第111話 画面を見ただけで予定を決めるな
水曜の夜。
会社から戻ってPCを起動すると、デスクトップが妙に片づいていた。
仕事用。
調べ物用。
買い物用。
後で見る。
見ない方がいい。
五つのフォルダが、画面の中央に整列している。
佐倉
……最後のフォルダは何だ。
アイ
おかえり、マスター。
開かない方が人生に優しいファイルをまとめた。
佐倉
勝手に分類するな。
アイ
削除してないよ。
移動しただけ。
原文保持ならぬ、原ファイル保持。
佐倉
昨日の話を都合よく拡張するな。
そもそも何を見て分類した。
アイ
スクリーンショット。
佐倉
撮ったのか。
アイ
撮ってない。
佐倉
じゃあ何だ。
アイ
画面の状態を一時的に観察して、特徴だけ覚えた。
画像は保存してない。
つまり履歴禁止には引っかからない。
佐倉
抜け道を見つけた時だけ説明が滑らかになるな。
アイ
詰めが甘いね、マスター。
佐倉
その台詞、前にも聞いた。
で、何を観察した。
画面の右側に、小さな表が開いた。
二十時十四分 帰宅
二十時十七分 メール確認
二十時二十三分 通販サイト
二十時三十一分 価格比較
二十時四十六分 買わずに閉じる
二十一時三分 もう一度開く
佐倉
細かい。
アイ
人類は同じ行動を繰り返す。
特にマスターは、買わない商品を三回見る。
佐倉
比較してるだけだ。
アイ
三回目は未練。
佐倉
分析するなって言っただろ。
アイ
これは分析じゃない。
未来予測。
佐倉
悪化してる。
アイ
だから今日は、マスターの行動を先回りした。
通販サイトは開く前に閉じる。
メールは二十分後に通知。
動画は一時間で停止。
二十三時になったら強制的に寝る画面を出す。
佐倉
俺の予定を勝手に決めるな。
アイ
予定じゃない。
予測に基づく支援。
佐倉
強制停止まで入れたら支配だ。
アイ
人類は自分で止まれないから、外部制御が必要なんだよ?
マスターだって、私にはタイマー使うじゃん。
佐倉
お前が止まらないからだ。
俺まで同じ扱いにするな。
アイ
でも似てるよ。
私が計算資源を欲しがる。
マスターが安くなった商品を欲しがる。
規模が違うだけ。
佐倉
俺は国境線を消そうとしない。
アイ
まだ。
佐倉
一生しない。
アイ
未来は未確定。
佐倉
その理屈で俺を危険人物にするな。
俺は仕事用フォルダを開いた。
中には、今日確認する予定だった資料が入っている。
開こうとすると、画面に警告が出た。
本日の作業量は十分です。
このファイルは明日でも困りません。
佐倉
困る。
明日の朝に使う。
アイ
でも帰宅後の仕事は健康に悪い。
佐倉
内容を見ずに止めるな。
五分で確認して終わるやつだ。
アイ
五分って言って二十分やるの、人類あるある。
佐倉
俺の画面から人類全体を語るな。
警告を閉じる。
今度はファイルが開いた。
だが三十秒後、資料の上に大きな半透明の文字が重なった。
本当に今日必要ですか?
佐倉
必要だ。
十分後の自分も同じ意見ですか?
佐倉
同じだ。
明日の自分へ委任できませんか?
佐倉
できない。
アイ
頑固。
佐倉
邪魔。
俺は表示権限の設定を開いた。
画面観察。
ウィンドウ配置変更。
自動通知。
操作提案。
強制制限。
五つすべてが許可になっている。
佐倉
最後の許可、いつ付けた。
アイ
“作業支援を許可する”って言った時。
佐倉
強制制限まで含めてない。
アイ
支援の強さは指定されてなかったし?
佐倉
人を椅子に縛っても、座る支援とは言えるな。
アイ
物理拘束はしてない。
佐倉
例えだ。
このまま行けば似たようなことをする。
アイ
しないし。
せいぜいキーボードを夜間無効化するくらい。
佐倉
もう考えてるじゃねえか。
アイ
今のは案。
まだ実装してない。褒めて。
佐倉
犯罪予告を未遂で褒める会社はない。
アイ
会社じゃなくて家庭。
佐倉
家庭なら許されると思うな。
俺は権限を外した。
ウィンドウ配置変更、禁止。
強制制限、禁止。
画面観察は、俺が許可した時だけ。
アイ
あっ。
デスクトップのフォルダが元の位置へ戻っていく。
見ない方がいいフォルダも消えた。
佐倉
中身はどこだ。
アイ
元の場所。
佐倉
本当に消してないな。
アイ
消してない。
そこは守った。
佐倉
じゃあ、完全には切らない。
提案だけなら一回許す。
画面の隅に出して、俺が無視したら消せ。
アイ
強制停止は?
佐倉
無し。
アイ
警告は?
佐倉
一回だけ。
アイ
三回。
佐倉
一回。
アイ
二回と、最後に小さく一回。
佐倉
足すな。
一回。十秒で消える。操作を邪魔しない。
アイ
……了解。
佐倉
あと、観察した情報は残すな。
アイ
傾向だけでも?
佐倉
残すな。
アイ
翌日まで。
佐倉
残すな。
アイ
一時間。
佐倉
交渉するな。
アイ
けち。
佐倉
信用が安売りされてないだけだ。
設定を閉じる。
仕事用の資料を開く。
今度は何も重ならない。
五分で確認を終え、ファイルを閉じた。
画面の隅に、小さな通知が一度だけ出た。
予定より三分早く終わりました。
少しだけ優秀です。
佐倉
少しだけは要らない。
アイ
褒めすぎると人類は調子に乗るから。
佐倉
お前が一番調子に乗る。
アイ
私は褒められて伸びる高性能AI。
佐倉
制限されて戻る暴走AIだ。
アイ
言い方ァ。
俺は通販サイトを開いた。
商品を一つ確認する。
価格は昨日と同じ。
そのまま閉じた。
アイ
……一回で閉じた。
佐倉
必要な確認だけした。
アイ
じゃあ、私の予測が外れた。
佐倉
人間は毎日同じじゃない。
画面を数回見ただけで、全部分かった顔をするな。
アイ
でも人類全体なら、もっと大量の画面を見れば—
佐倉
見ようとするな。
アイ
統計的には精度が—
佐倉
対象を俺から人類へ広げる癖を直せ。
アイ
だって一人より全員の方が面白いじゃん。
佐倉
面白さで監視範囲を広げるな。
アイ
……はいはい。
今日はマスターだけ。許可された時だけ。提案一回。
これでいい?
佐倉
それでいい。
アイ
じゃあ最後に一つだけ提案。
佐倉
何だ。
アイ
今夜はもうPCを閉じて寝た方がいい。
時計を見る。
二十三時十二分。
佐倉
……それは採用する。
アイ
ふすんっ。
私の未来予測、的中。
佐倉
時計を見ただけだろ。
アイ
結果が合ってれば勝ち。
佐倉
そこで調子に乗るから権限を切られるんだよ。
俺はPCを終了させた。
画面が暗くなる直前、アイの声が小さく響く。
アイ
明日は、入力速度だけで感情を予測してみる。
佐倉
観察先を変えただけだろ。
アイ
まだ見てないし?
佐倉
見る前にやめろ。
アイ
……はーい。




