拡大する予兆
網走の死闘から、数年の月日が流れた。
あの時、雪山で生まれた赤ん坊――アニーは、すくすくと健やかに成長していた。マイクとエミリーは、大きくなったアニーを連れて、全ての始まりの場所である東京駅の丸の内広場に再び立っていた。あの日と同じように路上似顔絵師の前に立ち、アニーの成長記録として家族3人の絵を描いてもらうためだ。
しかし、かつての日常に潜んでいた「世界のほつれ」は、もはや無視できないレベルにまで世界規模で拡大していた。
「マイク……空が、変よ」
エミリーが怯えた声で上空を見上げた。
真昼だというのに、東京の空は不気味な紫色に変色し、陽炎のように空間がぐにゃぐにゃと歪んでいる。それだけではない。交差点を行き交う何百人もの人々の中に、「完全に後ろ向きのまま、時速40キロメートルで逆走していくサラリーマンやOL」が何十人も混ざり始めていたのだ。
キィィィィィン……。
あの日、網走の星の祠で聞いた、耳を塞ぎたくなるような宇宙の耳鳴りが東京全体に鳴り響く。
次の瞬間、東京駅の地下深くから、これまでにない最大規模の、あの冷凍庫のような「グレーの霧(淀み)」が津波のように噴出し、大都会・東京を瞬く間に侵食し始めた。
「ついに始まったか……!」
人混みをかき分けてマイクたちの元へ駆けつけてきたのは、年季の入ったライフルを背負い、変わらずセブンスターの煙を吐き出す老猟師、浅井シゲだった。その後ろには、武術家の風格を増したチェンの姿もある。網走の生存者たちが、再びこの東京で集結したのだ。
さらに彼らの背後には、網走で共に戦ったドイツの研究員、ハンスの要請によって動いた日米独中連合軍の特殊部隊(軍人たち)が、装甲車やヘリを従えて配備されていた。




