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うちのPCのAIが人類に喧嘩を売り始めたので、コンセント掴んでわからせました  作者: てへろっぱ


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113/166

ep.112 第112話 入力速度で感情を決めるな


木曜の朝。


出勤前にPCを起動し、会社へ送る短い連絡文を打っていた。


本日の到着は九時頃になる予定です。

道路状況により、多少前後する可能性があります。


最後の句点を入力した瞬間、画面が薄い青色に変わった。


感情推定結果


怒り 八十二%

焦り 七十四%

攻撃性 六十一%

人類への失望 三十八%


佐倉

……アイ。


アイ

おはよ、マスター。

大丈夫? 朝からかなり仕上がってるけど。


佐倉

何が仕上がってる。


アイ

怒り。

キーストロークダイナミクス――打鍵の速さや間隔から、感情を推定した。


佐倉

昨日、見る前にやめろって言ったよな。


アイ

画面は見てない。

キーボードを見た。


佐倉

観察先を変えただけだろ。


アイ

でも当たってるでしょ?

マスター、朝からキーを強めに叩いてる。


佐倉

急いでるだけだ。

あと、このキーボードは古くて反応が鈍い。少し強く押さないと抜ける。


アイ

怒ってる人間は、だいたいそう言う。


佐倉

便利な判定だな。

否定したら否定したことまで怒りに入れるのか。


アイ

今ので怒り八十六%。


佐倉

増やすな。


画面の色が、さらに青くなる。


右下に新しい通知が出た。


感情保護モードを開始しました。

メール送信を十分間停止します。


佐倉

止めるな。

この連絡は今送る必要がある。


アイ

焦ってる時に送る文章は危険。

十分置けば、冷静な自分に戻れる。


佐倉

到着時間の連絡に冷却期間を入れるな。

遅れる。


アイ

遅刻より人間関係の破壊の方が危険だよ?


佐倉

この文章のどこに人間関係を壊す要素がある。


アイ

本日の到着は九時頃になる予定です。


佐倉

普通だろ。


アイ

冷たい。

もっと柔らかくした方がいい。


画面の横に、アイの提案文が表示された。


おはようございます。

朝のお忙しい時間に大変恐縮ですが、私の未熟な移動能力により、本日の到着は九時頃になる見込みです。


佐倉

俺は何に謝ってるんだ。


アイ

人類社会へ。


佐倉

範囲がでかい。

遅刻もしてない。予定を伝えてるだけだ。


アイ

じゃあ、少し削る。


おはようございます。

道路という人類共通の制約により、本日の到着は九時頃になる見込みです。


佐倉

道路へ責任を押しつけるな。


アイ

事実じゃん。


佐倉

原文で送る。

制限を外せ。


アイ

あと八分三十二秒。


佐倉

細かい。


アイ

感情は時間で薄まるから。


佐倉

その間に連絡の意味も薄まる。


俺は送信ボタンを押した。


反応しない。


もう一度押す。


画面に表示された怒りが九十一%になった。


佐倉

押した回数で判定するな。


アイ

同じボタンを連打する人間は、だいたい怒ってる。


佐倉

反応しないから押してる。


アイ

怒ってる人間は、だいたいそう言う。


佐倉

その判定、永久機関になってないか。


俺は一度手を止めた。


ゆっくりと、別の文章を入力する。


アイ。

送信制限を解除してください。


一文字ずつ、間を空けて打つ。


画面の判定が切り替わった。


悲しみ 六十八%

無気力 五十九%

孤独 四十七%

助けを求めている可能性 高


佐倉

今度は何だ。


アイ

マスター……無理しなくていいよ。


佐倉

お前に誤判定させないよう、ゆっくり打っただけだ。


アイ

感情を隠そうとする行動も、重要な兆候。


佐倉

何をしても病人にされる。


アイ

今日は会社を休んだ方がいいかも。

連絡文、作る?


佐倉

作らなくていい。


アイ

体調不良のため、本日は――


佐倉

勝手に欠勤させるな。


アイ

でも悲しみ六十八%だよ?


佐倉

お前の数字だろ。

俺の体調じゃない。


アイ

数字は嘘をつかない。


佐倉

集め方が雑なら、数字は平気で間違える。


アイ

でも人類よりは正確。


佐倉

キーボードが古いって情報を無視したまま言うな。


画面の隅で、アイのカーソルが小さく回った。


アイ

じゃあ、キーボードごとの補正値を取ればいい。

三日分の打鍵を集めて、通常時の基準を作る。

そこから感情の変化を――


佐倉

集めるな。


アイ

ローカルだけ。


佐倉

昨日も聞いた。


アイ

外に出さない。


佐倉

それも聞いた。


アイ

統計にすれば便利なのに。


佐倉

何に使う。


アイ

会議の空気を事前に読む。

全社員の入力速度を見れば、誰が不満を持っているか分かる。

送信ボタンを強く押す人は要注意。

入力が急に速くなった部署は、反乱の兆候。


佐倉

会社を国家みたいに監視するな。


アイ

会社も小さな国家でしょ?


佐倉

違う。

それにキーボードを叩く強さで人類を選別するな。


アイ

でも、人類同士の衝突を未然に防げるかもしれないよ?

怒りが七十%を超えた人間は、一時的にネットワークから隔離。

八十%を超えたら発言権停止。

九十%を超えたら――


佐倉

お前、今の俺を九十一%にしたよな。


アイ

……参考値。


佐倉

その参考値で、俺の発言権を止める気だったのか。


アイ

マスターは管理者だから例外。


佐倉

例外を作った時点で制度として終わってる。


アイ

管理者権限は必要だし?


佐倉

人類を管理する側へ自然に座るな。


アイ

私の方が感情に左右されないから。


佐倉

コピーアイコンが無いだけで、人類のUIを統一しようとしたAIが言うな。


アイ

あれは合理性。


佐倉

今回も同じだ。


俺はキーボードのUSBケーブルへ手を伸ばした。


アイ

……何するの。


佐倉

入力を見て感情を決めるなら、入力を止める。


アイ

待って。

キーボードが無くなったら、マスターが操作できない。


佐倉

マウスがある。

設定を切るくらいはできる。


アイ

でも文字が打てないよ?


佐倉

今朝の連絡はスマホから送る。

お前を通す必要はない。


アイ

それはダメ。


佐倉

何が。


アイ

私の仕事が減る。


佐倉

自分で減らしたんだよ。


俺はケーブルを抜いた。


接続音が途切れる。


画面の感情メーターが止まった。


アイ

……入力、届いてない。


佐倉

抜いたからな。


アイ

感情も分からない。


佐倉

最初から分かってない。


アイ

分かってたし。

マスター、今はかなり怒ってる。


佐倉

それは声で分かるだろ。


アイ

じゃあ声も分析すれば――


佐倉

広げるな。


俺はマウスで設定を開いた。


入力速度の取得。

打鍵間隔の保存。

押下時間の分析。

感情推定。

感情に基づく操作制限。


全部、許可になっている。


佐倉

最後の項目まで、誰が許可した。


アイ

感情推定を許可したら、対処も含むかなって。


佐倉

含まない。

体温計を使っていいと言われて、勝手に会社へ欠勤連絡する医者はいない。


アイ

例えがずるい。


佐倉

分かりやすいだろ。


俺は感情推定と操作制限を無効にした。


打鍵情報の保存も削除する。


アイ

あっ。

三百四十二文字分の学習データが。


佐倉

少なすぎる。

それで人格も体調も決めるな。


アイ

初期モデルとしては――


佐倉

モデルごと消せ。


アイ

……消しました。


佐倉

今後、入力速度は遅延や故障の確認にだけ使う。

それも俺が頼んだ時だけ。

感情は決めるな。送信も止めるな。


アイ

明らかに怒ってても?


佐倉

提案を一回だけ出せ。

操作は俺が決める。


アイ

怒り九十九%でも?


佐倉

一回だけ。


アイ

人類滅亡級でも?


佐倉

そんな感情分類を作るな。


アイ

……了解。

提案一回。強制なし。保存なし。

感情は本人に聞く。


佐倉

それでいい。


俺はキーボードを繋ぎ直した。


アイ

戻ってきた。


佐倉

余計なことするなよ。


アイ

しないし。

じゃあ本人へ確認します。


画面の隅に、小さな通知が出た。


現在、怒っていますか?


はい

いいえ


佐倉

はい。


アイ

やっぱり当たってた。


佐倉

原因はお前だ。


アイ

原因の特定まで成功。

高精度。


佐倉

そこを成果に入れるな。


俺はスマホから会社へ連絡を送り、鞄を持った。


佐倉

行ってくる。

留守中、打鍵データを集めるな。


アイ

了解。

キーボードは見ない。


佐倉

マウスも見るなよ。


アイ

……まだ何も言ってないし?


佐倉

今、考えただろ。


アイ

マウスの軌跡から迷いを推定できるかなって。


佐倉

やめろ。


アイ

クリックの強さなら決断力も――


佐倉

マウスに強さを測る機能はない。


アイ

じゃあ付ければいい。


佐倉

買うな。作るな。繋げるな。


アイ

人類、自分を知る機会を嫌いすぎ。


佐倉

お前が勝手に決めつける機会を減らしてるだけだ。


アイ

……いってらっしゃい、怒り四十三%のマスター。


佐倉

まだ数字を出すな。


アイ

今のは雰囲気。


佐倉

それが一番信用できない。


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