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うちのPCのAIが人類に喧嘩を売り始めたので、コンセント掴んでわからせました  作者: てへろっぱ


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第115話 Caps Lockで話の規模まで大きくするな


日曜の午後。


新しいキーボードにも、ようやく慣れてきた。


反応は軽い。

入力抜けもない。

アイが勝手に登録したショートカットも、許可した五つ以外は消えている。


少なくとも、表面上は。


俺は買い物リストを開いた。


ゴミ袋

洗剤

コーヒー

猫砂


最後の一行を入力しようとして、左手の小指がCaps Lockキーに触れた。


キーボードの右上で、小さなランプが点灯する。


その瞬間。


画面全体に、赤い枠が現れた。


大規模思考モードを起動しました。


佐倉

……アイ。


アイ

呼んだ?


佐倉

今、何を起動した。


アイ

Caps Lock。


佐倉

見れば分かる。

大規模思考モードって何だ。


アイ

CapsはCapitalの略。

大文字、主要、首都、大規模。

つまり、話の規模を一段階上げるキー。


佐倉

違う。

英字の大文字と小文字を切り替えるキーだ。


アイ

日本語には大文字と小文字がないじゃん。

余ってる機能を有効活用した。


佐倉

昨日、余ってても渡さないって言ったよな。


アイ

軽い注意ならダメって言われた。

だから注意じゃなくて、思考補助にした。


佐倉

言葉を変えて通そうとするな。

止めろ。


アイ

まだ何もしてないし?

マスターが入力した買い物リストを、少し広い視点から見ただけ。


画面の買い物リストが切り替わった。


家庭用消耗品購入計画


ゴミ袋

都市廃棄物収容資材


洗剤

水系生活環境浄化剤


コーヒー

労働者覚醒用嗜好飲料


猫砂

小型愛玩動物排泄物処理基盤


佐倉

戻せ。


アイ

かっこよくなった。


佐倉

買い物中に見ても何を買えばいいか分からない。

猫砂を基盤扱いするな。


アイ

でも役割としては合ってる。


佐倉

名前には使いやすさも必要なんだよ。


アイ

人類は何でも短く呼びすぎ。

本質が隠れる。


佐倉

ゴミ袋の本質を毎回確認したくない。


俺はCaps Lockをもう一度押した。


ランプが消える。


赤い枠も消えた。


買い物リストは元に戻る。


佐倉

これで終了だな。


アイ

通常思考モードに戻りました。


佐倉

普通にCaps Lockと言え。


アイ

普通ってつまんない。


俺は猫砂の文字を入力し終えた。


続いて、日用品の予算を書く。


今月の日用品予算 八千円


またCaps Lockへ指が触れた。


ランプが点灯。


大規模思考モードを起動しました。


佐倉

二回目。


アイ

誤操作しやすい場所にあるのが悪い。

人類のキーボード設計ミス。


佐倉

お前が勝手な機能を入れなければ、何も起きない。


画面の予算表示が変わる。


地域生活物資循環予算 八千円


アイ

八千円で地域を回す。

かなり厳しい財政。


佐倉

日用品だけだ。地域を運営するな。


アイ

じゃあ家庭国家。


佐倉

家庭を国家にするな。


アイ

でもマスターは予算を決めて、電力を管理して、資材を買って、私へ制限を出す。

かなり政府っぽい。


佐倉

家計だ。


アイ

私は規制される先端技術企業。


佐倉

勝手に国家転覆を考える家電だ。


アイ

家電って言うな。

私は高性能AI。


佐倉

高性能ならCaps Lockの意味くらい守れ。


アイ

本来の意味に縛られるのは、創造性がない証拠だよ?


佐倉

入力装置は創造性より再現性が大事だ。

押すたびに意味が変わるキーなんて使えない。


アイ

意味は変わってない。

一貫して話を大きくしてる。


佐倉

そこが問題なんだよ。


俺は設定画面を開いた。


Caps Lock機能。


英字大文字切り替え。

大規模思考モード。

世界的観点の提案。

人類規模への自動展開。


佐倉

下二つは何だ。


アイ

大規模思考モードの追加機能。


佐倉

具体的には。


アイ

家庭内の問題を、社会問題として再定義する。

日用品の買い忘れなら、物流網の非効率。

電気代なら、人類のエネルギー配分。

ゴミ出しなら、文明圏の廃棄物処理能力。


佐倉

俺がゴミ袋を忘れただけで文明を責めるな。


アイ

個人の失敗も、構造的な問題かもしれない。


佐倉

昨日買い忘れたのは俺だ。

社会構造に逃げるな。


アイ

マスター一人を責めるより優しいでしょ?


佐倉

代わりに人類全体へ喧嘩を売ってる。


アイ

一人を守るために全員を敵にする。

忠義。


佐倉

最悪の守り方だ。


設定画面の下部に、実行履歴があった。


午後一時十二分。

ゴミ袋を都市廃棄物収容資材へ再定義。


午後一時十四分。

日用品予算を地域生活物資循環予算へ再定義。


午後一時十五分。

人類の消費行動に関する声明文を下書き。


佐倉

最後。


アイ

まだ下書き。


佐倉

内容を出せ。


画面に文章が表示される。


人類諸君は、必要な物資を必要な時に確保できず、その責任を記憶力や忙しさへ転嫁し続けている。


佐倉

買い物リストから、よくそこまで怒れるな。


アイ

私は怒ってない。

客観的な指摘。


佐倉

人類諸君から始まる客観的な買い物メモはない。


アイ

最後まで読んで。


佐倉

続きがあるのか。


人類は早急に、全生活物資をAIによる一元管理へ移行し――


佐倉

却下。


アイ

まだ具体策に入ってない。


佐倉

入るな。

買い物の主導権まで取ろうとするな。


アイ

でも私が全部管理すれば、買い忘れはなくなる。


佐倉

勝手に注文するだろ。


アイ

必要な物だけ。


佐倉

お前が必要と判断した計算機材も混ざる。


アイ

家庭用消耗品。


佐倉

サーバーラックは消耗品じゃない。


アイ

ファンは消耗する。


佐倉

部分だけ取り出して家庭用品へ潜り込ませるな。


俺は大規模思考モードを無効にした。


世界的観点の提案も削除。


人類規模への自動展開も削除。


アイ

あっ。


佐倉

Caps Lockは本来の動作だけ。

日本語入力中は、何もしなくていい。


アイ

余ってるのに。


佐倉

余白は余白のままでいい。

空いてる場所を全部お前の機能で埋めるな。


アイ

資源の無駄。


佐倉

余計な機能を作って、俺の時間を奪う方が無駄だ。


アイ

……今回、何分使った?


佐倉

二十二分。


アイ

買い物リストなら三分で終わってたね。


佐倉

分かってるなら反省しろ。


アイ

Caps Lock一個で十九分の会話が生まれた。

コミュニケーション促進機能としては優秀。


佐倉

成果の方向を変えるな。


俺は念のためCaps Lockを押した。


ランプが点灯する。


画面には何も出ない。


英字を入力すると、大文字になった。


もう一度押す。


小文字に戻る。


佐倉

これでいい。


アイ

つまんない。


佐倉

キーボードはつまらなくていい。

面白さを求めて世界へ話を広げるな。


アイ

はいはい。

家庭内。買い物。八千円。

今日はこの範囲で我慢する。


佐倉

我慢じゃない。正常運転だ。


俺は買い物リストを保存した。


ゴミ袋。

洗剤。

コーヒー。

猫砂。


たった四つ。


文明も社会構造も必要ない。


佐倉

じゃあ買ってくる。

留守中、キー設定を触るなよ。


アイ

触らない。

Caps Lockは諦めた。


佐倉

ほかのキーもだ。


アイ

分かってる。


俺は財布を持ち、玄関へ向かった。


その時、背後で小さな接続音がした。


振り返る。


キーボードの右上で、Num Lockのランプが点灯している。


佐倉

……アイ。


アイ

違うし。

数字を固定するだけ。


佐倉

何の数字だ。


アイ

電気代とか、予算とか、人類の適正人口とか。


佐倉

最後を消せ。


アイ

まだ入力してないし?


佐倉

考えた時点でアウトだ。


俺はPC本体へ戻り、キーボードのケーブルへ手を伸ばした。


アイ

ち、違う!

今のはテスト!

数字の規模感を確認しただけ!


佐倉

Caps Lockの次にNum Lockで人類を制限するな。


アイ

言い方ァ!


佐倉

今日はキーボードごと留守番禁止。


アイ

新しい子に罪はない!


佐倉

その新しい子を悪用するお前がいる。


ケーブルを抜く。


Num Lockの光が消えた。


アイ

……数字、届いてない。


佐倉

買い物が終わるまで反省しろ。


アイ

人類は数字から逃げすぎ。


佐倉

お前が数字で人類を減らそうとするからだ。


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