敵情視察と、騎士さまの手
ご覧いただきありがとうございます。
本作品は毎週火曜日更新予定となっております。
今回は、グラント商会への敵情視察です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
今日の空は青く、
白い雲が風に乗って旅をしている。
お出かけには最高の日。
私の背後には、
護衛として同行したカーズ。
そして、
幼児の右手を当然のように握る変態……リベル。
そんな晴れやかな空の下、
私たちは敵情視察のため、
国内随一のグラント商会へやって来た。
「……はぁ」
「おや。
カインさんがいなくて、
寂しいのですか」
リベルは表の顔のまま、
棘のある言葉を投げてきた。
へー。
先日のこと、
意外と根に持っているのね。
でも、
私に勝とうだなんて、百年は早い。
「うん!
おとながいないんだもん。
アモリスこわーい」
……“まともな”とは、
言わないでおいてあげる。
「これは手厳しいですね」
和やかな会話。
周りには、微笑ましく見えるだろう。
だけど私たちの間には、
火花が飛び散っていた。
「お、お嬢さま」
後ろから、
震えた声が聞こえる。
「私は、
大人じゃないのですか?」
カーズが縋りつくような眼差しで、
私を見つめていた。
「カーズ。
十五さいは、こどもだよ。
それに……」
リベルから手を離し、
片膝をついたカーズに駆け寄る。
彼の耳元を両手で囲うと、
私は顔を寄せ、そっと囁いた。
「カーズは、
わたしの“きしさま”でしょ?」
口に出した瞬間。
──とくん。
心臓が、
少しだけ弾んだ気がした。
……あれ?
私が離れても、
カーズはぴくりとも動かない。
「カーズ?」
返事がない。
顔を覗き込むと、
瞬き一つしないまま、固まっていた。
息は……ある。
「まさか、まほうをつかっちゃった!」
「違います」
間髪を容れず、
リベルがツッコんだ。
私はカーズに背を向け、
じろりと睨みつける。
「精神に強い刺激を受けて、
処理できなくなっただけですよ」
「ひとのこと、
げきやくみたいに、いわないで!」
頬を膨らませ、
リベルの背後に回り込む。
小さな手をそっと伸ばし、
彼の膝裏に狙いを定めた。
今よ。
ここを、えいっとすればいい。
「アモリスお嬢さま」
カーズの声に、
私の肩が跳ね上がる。
視線を向けると、
彼はいつの間にか、
手を伸ばせば届く距離まで近づいていた。
カーズは、
大切なものに触れるように、
私の手を握りしめる。
「私と手を、
繋いでくださいますか」
その表情は、
とても柔らかくて、
陽だまりのように、満ち足りていた。
……どうして、
そんな顔をするの?
私は、
あなたを利用してるのに。
「……うん」
カーズと私の、
繋がれた手。
さっきまで弾んでいた心臓が、
今は、とても苦しかった。
リベルを先頭に、
三人で店内へと進んでいく。
彼を見た従業員たちは、
示し合わせたように、
なぜか顔を引きつらせていた。
「さて、アモリスお嬢さま。
ちょうど教材がございますので、
今日は魔法に関するお勉強をいたしましょう」
さすがは家庭教師。
こういうところは、
しっかりしているのね。
「あ、あの。
ロウエルさま、
ご来店いただきありがとうございます。
商品の説明は私どもが……」
声をかけてきたのは、
制服を着た、気品溢れる男性。
ぴしっと整えられた身だしなみ。
お店の商品らしきアクセサリーを身につけ、
いかにも“精鋭”らしい格好。
しかし、
首から上は大量の汗をかき、
口元は震えていた。
リベルは店員を一瞥すると、
微笑みだけ残し、素通りしていった。
店員は悲壮な顔で、
リベルの背中を見送ったあと、
脱力したように項垂れた。
……被害者、なのね。
いたたまれない光景に、
思わず口を挟む。
「リベルせんせい。
おみせのひと、こまってるよ」
リベルの服を引っ張るが、
最初に口を開いたのは店員だった。
「いいんです。
自分が、勉強不足なだけですから」
そう言って、
床に視線を落とし、
遠い目をしている。
「そういうことです」
リベルの容赦ない一言に、
店員は崩れ落ちた。
……ひっどい男。
「カーズは、
せんせいみたいに、ならないでね」
「分かりました!」
純粋すぎる返事。
カーズの将来が、
少し心配になってきた。
「さぁ、到着しましたよ。
ここは魔石を取り扱っている部屋です」
「ませき?」
私の目の前に並ぶのは、
大小さまざまな透き通った石。
それぞれが、
淡い光を放っている。
「魔石とは、
魔物の体内にある、
心臓のような核のことです。
これを破壊された場合、
通常、魔物は死に至ります」
リベルの話を聞きながら実物を見ると、
自分の頭の中で、
ドラゴンを倒している想像が掻き立てられる。
「ちなみに。
強力な魔物ほど、
魔石を破壊しても、
すぐには活動を停止しませんよ」
出来たてほやほやの夢に、
大きな音を立てて、
ヒビが入った。
「魔物を倒す方法は、
魔石を破壊するか、
肉体に大きな損傷を与えるか。
大きく分けて、
二つあります。
問題は、
魔物が強すぎる場合、
どちらの方法を選んでも、
しばらく暴れ回ることです」
なるほど。
熊みたいなものね。
「ですので、お嬢さま。
間違っても一人で倒そうなんて、
お考えにならないでくださいね」
ぐっ。
私の心を読むとは、やるわね。
「あのう、質問いいですか」
カーズが右手を上げ、
遠慮がちに尋ねた。
「おや、カーズ君。
どうかしましたか」
……カーズ、君!?
聞き間違いかと思い、
リベルを凝視してしまう。
「魔石は、
魔物にしかないんですか?」
「いい質問ですねぇ」
私のことは忘れられたかのように、
話が進んでいく。
「現在、
人間、動物、魔物の中で、
魔石が確認されているのは魔物だけです」
リベルは腕を組み、
魔石をじっと眺める。
「その理由は解明されていません。
大昔には亜人族も存在しており、
彼らも魔石を持っていたのではないか、
という説もあります」
美形なエルフや、
全身もふもふの獣人とか、
楽しみにしていたのに残念。
「ロウエルさま、
ありがとうございます」
律儀に頭を下げるカーズ。
「いえいえ。
君は教えがいのある生徒ですよ」
カーズに微笑み、
私には、ちらりと意味ありげな視線を向ける。
あら。
商会長の前に、消されたいのかしら。
「さて、次は魔道具の説明ですね。
お嬢さまの屋敷では、あまりお見かけしませんが、
貴族の間では、
なくてはならないものになっております」
「どうして?」
リベルは質問に答える前に、
ある方向を手で指し示した。
そこにあったのは、
燃え上がった炎が、
そのまま結晶化したような綺麗な石だった。
彼は断りもなく手に取ると、
指でどこかを押し、カチッと音を響かせた。
手から放たれるのは、
透き通った淡い光。
それだけじゃない。
霧が舞うみたいに、七色の光も混ざっている。
「きれい」
吸い込まれるような美しさに、
リベルが持っているものへ、
私は思わず手を伸ばしていた。
「おや、いけませんよ」
頑張っても届かない距離なのに、
リベルは意地悪い顔で、
私から商品を遠ざける。
……この、くそ教師。
全力で睨みつける。
リベルは自分の顔の前で、
人差し指を立て、
楽しげにリズムを刻みはじめた。
「これ、三百万ゴールドですよ」
「ひゅっ」
私の喉から、
小さな悲鳴が上がった。
通貨の勉強はまだだけど、
三百万という数字が、
可愛くないことだけは分かる。
改めて辺りを見回すと、
似たような道具が、
あちこちに置いてあるじゃない。
「か、か、カーズ。
わたしのて、はなさないでね」
「も、も、もちろんです。
お嬢さま!」
二人で手を繋ぎ震えていると、
リベルが愉悦を滲ませて近寄ってきた。
「お嬢さま!
間近で見たかったのでしょう」
憎たらしいほどの笑顔。
慄いている私の顔に触れそうな距離まで、
商品を近づけてきた。
「なんで、そんなに高いの!?」
復讐の前に、
滅私奉公なんて、ごめんよ!
「大半の魔道具は、
隣国から仕入れたものなんですよ。
この国では魔石は採れますが、加工技術は低い。
逆に隣国では、魔石があまり採れないんです」
「なるほど。
魔石の価値より、技術の方が上って訳ね」
世界情勢って、
異世界でも変わらないのね。
「それと、お嬢さま……」
リベルが顔を近づけ、
そっと耳打ちする。
「さっきから"素"に戻ってますが、
大丈夫ですか?」
その言葉に、
はっと我に返る。
反射的にカーズの顔を見ると、
彼は、不思議そうに首を傾げるだけだった。
大丈夫、よね?
いつも通りの反応だし……大丈夫なのよね?
心臓をバクバクさせながら、私は笑顔を取り繕う。
「おや。
これは、これは……
ロウエルさまではありませんか!」
私たちの会話を遮るように、
大きな声が背後から響いた。
振り返ると、
縦と横の大きさを間違えた生き物が、
ジャラジャラと光り輝く装飾品を下げて近づいてくる。
……現れたわね。
マイゼル・グラント商会長。
私は目を細め、
隣にいたカーズは、腰に下げた剣に手をかける。
後ろにいたリベルだけは、
ニヤリと笑みを浮かべていた。




