見回しても、
全員が魔石に釘付けで、
誰かが喋った様子はない。
……気のせい?
息を吐き、
魔石に向き直った次の瞬間。
『くるしい』
『いやだ』
『しにたくない』
大勢の声が、
頭に響いた。
重なり、絡まり、うめくように、
私の中へ流れ込んでくる。
「……何が起きてるの」
声が聞こえるだけなのに、
胸の奥を掻き回されるような不快感。
「お嬢さま?」
私の様子に気づいたカーズが、
不安げに声をかけてきた。
その時、
魔石の光が揺らいだ。
真っ白だった輝きが、
黒く染まっていく。
それなのに、
光は消えなかった。
「……リベル先生。
闇の適性でこうなったのかしら」
かすかな希望に縋って聞いてみたが、
返事はない。
「これは一体……」
リベルが、ぼそりと呟いた。
その表情は好奇心ではなく、
恐怖で引きつっていた。
「お、お嬢さま。
魔石に何か浮かんでいます」
カーズが指をさす。
黒く染まった魔石に、
何かが揺らめいている。
「……っ」
よく見ると、
それは人の顔だった。
苦悶に歪んだ顔。
泣き叫ぶ顔。
何かから逃げるように、
魔石の奥からこちらを覗く無数の顔。
誰かが息を呑んだ。
次の瞬間。
魔石の中心から、一本の手がぬるりと伸びた。
その指先が外へ届こうとした瞬間──
魔石の黒い光が、
私に向かって噴き出した。
「お嬢さま!」
カーズの叫び声。
私の視界は、
一瞬で闇に染まり、何も見えなくなった。
「カーズ?」
黒く塗り潰された世界で、
ナイフを握っている右手に、
じわりと汗が滲む。
動きたいのに、
膝が震えて、足が前に出ない。
それでも目を凝らしていると、
闇の奥で、何かが動いた。
「カーズなの?」
そうであってほしい。
けれど姿を現したのは、
魔石の中から伸びてきた、あの手だった。
「……ひっ」
咄嗟にナイフを構える。
けれど、その手は怯むことなく、
ゆっくりと距離を詰めてくる。
見ているだけで、
なぜだか絶望感が込み上げてきた。
「こないで」
全身が震える。
立っていることすら、つらい。
あと一歩。
捕まる。
私は固く目を瞑った。
脳裏に浮かんだのは、
一人の人物だった。
「助けて……カーズ!」




