門の向こう側と、21グラムの幻影
ヨグ=ソトースの糞便の門をくぐり抜けた先は、重力も上下も存在しない、完全なる暗黒のマイナス宇宙の深淵だった。
「……マイク。ハンスよ。エルザもいるわ」
浅井マイクの隣で、エミリーが息を呑んで声を震わせた。
暗黒の虚空から姿を現したのは、かつて東京決戦で空間の裂け目に消えていった、あの優しかったドイツ人科学者夫婦、ハンスとエルザだった。さらに、チェンの目の前には、あの時アニーを身を挺して守り抜いた最愛の彼女、リンが優しい微笑みを浮かべて立っている。
「リン……? 本当に、リンなのか……!」
チェンの目に涙が溢れる。
「騙されるな、チェン! 奴らは本物じゃない!」
浅井マイクがシゲさんの形見のライフルを構え、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
「ハンスが公民館で分析してくれただろ! 人が死ぬと21グラム体重が減るのは、体内のマイナス物質が一斉に放出されるからだ。ウラモドシのゴミ屑どもは、その死者の残渣(21g)を媒介にして、俺たちの心を折るために一番大切な人の形に『擬態』してるだけだ!」
「ハハ……そうでしたね。科学と、シゲさんの言葉は絶対だ」
チェンは涙を拭い、胸のポケットからシゲさんの形見である古い真鍮のジッポライターを取り出した。
カシャ、と蓋を開け、親指でホイールを力強く回す。
ボッ……!
暗黒のマイナス宇宙に、シゲさんから受け継いだ熱い「本物の炎」が灯った。チェンはその炎を質量の詰まった木の棒へと移し、目の前のリンの偽物へと迷いなく踏み込んだ。
「リン、愛しています。だからこそ……お前の偽物を、我が拳で、世界の裏側ごと焼き尽くす!」
ハァッ!! とチェンの寸勁を込めた質量波が炎と共に炸裂する。
仲間たちの偽物――21グラムの幻影たちは、アニーを守るために日独の軍人たち(佐藤・クラウス)や、アントニオがヘリの無線を通じて送る決死のナビゲーションによって次々と粉砕され、グレーの霧となって霧散していった。




