第八話 武田信玄に塩を売ったら、家臣にしようとされた
甲斐。
躑躅ヶ崎館。
俺は武田信玄の前に座っていた。
信長とは違う。
信玄は、静かな男だった。
だが、何を考えているのか分からない。
「お前が、塩を運んでいる商人か」
「はい」
「なぜ甲斐へ塩を売る?」
「商売になるからです」
信玄は笑った。
「正直だな」
「嘘をついても仕方ありませんので」
「では、もう一つ聞こう」
信玄の目が鋭くなった。
「もし織田が、お前に塩を売るなと命じたら?」
俺は少し考えた。
「別の道を探します」
「ほう」
「それでも駄目なら、別の仕入れ先を探します」
「それでも駄目なら?」
「……交渉します」
信玄は笑った。
「戦わぬのか?」
「戦いません」
「なぜだ?」
「私は商人ですから」
信玄はしばらく黙っていた。
そして言った。
「お前、わしに仕えぬか?」
またか。
「申し訳ありません」
「断るのか?」
「はい」
信玄の家臣たちがざわめいた。
俺は続けた。
「私は、どの国にも塩を売りたいのです」
「敵にもか?」
「はい」
信玄の表情が変わった。
「……面白い」
彼は立ち上がった。
「では、お前が敵に塩を売る時、わしはどうすればよい?」
俺は答えた。
「信玄様も、もっと儲かる商売をすればよいのです」
「……何?」
「甲斐には金があります。馬もあります。木材もあります」
俺は地図を広げた。
「それを売って、塩を買えばいいのです」
信玄は地図を見た。
「……戦ではなく、交易か」
「はい」
「それで国が強くなると?」
「少なくとも、塩を奪うために戦う必要は減ります」
信玄は長い間、黙っていた。
やがて。
「……よかろう」
俺は安堵した。
「甲斐での商売を許す」
「ありがとうございます」
「ただし」
信玄が笑った。
「お前が織田にばかり儲けさせるなら、わしも黙ってはおらぬぞ」
俺は苦笑した。
戦国大名というのは、どうしてこう怖いのだろう。




