浅井シゲの古民家宿
網走駅から手配していた送迎の古い軽ワゴン車に揺られ、凍りついた深い山道を登ること数十分。二人が到着したのは、豪雪の中にひっそりと佇む、築百年は超えているであろう頑丈な古民家宿だった。
ガラガラと引き戸を開けると、温かい薪ストーブの熱気とともに、強烈なタバコの煙の匂いが鼻を突いた。
「おぅ、よく来たな。遠いところ災難だったね、駅前で変なキチガイに絡まれたろ」
土間でパチパチと薪が爆ぜる音の中、一本の煙草――セブンスターを美味そうに燻らせながら二人を出迎えたのは、この網走の山を我が庭のように知り尽くした老猟師、浅井シゲ(67歳)だった。
日に焼けた深い皺の刻まれた顔、鋭いながらも温かみのある瞳、そして壁に立てかけられた年季の入った狩猟用のライフル。その佇まいには、過酷な自然を生き抜いてきた絶対的な安心感があった。
「あいつの言うことは気にせんでいい。……ただな」
シゲさんはタバコの煙をふぅーっと天井へ吹き上げ、少しだけ目を細めた。
「この山には昔から、おかしな伝承があってな。冬、太陽が消えて水がすべて凍る時期にだけ、山の裏側からやってくる祟り神――そいつを、この土地の古い人間は『ウラモドシ』と呼ぶんだ」
ストーブの暖かさの中にいるはずなのに、マイクは駅前で感じたあの冷気が、再び足元から這い上がってくるのを感じていた。
「さ、お前さんたちが最後の客だ。奥の部屋へ行きな。先客の、ドイツ人夫婦と中国人の若いカップルがもう寛んでる」
シゲさんに促され、マイクとエミリーは古民家の奥へと進む。これからこの宿で、国境を越えた仲間たちと共に、宇宙的な恐怖の幕開けを迎えることになるとは、まだ誰も予想していなかった。




