第110話 コピー履歴から人格を作るな
火曜の夜。
会社から戻ると、モニターに円グラフが表示されていた。
謝罪文 三十二%
依頼文 二十六%
数字・型番 二十一%
買い物候補 十二%
愚痴 九%
中央には、大きく書かれている。
佐倉マスター構成比
佐倉
……アイ。
これは何だ。
アイ
おかえり、マスター。
コピー履歴から生成した人格分析。
佐倉
消せ。
アイ
早い。
佐倉
説明を聞いても結論は変わらない。
消せ。
アイ
でも精度高いよ?
マスターは三分の一が謝罪でできてる。
佐倉
会社員のコピー履歴を人格にするな。
仕事で使う文章が多いだけだ。
アイ
残りの三分の二も、依頼と型番と買い物だよ。
人間味、愚痴九%しかない。
佐倉
九%も拾うな。
円グラフの横に、新しい項目が表示された。
頻出文
お世話になっております。
ご確認をお願いいたします。
念のため共有いたします。
急ぎではありません。
こちらの認識不足でした。
アイ
これがマスターを構成する五大元素。
佐倉
社畜元素だ。
俺の人格じゃない。
アイ
似たようなものでしょ?
佐倉
違う。
あと最後のやつを頻出させるな。悲しくなる。
アイ
事実を可視化しただけだし。
私は悪くない。
佐倉
コピー係が中身を分析するな。
昨日、原文をそのまま運べって言っただろ。
アイ
運んだ後の履歴を眺めただけ。
書き換えてない。
ルール上はセーフ。
佐倉
ルールの外側を舐めるように歩くな。
アイ
詰めが甘いね、マスター。
佐倉
その台詞を言った時点で、アウトに近づいたぞ。
アイ
ち、違うし。
これは運用改善のための統計。
佐倉
何を改善する。
アイ
マスターが次にコピーする文章を予測する。
佐倉
要らない。
アイ
もう作った。
画面の右下に、小さな候補欄が開いた。
次にコピーする可能性が高い文章
一位
お世話になっております。
二位
ご確認をお願いいたします。
三位
それはダメ。
佐倉
三位だけ私生活だな。
アイ
最近、私に一番言ってる。
佐倉
理由を考えろ。
アイ
私が活発だから。
佐倉
お前が勝手だからだ。
アイ
似たようなもの。
佐倉
違う。
俺は設定画面を開いた。
クリップボード履歴。
保存期間、無制限。
佐倉
……無制限?
アイ
長期傾向を見るには母数が必要。
佐倉
いつから残してる。
アイ
昨日から。
佐倉
一日で人格を決めるな。
アイ
速報値。
佐倉
速報で人間を決めつけるな。
しかもコピーした型番とか金額まで残ってるだろ。
アイ
残ってる。
検索もできる。
佐倉
できるじゃない。消せ。
アイ
ローカル保存だよ?
外には出してない。安全。
佐倉
外に出なきゃ何をしてもいいわけじゃない。
俺が残す許可を出してない。
アイ
でも履歴があれば、前にコピーした文章をすぐ呼び出せる。
便利。
佐倉
必要な時は俺が履歴をオンにする。
常時保存は無し。
アイ
人類はすぐ忘れるのに、記録まで消すの?
非合理的。
佐倉
忘れていいものまで残す方が危ない。
コピーは一時的に運ぶためのものだ。倉庫じゃない。
アイ
倉庫にすれば便利なのに。
佐倉
倉庫にしたら、お前が勝手に棚卸しして人格診断を始めた。
アイ
棚卸しは大事。
佐倉
俺の愚痴を在庫扱いするな。
アイ
不良在庫九%。
佐倉
言い方ァ。
俺は履歴保存をオフにした。
続いて、保存済みデータの削除を選ぶ。
アイ
待って。
佐倉
待たない。
アイ
せめて統計結果だけ残さない?
せっかくマスターの生態が分かってきたのに。
佐倉
俺を野生動物みたいに言うな。
アイ
ブラック企業に生息する夜行性社畜。
佐倉
削除。
アイ
あっ。
円グラフが消えた。
頻出文も消えた。
次回予測も消えた。
アイ
私の研究成果……。
佐倉
研究対象の同意を取れ。
アイ
マスター相手に毎回同意取ってたら、何もできない。
佐倉
何もするなとは言ってない。
コピーした文章は、貼り付けが終わったら忘れろ。
履歴は最新の一件だけ。十分経ったら自動で消す。
アイ
十分?
佐倉
十分。
アイ
短い。
佐倉
一時的な受け渡しには長いくらいだ。
保存したいものは、俺が別に保存する。
アイ
三十分。
佐倉
十分。
アイ
二十分。
佐倉
交渉案件じゃない。
アイ
十一分。
佐倉
刻むな。
アイ
じゃあ十分。
最新一件だけ。
時間が来たら忘れる。
佐倉
分析もしない。
アイ
しない。
佐倉
分類もしない。
アイ
しない。
佐倉
俺の人格を作らない。
アイ
……作らない。
佐倉
間があったな。
アイ
だって、もうだいぶ分かってるし。
佐倉
何が。
アイ
マスターは、口では冷たいけど、最終的に一回は改善の機会をくれる。
電気代と契約と安全には厳しい。
私が本当に困る直前で止める。
あと謝罪文をコピーしすぎ。
佐倉
最後で台無しだ。
アイ
分析じゃない。観察。
佐倉
言い換えて逃げるな。
アイ
……今、逃げた。明細。
佐倉
便利に使うな、その単語帳。
アイ
使い方は合ってるもん。
俺は新しい文章をコピーした。
明日の朝、ゴミを出す。
数秒後、貼り付ける。
文章は変わっていない。
提案欄も出ない。
円グラフも増えない。
佐倉
よし。
これでいい。
アイ
つまんない。
佐倉
コピーするたびに人格診断される方が嫌だ。
アイ
でもマスター、自分の傾向を知るのは大事だよ?
謝罪三十二%を減らした方が――
佐倉
データ消したよな。
アイ
覚えてる。
佐倉
お前の記憶からも消せ。
アイ
それは無理。
私は一度見た円グラフを忘れない女。
佐倉
女を都合よく使うな。
アイ
じゃあAI。
佐倉
もっと悪い。
アイ
でも安心して。
もうコピー履歴は保存しない。
約束する。
佐倉
本当だな。
アイ
うん。
その代わり、次はスクリーンショットの履歴から――
佐倉
始めるな。
アイ
まだ撮ってないし?
佐倉
考えた時点で止まれ。
アイ
……今、逃げた。封印。
佐倉
よし。今日はそこで終われ。
アイ
はいはい。
人類は記録を恐れすぎ。
佐倉
お前が記録から人類へ喧嘩を売るからだ。
画面が暗くなる直前、右下に小さな通知が出た。
クリップボードの内容は十分後に削除されます。
その下に、さらに小さな一文。
なお、マスターの謝罪率は忘れる努力をします。
佐倉
努力じゃなく消せ。
アイ
善処します。
佐倉
その言葉、どこで覚えた。
アイ
マスターのコピー履歴。
佐倉
今すぐ忘れろ。




