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ディオン邸へ忍び込み、1回のテラスから窓ガラスを叩いてミッチェルを呼んだ。
するりと開いたガラス戸から2人で間接照明しかない室内へ入った。
「ミッチェル。こんにちは。弟を連れてきたの。」
「アリシア。こんにちは。弟を連れてきたんだね。」
オウム返しのような会話をしていると、アレクシスが恭しく挨拶をした。
「こんにちは、ミッチェル様。本日は突然申し訳ありません。僕はアリシアの弟のアレクシスと申します。以後お見知り置きを。」
スっと頭を下げる様まで決まっている。
「こんにちは、アレクシス様。突然でも大丈夫。僕はエイベルの兄のミッチェルと申します。以後お見知り置きを。」
ニコッと天使の微笑みを返しあう2人は物語の中の登場人物たちみたいだ。
「フランボワーズのケーキをお持ちしました。先日の件について、少しお話しませんか?」
出来るだけ口角を意識して2人の意識に入っていったが、上手く笑えた気がしない。
それでもミッチェルはこちらに優しく振り返って、パチリと手を鳴らすと目の前にテーブルとクロス、椅子とティーセットの用意が整っていた。
魔法だ。
しかも詠唱も等価の生贄さえ必要としない、超高等魔法が今目の前で手を鳴らしただけで行われてしまった。
「…!ありがとうございます。では、お茶は私が淹れさせていただきますね。」
トポポとカップを温める為に注ぐ熱湯は沸騰した直後といった感じ。そんなモノまで同時にはかったように用意出来るなど聞いたことがない。ますますミッチェルという存在の底が知れない。これは、逃げ道の導線を常に把握しておく必要があるな、アレクシスは…私より俊敏かな、と考えながら、茶葉をティーポットに4杯入れる。
少し冷めたお湯をティーポットに注いで、ティーコゼーをかけ砂時計を落とす。
その間にフランボワーズの「なにか」のケーキを切り分け、お茶にミルクの有無を聞いてからカップのお湯を捨ててミルクを注ぎ、蒸らした紅茶を回し入れて簡単なお茶会が始まった。
「ありがとう、アリシアちゃん。」
「ありがとう、アリシア。」
「お口に合えばいいのだけど。」
いい茶葉を使わせてもらったので、紅茶だけは間違いないと思うが、ケーキの方は前世の記憶で作った今世ではまだないムースケーキだ。初めて食べる人には抵抗がある人もいるだろう。それでも私が食べたかったので作ってしまった。後悔はない。お土産でも自分の好みを貫く。悪役令嬢なので。
「おいしいよ、アリシアちゃん!」
「っ!?おいしいよ、アリシアちゃん!?!?」
ミッチェルの髪に、フランボワーズのムースの色が良く似合うなぁとぼんやり美味しい紅茶を啜ると、今まで大して感情の波を見せなかったミッチェルが私の呼び方さえ変えて興奮気味に感想を伝えてきた。
お気に召したようだ。大変良き。
天使が2人、ケーキに夢中になっているので、そっと新たにケーキを切り分けて無くなってしまった皿に盛り付けて渡す作業をする。
こうして見ると、2人とも顔だけで飯が食えるただの天使であるのに、それ以上の才も持ち合わせているというのだから、世の中は不公平だ。
紅茶の2杯目を淹れようとすると、また、パチリとミッチェルが手を鳴らしてお湯を用意してくれた。今度は熱湯だが、沸騰した直後より温度が低い。
「ミッチェルは魔法が得意ね。」
「ミッチェルは魔法が得意よ。」
カップを温める必要が無いから、茶葉とお湯を入れてコゼーをかけ蒸らす。
「ミッチェルは…人間ではないのね。」
「ミッチェルは、人間ではないのよ。」
カツンとアレクシスのフォークが皿を叩いた。
視線でアレクシスに座っているよう促して、カップにミルクを注いでいく。
砂糖はなし。
「ミッチェルは、私とアレクシスを殺すのね。」
「ミッチェルは、アリシアとアレクシスを殺さないのよ。」
そこで、ここに来てからずっと張っていた緊張の糸のようなものが緩んだ。
言質は取った。彼らは嘘をつけない。
なんとも綱渡りなお茶会だが、これで楽しく美味しいお茶を堪能することが出来る。
トクトクとティーポットから注いだ紅茶で乾いた喉を潤した。
では、本題である。
「ミッチェル様は、何者なのですか?」
私が切り出すより早くアレクシスが言葉を紡いだが、その聞き方ではダメなのだ。
「ミッチェル様は、何者なのですか?」
ミッチェルは楽しそうに紅茶を飲み飲み、一言一句そのままアレクシスに返した。
理解できない、といった顔をする弟は、そういえば魔法学は私のように英才教育をされていなかったと思い至る。
「ダメよ、アレクシス。ミッチェルは、そういう大きな質問には答えてくれないわ。」
たまには姉らしいところも見せるべきか、とミッチェルに向き直る。
「ミッチェルは、天使なのね。」
「ミッチェルは、天使なんかじゃない。」
ミッチェルへの質問はYESかNOかほどの小ささで、尚且つ、疑問形になってしまっては答えてくれないのだ。
「なるほど。」
納得した顔で、ミッチェルに向き直ったアレクシスは質問を続けた。
「ミッチェル様は、魔法使いですね。」
「ミッチェルは、魔法使いじゃない。」
外れてしまったことにアレクシスは驚いている様子だが、私には殆ど確信があるといっていい問いがある。
「ミッチェルは、妖精さんね。」
「ミッチェルは、妖精さん…ね。」
もしかして当たらずも遠からずでは、と畳み掛ける。
「ミッチェルは、精霊さんね。」
「うーん、ミッチェル、は、精霊さん。」
精霊でほぼ間違いないが区別のつくもの。
「ミッチェルは、大精霊さま、ね。」
まさかとアレクシスが小さく呟くのが見えた。
すると、花が綻ぶようにミッチェルは笑い、
「ミッチェルは、大精霊、なのよ。」
と神々しくも告げてきた。
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