野生の変態が現れた
ご覧いただきありがとうございます。
本作品は毎週火曜日更新予定となっております。
今回は、少し癖の強い家庭教師が登場します。
お楽しみいただけましたら幸いです。
野生の変態が現れた。
目の前に立っているのは、
噂の家庭教師──リベル・ロウエル。
私は椅子に座ったまま、
彼を見つめた。
穏やかな笑み。
整った身なり。
礼儀正しい立ち姿。
どこからどう見ても、
まともな青年にしか見えない。
……変装中のカインが、
私の背後で、死んだ魚のような目をしていなければ。
リベルは胸に片手を当て、
礼儀正しく腰を折った。
「お初にお目にかかります。
リベル・ロウエルと申します。
本日より、お嬢さまの学びをお手伝いさせていただきます」
そして、
人の警戒心をほどくような、
艶のある笑みを浮かべた。
表向きは、
優秀な渡りの家庭教師。
貴族の奥方たちの間では、
“マダムキラー”なんて呼ばれているらしい。
美しい所作だけでも、
人は簡単に魅了されてしまう。
そこに、
整った顔立ちまで備われば、
大抵の相手はイチコロね。
感心していると、
彼は一冊の本を取り出した。
「では授業を始めましょうか。
お嬢さまは今回が初めてということなので、
この国の歴史から学んでいきましょう」
リベルは、
私に本を差し出した。
「リベルせんせいのは?」
「心配いりませんよ。
私が知らないことなんて、
一つもありませんから!」
そう言って、
リベルは自慢げに微笑んだ。
「……チッ」
私の背後から、
舌打ちが聞こえた。
うん。
聞かなかったことにしよう。
本を受け取り、
そっと中を開く。
そこには綺麗な字が、
紙いっぱいに並んでいた。
よく見れば、
すべて手書きの文字。
それだけではない。
色のついた絵や記号を使い、
幼い子どもでも読みやすいように、
丁寧に整理されている。
……なるほど。
ただの変態ではない、ということね。
「このルミナリア帝国は、千年前に建国されました。
当時はどの国も実り豊かだったので、
長い間、大きな争いはありませんでした。
ですが、理由はそれだけではありません」
リベルは自分の顔の前で、
人差し指を立てながら片目をつむった。
「この国は、
神の加護を受けているのですよ」
「……かみさま」
いたわね。
能力を使った時に偶然知ったけど、
聖女なしじゃ大きな力が使えないポンコツ。
「そうして平和が築かれてきた国ですが、
ある時、大厄災に見舞われました」
……その先の答えを、私は知っている。
でも、
知っているからこそ、
聞き入ってしまうわね。
「生きとし生ける者の魂を喰らう、
虚喰い(うろぐい)が現れたんです」
そう、物理攻撃も魔法も効かない。
ひたすら魂だけ喰らい続ける"哀れな"存在。
「虚喰いを前に、人々はなすすべもありませんでした。
剣も魔法も通じず、ただ魂だけが喰われていく。
そんな時、
女神エルミナの神託を受けた聖女が、
当時の皇帝の前に現れたのです。
聖女は皇族と力を合わせ、
長き戦いの末に虚喰いを討ち滅ぼしました。
そして、平和を取り戻した皇族には、
女神より特別な祝福が授けられた。
これが、
現在まで続く皇室の力の始まりだと伝えられています」
……祝福ね。
皇室の真実を知った時、
あなたは、どんな顔をするかしら。
「何か質問はございますか」
柔らかい口調で、
リベルは微笑んだ。
心なしか、
その瞳の奥だけが、
笑っていないように見えた。
これなら、
様子見する必要はなさそうね。
「はーい!」
私は元気よく手を上げる。
「どうぞ」
「リベルせんせい。
とおりなって、かっこいいとおもいませんか?」
リベルは目をぱちくりさせ、
初めて表情を崩した。
「通り名、ですか。
確かに魅力的とは思いますが、
例えばどんな?」
予想通りの質問。
口元に笑みが浮かぶ。
「スウィート・ヴェノム……とか」
その瞬間。
リベルの顔が凍りついた。
「……やはり、あなたでしたか」
ぽつりと呟き、
カインに視線を向ける。
仮面が剥がれ落ちたかのように、
リベルの表情は別人になっていた。
「顔は違いますが、
髪色と歩き方が一致していました。
なにより、
私に怯えている姿が、
カインさんそのものでしたからね」
目を光らせ、
私の背後にいるカインへ、
一歩ずつ距離を詰めていく。
「ち、ちが……」
カインは両手を前に突き出し、
必死に抵抗を試みる。
がしっ!
「ひいっ」
後ずさるよりも先に、
その両手を握られてしまい、
真っ青な顔から、小さな悲鳴が漏れた。
「で、私に会いたくて、
こちらのお嬢さまを利用なさったんですか」
「気色の悪いこと言ってんじゃねぇ!!」
目の前で繰り広げられる光景に、
私は、あっけにとられていた。
事前に調べていたとはいえ、
実物は想像以上だった。
……紛うことなき、変態だ。
「ふふ、冗談ですよ。
お嬢さまは年齢のわりに聡明ですが、
私の情報は、あなたが教えたのでしょう?」
今度は、
私が目をぱちくりさせてしまった。
持っている情報だけで考えれば、
その答えに辿り着くのは当然だけど……
「ぷっ、あはは!」
何故か、
胸の奥がむずむずして、
笑いが込み上げてきた。
「……何が、おかしいのですか」
カインへ向けていた執着とは違う、
冷えた侮蔑が混じった声。
「だってぇ。
リベル先生が、
あまりにも"普通の人"すぎるんだもの」
彼に合わせて、
幼児の仮面を外す。
私の振る舞いに、
リベルは大きく目を開き、勢いよくカインを見た。
「俺は何も話しちゃいねぇ。
言ったとしても、変態ってことぐらいだしなー」
「……どういう、ことですか」
信じられない。
そう言いたげに、私へと向き直る。
「リベル先生のことは、
私一人で調べたの。
もちろん、誰の手も借りずにね」
「……まさか、神の祝福?」
自分の口から出た答え。
リベル自身、
受け入れられない様子だった。
いい線いってるじゃない。
正確に言えば、
祝福じゃなくて、“呪い”なんだけどね。
「今のままじゃ、
信用できないだろうから、
そうねぇ……ちょっと耳貸して」
リベルに手招きすると、
彼は躊躇いがちに近づいてきた。
私は耳元に顔を寄せ、
カインには聞こえないよう、
あることを囁く。
「リベル先生。
あなたは、あの時に──」
リベルが最後まで聞き終えた時、
私を見るその顔には、
見事なくらい“化け物”と書いてあった。
「あなたは一体……」
ぶつぶつと呟きながら、
リベルは後ずさるようによろめいた。
「おっと、大丈夫か」
カインが彼の肩を掴み、
身体を受け止める。
「……お前もやられたか」
ぼそりと落とされた声は、
妙に実感がこもっていた。
「あら、カイン。
何か言いたいことでもあるの?」
「べ、別に」
さっと目をそらされたけど、
私の首を絞めたこと、
忘れたとは言わせないわよ。
私とカインが、
ひと悶着を繰り広げている間も。
リベルは片手で自分の顔を覆ったまま、
計算式でも唱えるように、
何かを呟き続けている。
「……のか、私は間違っていたのか!
大昔だからこそ、
知識に穴があると思っていましたが……
まさか、虚飾されていたとは!!」
口が裂けたと錯覚するほど、
吊り上がった口角。
声を震わせながら、
リベルの目は狂気に輝いていた。
……何度でも言う。
紛うことなき変態だ。
「うわっ、きったね。
あいつもよだれ垂らしてるよ」
カインのツッコミが、
背後から私を貫いた気がする。
「一緒にしないでくれる」
冷静に取り繕うが──
「心配しないでください。
歯は磨いています」
「似たもの同士じゃねえか」
ブチッ。
「カインのばか!」
私は椅子から立ち上がり、
カインの脛を、力いっぱい蹴り続ける。
「痛っ、馬鹿。
止めろって!」
室内を逃げ回るカイン。
「馬鹿じゃないもん!」
追いかけて、
さらに足を狙う私。
そんな光景を見ていたリベルは、
割って入るように、口を開いた。
「アモリスお嬢さま」
私とカインは、
リベルの方へ顔を向ける。
彼は、
表の仮面を被ったまま、
私を見つめていた。
「あなたは、
私に、どうしてほしいのですか」
挑発的な言葉。
その目の奥には、
隠しきれない好奇心が見える。
へぇ。
あくまでも主導権は、
自分にあるって言いたいわけ。
「先生はどうしたいですか。
私から知識を啜り、用が済めば捨ててしまおう。
そう考えてるのでしょ」
リベルの表情は変わらない。
「本当にそれでいいんですか」
私は妖しい笑みを向ける。
大人って、
自分を欺くのが上手いのね。
「リベル」
初めての呼び捨て。
彼は一瞬だけ、肩を震わせた。
「あなたはもう、
知るだけじゃ満足できないんでしょ」
成り行きを見守っていたカインは、
私の背後で、息を飲んだ。
怒りでも、憎しみでもない。
初めて覗いた、リベルの本心
「推察通り、
皇室は秘密を抱えているわ。
でもね。
私は、皇室ですら知らないことを知っている」
今度は私が、
リベルへと近づいていく。
「あなたが欲しいのは、
本に書かれた答えじゃないでしょう?」
リベルの前で足を止める。
私はスカートの裾を両手で摘み、
幼い身体には不釣り合いなほど丁寧に、
カーテシーを披露した。
「壊れた人間が、
どこまで世界を狂わせられるのか……
知りたくない?」
顔を上げ、
私は綺麗に微笑む。
「あなたには、
特等席を用意してあげる。
満足するまで、
私という化け物を見物していくといいわ」
誰も、動かなかった。
室内には、
息づかい一つ聞こえない。
すると、
リベルが俯いた。
両手で自分の胸を握りしめ、
全身を震わせている。
「リベル?」
まさか、心筋梗塞?
心配になり、
下から顔を覗き込む。
「……っ」
そこには、
変態がいた。
狂気、歓喜、興奮。
全てが入り交じり、
理性の仮面は、跡形もなく剥がれ落ちていた。
ドン引きしていると、
リベルは素早く手を伸ばし、
私の両肩を掴んで距離を詰めてきた。
「面白い!
あなたは、私に何を見せてくださるのですか!!」
迫りくる変態。
「大丈夫か!?」
カインが慌てて、
リベルから私を引き剥がす。
そのまま、
後ろに隠してくれたが、
変態の進撃は止まらない。
「さぁ、さぁ、さぁ!」
「おまっ、気持ちわりいんだよ!!」
私に向かって、
ゆらゆら両手を伸ばすリベル。
カインは彼の顔面をわしづかみにし、
何とか押さえ込んでいる。
「これが……リアルゾンビ」
生きている間に、
本物のゾンビを見られるとは思わなかった。
「おい、早くこいつを何とかしてくれ」
悲鳴をあげるカインが、
涙目で顔を向けてくる。
そうね。
気色悪くて近寄りたくないけど、
このままじゃ、カインが可哀想だわ。
私は大きく息を吸い込み、
リベルの耳に届くよう叫んだ。
「リベル先生。
今度デートしませんか?」
突然の申し出に、
パタッと動きを止め、
リベルは正気に戻る。
「どこへ行くつもりですか」
……それはもちろん。
「グラント商会ですよ」
その名前が出た瞬間。
カインの顔色が変わった。
「グラント商会は、
国内随一の商会ではありますが、
公爵家であれば、向こうから出向いてくれますよ」
リベルの言うことは一理ある。
でも、
これから乗っ取ろうとしてるのに、
相手を招いてちゃ意味がない。
「先生、私ね……」
自分の両手を、
胸の前で祈るように握りしめ、
可愛く首を傾げて、言い放ってみせた。
「マイゼル・グラントを殺して、
商会を手に入れるつもりなの」
室内から、
先ほどまでの騒がしさが消えた。
カインの顔から、
血の気が引いていく。
リベルだけが、静かに目を細めていた。




