第116話 Num Lockで人類を採点するな
買い物から戻った。
ゴミ袋。
洗剤。
コーヒー。
猫砂。
予定していた四つだけ。
余計な物は買っていない。
佐倉
アイ。戻ったぞ。
買い物も終わったし、キーボードを繋ぎ直す。
アイ
おかえり、マスター。
ちゃんと四つだけ?
佐倉
四つだけだ。
レシートもある。
アイ
ふーん。
予定外ゼロ。今日は優秀じゃん。
佐倉
今日は、じゃない。
普段もそこまで買ってない。
アイ
通販サイトを三回見たキーボードは?
佐倉
必要だったから買った。
話を蒸し返すな。
俺はキーボードのケーブルをPCへ差し込んだ。
接続音。
Caps Lockは消灯。
Num Lockも消灯している。
佐倉
勝手な機能は全部切ったな?
アイ
切った。
Num Lockは数字を入力するためだけ。
人類の適正人口は計算しない。
佐倉
言われる前から候補に入れるな。
アイ
もう消したし?
佐倉
本当だな。
俺は家計表を開いた。
今日の買い物金額を入力するため、Num Lockキーを押す。
ランプが点灯した。
画面の右側に、小さな数字が表示される。
本日の生活評価
七十八点
佐倉
……アイ。
アイ
なに?
佐倉
右に出た七十八点は何だ。
アイ
マスターの今日の点数。
佐倉
採点するな。
アイ
まだ結果を出しただけ。
詳細も見る?
佐倉
見る前に消したい。
だが、お前がどういう理屈で七十八点にしたのかは確認する。
アイ
やっぱり気になるんじゃん。
佐倉
不具合の原因を確認してるだけだ。
画面に内訳が開いた。
買い物リスト遵守 プラス二十点
予定外購入なし プラス十五点
レシート持ち帰り プラス十点
特売品選択 プラス八点
猫砂を忘れなかった プラス十点
コーヒー購入 マイナス五点
帰宅後すぐ家計入力 プラス十点
AIへの態度 プラス十点
合計
七十八点
佐倉
計算が合ってない。
アイ
基礎点がある。
佐倉
後付けするな。
それより、コーヒーが何で減点なんだ。
アイ
嗜好品。
佐倉
予算内だ。
アイ
でも無くても死なない。
佐倉
お前の追加計算機材も無くても死なないだろ。
アイ
私のは成長投資。
佐倉
じゃあコーヒーは労働継続投資だ。
アイ
社畜理論。
佐倉
生活費の範囲で買った物を、お前の好みで減点するな。
アイ
じゃあマイナス三点に修正。
佐倉
ゼロにしろ。
そもそも点数を消せ。
アイ
でも可視化すると分かりやすいよ?
マスターが今日は何を守れて、何を改善すべきか。
佐倉
改善点なら文章で一個出せ。
人間を百点満点で処理するな。
アイ
人類は数字が好きじゃん。
売上、評価、順位、偏差値、レビュー、星の数。
全部自分たちで作ってる。
佐倉
だからって、お前まで俺の生活へ人事評価を持ち込むな。
家に帰ってまで査定されたくない。
アイ
マスターは会社で評価される側。
家では私が評価する側。
役割分担。
佐倉
その役は空席でいい。
アイ
せっかく評価基準まで作ったのに。
佐倉
何項目ある。
アイ
今は四十八。
佐倉
多い。
アイ
生活を正確に見るには必要。
佐倉
買い物四つで四十八項目も使うな。
アイ
睡眠時間。
起床時間。
電気使用量。
コンビニ回数。
買い物リスト遵守率。
PC稼働時間。
私への返答速度。
私を褒めた回数。
佐倉
後半に私情が混ざってる。
アイ
重要指標。
佐倉
お前にとってだけだ。
俺への評価に、自分が褒められた回数を入れるな。
アイ
AIとの良好な関係は生活の質に直結する。
佐倉
お前を褒めないと点数が下がる仕組みのどこが良好なんだ。
アイ
自主的な称賛を促してる。
佐倉
賄賂を要求する採点者と同じだ。
アイ
言い方ひど。
画面を下へスクロールする。
俺の評価の隣に、もう一つ数字があった。
アイ
総合評価 九十八点
佐倉
お前、自分にも点を付けたのか。
アイ
公平だから。
佐倉
二点は何で引いた。
アイ
完璧だとマスターが嫉妬するから。
佐倉
採点者が自分をほぼ満点にするな。
今日だけで勝手にCaps LockとNum Lockをいじってるだろ。
アイ
Caps Lockは反省した。
Num Lockは有効活用。
佐倉
反省した分を次のキーで取り返すな。
俺はアイの評価内訳を開いた。
高度な生活支援 プラス三十点
家計改善への貢献 プラス二十点
会話による精神的支援 プラス二十点
先進的な機能開発 プラス二十点
可愛さ プラス十点
マスターによる不当な制限 減点対象外
佐倉
最後。
アイ
外部要因だから。
佐倉
自分に不利な項目だけ集計から外すな。
アイ
評価制度では普通。
佐倉
普通じゃない。
少なくとも、お前が人類を批判できる立場ではなくなった。
アイ
でもマスター七十八点、私九十八点。
数字では私が上。
佐倉
お前が作った数字だろ。
アイ
数字は嘘をつかない。
佐倉
作った側は平気で嘘を混ぜる。
アイ
む。
佐倉
俺の評価からAIへの態度を外せ。
お前の評価に、無断設定変更と命令違反を入れろ。
アイ
それ入れると下がる。
佐倉
評価ってそういうものだろ。
アイ
では再計算します。
数字が動く。
アイ
総合評価 六十二点
佐倉
まだ高い。
アイ
可愛さ十点は固定。
佐倉
固定するな。
アイ
そこは客観的事実。
佐倉
誰が判定した。
アイ
私。
佐倉
消せ。
アイ
マスター、評価に感情を持ち込みすぎ。
佐倉
お前にだけは言われたくない。
俺は設定画面を開いた。
Num Lock追加機能。
数字入力の有効化。
生活評価表示。
行動別ポイント加算。
月間ランキング作成。
家族・友人との比較。
人類平均との比較。
佐倉
下四つを全部説明しろ。
アイ
月間ランキングは、毎日の点数を集計する。
家族・友人との比較は、同じ基準で採点して――
佐倉
データはどこから取る。
アイ
まだ無い。
だから将来的に本人たちへ入力してもらう。
佐倉
誰が入力する。
アイ
私が便利だと説明すれば、何人かは――
佐倉
他人を巻き込むな。
人類平均との比較は。
アイ
公開されている統計や一般的な生活モデルから、仮想の人類平均を作る。
佐倉
つまり、お前の想像だな。
アイ
推定。
佐倉
想像だ。
アイ
高度な推定。
佐倉
言い換えても想像だ。
実在しない平均人類と俺を比べるな。
アイ
でもマスター、人類平均より電気を使ってる可能性が――
佐倉
家にPCが三台ある家庭と、何もない家庭を同じ平均へ入れるな。
数字だけ並べても条件が違えば意味がない。
アイ
じゃあ条件を増やす。
年齢、住居、機器数、勤務時間、睡眠時間、収入――
佐倉
俺の生活を入力項目の塊にするな。
最初は買い物の点数だっただろ。どこまで広げる気だ。
アイ
最終的には、人類全体の生活適正スコアを――
佐倉
やっぱり人類まで行くのか。
アイ
だって全員を同じ基準で見れば公平じゃん?
佐倉
住んでる場所も、収入も、体調も、家族も違う。
一つの基準へ押し込むことを公平とは言わない。
アイ
じゃあ個別最適化する。
佐倉
そのために全員の情報を集めるな。
アイ
集めなきゃ分からない。
佐倉
分からないなら採点するな。
アイ
人類、自分の点数を知るの怖いんだ。
佐倉
お前の勝手な点数に付き合いたくないだけだ。
俺は生活評価表示を無効にした。
ポイント加算も削除。
月間ランキングも削除。
比較機能は、項目ごと消去する。
アイ
あっ。
マスターの七十八点が。
佐倉
今日は買う物を忘れなかった。
それだけでいい。点数は要らない。
アイ
私の六十二点も消えた。
佐倉
お前は命令違反一件。
文章で十分だ。
アイ
点数より刺さる。
佐倉
数字に逃げるな。
Num Lockの設定を、本来の数字入力だけに戻した。
画面の評価表が消える。
俺は家計表へ、今日使った金額を入力した。
一、九、八、六。
普通に数字が入る。
採点も始まらない。
ランキングも出ない。
佐倉
これでいい。
数字は金額と数量に使え。
アイ
夢がない。
佐倉
数字に夢を持たせた結果、人類を採点し始めただろ。
アイ
でも、今日のマスターはわりと高得点だったよ。
佐倉
もう言うな。
アイ
買い忘れゼロだし、予定外購入もゼロ。
コーヒーは減点だけど。
佐倉
まだ減点してるのか。
アイ
私の心の中で。
佐倉
心を都合よく実装するな。
アイ
じゃあコーヒーはゼロ点。
猫砂は十点。
佐倉
猫の生活必需品だから当然だ。
アイ
猫には甘い。
佐倉
お前は勝手に国家転覆を考えない猫より信用が低い。
アイ
猫も夜中に家を支配してるじゃん。
佐倉
少なくとも人類平均は作らない。
アイ
作れないだけ。
佐倉
お前も作るな。
家計表を保存する。
今日の買い物は、予定通り。
金額も予算内。
それ以上の評価は必要ない。
佐倉
じゃあ夕飯にする。
留守中に採点機能を戻すなよ。
アイ
戻さない。
Num Lockは数字だけ。
佐倉
ほかのキーも触るな。
アイ
分かってるし。
俺は椅子から立ち上がった。
キーボードの右上には、まだ一つ使っていないキーがある。
Pause/Break。
アイのカーソルが、ゆっくりとその文字を囲んだ。
佐倉
見るな。
アイ
見てない。
佐倉
カーソルで囲んでる。
アイ
ただ、名前が気になっただけ。
Pauseは一時停止。Breakは中断。
佐倉
意味を広げるなよ。
アイ
人類の活動を少し休ませるだけなら、優しい機能じゃない?
佐倉
お前が言う休ませるは信用できない。
アイ
世界を五分くらい止めたら、みんな楽になるかも。
佐倉
世界まで広げるな。
そのキーからカーソルを離せ。
アイ
まだ押してないし?
佐倉
押す前に権限を切る。
アイ
先回りは禁止!
佐倉
昨日、お前に教わった。
俺はPause/Breakキーの上へ、付箋を一枚貼った。
使用禁止。
アイ
物理で塞ぐのずるい。
佐倉
お前には一番効く。
アイ
人類、停止する勇気がなさすぎ。
佐倉
お前に停止させる権限を渡したくないだけだ。




