アバシリ・ストレイ・クライシス 東京駅のほつれ
それは、絵に描いたような完璧な幸福だった。
日本の中心、東京駅の丸の内広場。行き交う人々で賑わう路上の一角で、マイクと、その妻であるエミリーは寄り添いながら、路上似顔絵師の青年に笑顔を向けていた。テキサス育ちだが日本文化を愛するマイクは、エミリーを連れて日本で暮らすようになってから、毎日が充実していた。
「はい、お待たせしました! 素敵なお二人ですね」
人当たりの良い似顔絵師の青年が、小気味よくペンを走らせて完成した色紙を差し出す。そこには、仲睦まじい二人の姿が温かいタッチで描かれていた。
エミリーは愛おしそうに、まだ平らな自分の小さなお腹をさすりながら、悪戯っぽく微笑んだ。
「ふふ、でもこれ、すぐに描き直してもらわなきゃダメね。だってマイク、私たちはもう『3人』だもの」
「えっ……! 嘘だろエミリー! 本当か!?」
マイクは東京駅の真ん中で飛び上がって喜んだ。エミリーを強く抱きしめる。世界で一番の幸せが、確かにそこにあった。
だが。誰も気づかない場所で、世界はすでに致命的にほつれ始めていた。
マイクたちが背を向けて歩き出した直後、似顔絵師の青年が「コン、コン」と奇妙な咳を始めた。その咳は止まることなく、次第にしゃっくりへと変わり、青年の目は徐々に焦点が合わなくなっていく。
さらに、マイクたちの背景――東京駅の雑踏の奥深くで、グレーのコートを着た一人の人間が、完全に「後ろ向き」のまま、恐ろしいスピードと精度で人混みをすり抜けて歩いていく異変が、静かに混ざり込んでいた。




