内臓の消えた巨獣
翌朝。
雪は奇跡的に止み、シゲさんの提案で、マイクたちはチェンやハンスと共に、冬の狩猟見学として近くの雪山へ入ることになった。エミリーと女性陣は宿で留守番だ。
「山を舐めるなよ。一歩でも俺の足跡から外れるな」
シゲさんは愛用のライフルを肩にかけ、セブンスターの煙を吐きながら先頭を歩く。マイク、チェン、ハンスの三人は、シゲさんが雪を踏み固めた跡を慎重に追いかけた。
周囲は完全な白銀の世界。静寂が辺りを支配していたが、山を数十分ほど登ったところで、シゲさんの足がピタリと止まった。
「……おい、妙だぞ。熊の足跡だ」
シゲさんが指差した先には、雪を深く抉った巨大な爪跡があった。だが、冬眠しているはずのヒグマがこの時期に活動していること自体が異常だった。さらに、その足跡は途中で「後ろ向きに歩いている」かのように、歪な形に変形していたのだ。
マイクの脳裏に、あのテキサスのジョージからの警告がフラッシュバックする。
「水と太陽から逃げるな――」
「おい、あれを見ろ……!」
寡黙なハンスが、初めて緊迫した鋭い声を上げ、前方の雪原を指差した。
そこには、体長2メートルを超える巨大なヒグマの遺体が横たわっていた。
雪は赤く染まっていない。血が流れた形跡がまったくないのだ。不審に思ったシゲさんが、ライフルを構えながら慎重に死体に近づき、ナイフでその分厚い毛皮をめくった。
「なんだ……これは……!?」
シゲさんの声が裏返った。
ヒグマの腹部には、綺麗に円形にくり抜かれたような「穴」が開いていた。そして、その強靭な肉体の内側からは、心臓も、肺も、胃袋も――すべての「内臓」が、まるで最初から存在しなかったかのように綺麗に消失していた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。
残されているのは、中身が空っぽになった皮と骨、そして、内壁にへばりついた不気味な「黄色の粘菌」だけだった。
「解剖学的に不可能です。捕食されたのではない。内側から『存在そのもの』が消し飛ばされている……」
生物学者である妻の知識を共有しているハンスが、顔を青ざめさせながら呟く。
ピキッ。
その時、静寂の雪山に、肉体の骨が奇妙な方向へ折れるような、おぞましい破裂音が響き渡った。
一同が息を呑んで振り返る。
そこには、マイクたちが今しがた登ってきた雪道の奥から、目が異常に離れ、口からダラダラと黄色いヨダレを垂らした「一頭の鹿」が、信じられない速度で、しかも「後ろ向き」に雪を蹴立てて迫ってきている姿があった。




