↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/33

命の水

猛吹雪が吹き荒れる裏山を、一同は死に物狂いで登っていた。

背後からは、あの「逆立ちで爆走する女」や「多足の女」といった異形の群れが、後ろ向きのまま雪原を滑るように追いかけてくる。シゲさんが必死にセブンスターの煙幕を張り、チェンが質量を込めた木の棒で応戦するが、極寒の網走の闇は刻一刻と濃くなり、空間そのものがひび割れるように歪み始めていた。

山頂に辿り着いたマイクたちの目に飛び込んできたのは、歪んだ時空の中心に鎮座する、古びた「星の祠」だった。

その境内には、テキサスでジョージが見たものよりも遥かに巨大な、重さを持たない「グレーの岩」が、宇宙の深淵と繋がった門のように禍々しく拍動していた。

「あそこがウラモドシの心臓部だ! あの岩をブチ壊すぞ!」

マイクが叫んだ、その時だった。

「あ、ああああっ……!」

エミリーが突然、激しい苦悶の声を上げて雪原に膝をついた。マイクが慌てて抱き起こすと、彼女の太ももを伝って、無色透明の温かい液体が雪の上に零れ落ちていく。

「エミリー!? 嘘だろ、この状況で……」

「マイク……お腹が、赤ちゃんが産まれそう……っ!」

最悪のタイミングでの陣痛、そして「破水」だった。

それまで統率の取れていた異形たちが、エミリーから溢れ出たその液体を見た瞬間、まるで魂を引き裂かれたかのように「ギエエエエエエーーーッ!」と狂ったような絶望の絶叫を上げ始めた。

「おい、見ろ……!」

ハンスが凍りついた声で叫んだ。

エミリーの体内から流れ出たその液体は、マイナス5度を下回る網走の極寒の中にあって、「決して凍りつかなかった・・・」。それどころか、雪を溶かしながら、生命の力強い湯気を立ち上らせていたのだ。

「そうだ……羊水(ようすい)だ!」

エルザが涙を流しながら叫んだ。

「どんな極寒の地獄でも、胎児を育むための生命の『羊水』だけは絶対に凍らない! 100%純粋な、この宇宙で最も『命の密度が詰まった最高の真水』よ!!」

「なるほどォッ! 宇宙のゴミ屑ども、これがお前たちの最も恐れる『命の質量』だ!」

シゲさんが叫び、エミリーの羊水が染み込んだ雪を、自分のライフルの銃身とチェンの木の棒に引っ掴んで塗りたくった。マイクもまた、その温かい奇跡の液体を両拳に文字通り「纏(まと)った」。

「チェン! ハンス! エミリーと子供を守ってくれ! 俺が、あの岩を叩き割る!」

マイクは両拳から生命の湯気を立ち上らせ、グレーの岩へと突撃した。

「ギギギギギ!」

遮ろうと後ろ向きに飛びかかってくる多足の女。だが、マイクの羊水を纏った拳がその胸に触れた瞬間、怪物は擬態を維持できず、悲鳴すら上げられずに一瞬で消滅して霧散した。

「おおおおおおおあああああっ!!」

マイクは異形の群れをなぎ倒し、空間の裂け目の中心であるグレーの岩の前に立った。

ウボサスラ0-01の拍動が耳鳴りのように脳をかき乱す。だが、マイクの背中には、今まさに新しい命を生み出そうと戦っている妻の叫び声が聞こえていた。

「俺たちの命の密度を、舐めるなァァァァッ!!!」

マイクは全身の体重と、テキサスから繋がる全ての怒りを乗せて、羊水を纏った右拳をグレーの岩の核へと叩き込んだ!

ズガァァァァァァン!!!!!

爆音が響き渡る。

重さを持たなかったはずのグレーの岩が、マイクの「命の密度」に触れた瞬間、ただの脆い泥の塊へと擬態を強制解除され、粉々に粉砕されて飛び散った。

キィィィィン……という世界の耳鳴りが止む。

それと同時に、あれほど一同を苦しめていたウラモドシの怪物たちが、まるで夜明けの霧のように一斉に消えてなくなった。

それだけではない。

厚い鉛色だった網走の雲が劇的に割れ、そこから、まばゆいばかりの「太陽の光」が雪原を黄金色に照らし出した。凍りついていた世界に、本物の水と光が戻ってきたのだ。

「……オギャア、オギャア、オギャアアアアッ!!!」

静まり返った星の祠に、高らかな産声が響き渡った。

太陽の光を浴びながら、エルザの腕の中で力強く泣き声を上げる、元気な女の子の赤ちゃん。

「やった……やったぞ、マイク……!」

チェンが涙を拭いながらマイクの肩を叩く。シゲさんもまた、満足そうに新しいセブンスターに火をつけた。

マイクはエミリーの元へ駆け寄り、生まれたばかりの我が子を愛おしそうに抱き上げた。

凍る網走の危機を救った、奇跡の子供。

「お前の名前は……アニーだ。この世界を救う、最高の名前だ」

マイクが娘の名前を呼んだ瞬間、網走の白い雪原は、これ以上ないほどの温かい太陽の光で満たされていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。