最高指揮官の機転と「肉の言い訳」それとアントニオ
彼の名は、アントニオ。
かつてのみっともない小太りの体型は、15年間にわたる島での血の滲むような過酷な労働と筋トレによって跡形もなく消え去っていた。今や、作業着の袖から覗く腕は鋼のように太く、テキサスや網走の男たちにも負けないほど、逞しく引き締まった筋肉質の肉体へと進化を遂げていた。強い南国の日差しに焼かれた、見事なブラウン肌が男前だ。
アントニオは元々、母国イタリアで船舶の整備を少し齧っていた程度だった。しかし、命を救ってくれた佐藤陸曹やクラウスへの恩返し、そして人類の反撃の足となるために、彼の内に眠っていた「機械オタク」としての底知れない熱量が爆発した。
島に流れ着いた、元々は機械の知識など全くなかった世界各国の難民12名をかき集め、アントニオはゼロから「船と航空機の整備チーム」を立ち上げたのだ。
言葉の壁を乗り越え、ボロボロの英語の技術マニュアルを文字通り擦り切れるまで読み込み、実物のヘリや高速ボートをバラしては組み立てる毎日。彼は天才ではなかった。だが、誰よりも努力を積み重ねた結果、本当に「やれば出来る子」を地で行くエピソードを体現し、島で唯一無二の『整備隊リーダー』の座にまで上り詰めたのだ。
「いやあ、アントニオのあの根性は本物だよ。まさにリアル『やれば出来る子』だな」
おしゃべりモードの佐藤陸曹が、感心したようにBBQの肉を頬張る。
「規律と技術の習得スピードにおいては、我がKSKの専属整備兵にも劣らない。本当に陽気で良い男だ」
クラウスもフランクに笑いながら、アントニオの肩を叩いた。
そんな、男たちの間では「頼れる兄貴分」として抜群のリーダーシップを発揮するアントニオだったが、彼には島民全員が知っている致命的なギャップ(弱点)があった。
普段はあれほど大声を張り上げて陽気に笑っている男が、いざ「女性」と話す時だけは、信じられないほど顔を真っ赤にしてモジモジしてしまうのだ。
「あ、ア、アニーちゃん……! 14歳の誕生日、おめでとう……これ、余ったボルトで作った、クマのキーホルダーなんだけど……よ、よかったら、その……」
アニーにお祝いのプレゼントを渡す時も、ブラウン肌が完全にトマトのように赤くなり、いつもの男らしい声はどこへやら、蚊の鳴くような声で視線を泳がせていた。
「ありがとう、アントニオ! すっごく可愛い!」
アニーが満面の笑みで受け取ると、アントニオは「あうっ、グラッツェ……!」とだけ言い残し、爆発しそうな顔を両手で覆いながら、整備工場の奥へと全速力で逃げ帰っていった。
「ハハハ! 整備リーダー、相変わらず戦闘モード以外の時はポンコツだな!」
ジョージの従兄弟がコンロの前で大爆笑し、マイクも「おいおい、俺の娘に惚れるには100年早いぞ!」と笑いながらコークを煽る。
そんな仲間たちの笑い声を聞きながら、アントニオは胸の奥で、静かに闘志を燃やしていた。
自分が命を救われた、あの雨の東京駅。今度は自分が、この引き締まった身体と、12人の部下たちと共に磨き上げた最高のメカニック技術で、マイクたちを『ウボサスラ0-01』の待つ最終決戦の地へ、1ミリの狂いもなく送り届けるのだと。
シゲさんの葬儀が終わり、マイクが形見のライフルを、チェンがジッポライターをその手に引き継いだ夜から数日後。
島での15年間、血の滲むような努力で引き締まったブラウン肌の肉体を手に入れた整備リーダー・アントニオが、12人の部下たちを引き連れて浜辺にやってきた。
「おい、マイク! チェン! いつでも出航できるぞ! 船もヘリも、俺たちの魂を込めて完璧に組み上げておいたからな!」
アントニオは陽気に白い歯を覗かせ、サムズアップをしてみせた。
「ありがとう、アントニオ。頼りにしてるよ」
マイクがその手を強く握り返す。いよいよ、15年間研ぎ続けてきた人類の牙を剥く時が近づいていた。
決戦への出撃を明日に控え、ジョージの従兄弟がドラム缶のコンロで、残っていた極上の塊肉を豪快に焼き上げた。明日命を落とすかもしれない精鋭たちのための、ささやかな決起集会だ。
ジュー、と肉の焼ける極上の匂いと、香ばしい煙が風に乗って島中に漂っていく。
だが、ここで問題が発生した。あまりにも美味そうな匂いが漂いすぎたため、島民60人が「幹部たちだけで何かいい肉を食べているのではないか」と、不満気な顔をしてゾロゾロとコンロの周りに集まってきてしまったのだ。島民たちの間に、一触即発の不穏な空気が流れる。
「おやおや、みんな。リーダー幹部会は終わったのかい?」
その張り詰めた空気を破り、一人の男が悠然と歩み出てきた。
15年前、網走駅前で「ウラモドシが来る!」と狂ったように叫び、警察に連行されていたあの男だ。彼は島での15年間で、マイナス物質の過敏症から完全に脱却し、落ち着き払った知性派の「最高指揮官」として島民を束ねる存在になっていた。
最高指揮官は、集まった島民たちに向けて、機転の利いた大声を張り上げた。
「みんな、誤解しないでほしい。彼らは明日、この島を離れ、この世界の異常な『裏返し』を止めるための最終決戦へ出撃する。これは彼らの覚悟の儀式であり、最後の晩餐なんだ。……もし不満がある者がいるなら、彼らと共に前線へ行って戦うかね?」
最高指揮官のその一言に、島民たちはハッと息を呑み、静まり返った。
そして次の瞬間、不満の顔はすべて消え去り、島民たちからマイクたちへ向けて、地鳴りのような大歓声と「生きて帰ってこい!」というエールが巻き起こった。
「ふぅ、助かった。ありがとう、指揮官」
マイクが冷や汗を拭いながらお礼を言う。
「気にするな、マイク。私の役目は、君たちが100%の力で戦えるように後ろを支えることだ。……さあ、明日はアントニオの船で、『あの場所』へと向かうぞ」
最高指揮官は静かに水平線の先を見つめた。
彼らはまだ、この先に待つアメリカの極秘基地「エリア51」の存在も、世界連合軍の全貌も、そしてマイクがどのような名前を背負うことになるのかも知らない。
ただ、自分たちの命の密度を信じて、人類最後の逆襲へと、静かに錨を上げるのだった。




