第四十二話 秀吉と勝家を呼び戻すため、全国の物流網を軍用に切り替えた
翌朝。
天下商業連合の堺支部では、異例の会議が開かれていた。
集まったのは、各地の物流責任者たち。
京。
堺。
大坂。
近江。
美濃。
尾張。
北陸。
中国地方。
俺は地図を広げた。
「皆さん、本日は緊急のお願いがあります」
商人たちが顔を見合わせた。
「何でしょう?」
「大量の兵糧を移動させます」
一人が驚いた。
「兵糧ですか?」
「はい」
「どこへ?」
俺は地図を指した。
「畿内です」
商人たちがざわめいた。
「……戦争になるのですか?」
「その可能性があります」
俺は続けた。
「ただし、通常の商業輸送をすべて止めるわけではありません」
「では?」
「余剰の荷車と船を集め、既存の倉庫を利用します」
俺は帳簿を開いた。
「さらに、輸送経路を分けます」
中国方面から戻る軍勢。
北陸方面から戻る軍勢。
関東方面から戻る軍勢。
それぞれ必要な補給拠点が違う。
「……新太郎さん」
源兵衛が尋ねた。
「これは、どなたの命令なのですか?」
俺は少し考えた。
そして答えた。
「織田信長様です」
会議室が静まり返った。
「……え?」
「信長様は、本能寺で亡くなられたのでは?」
俺は頷いた。
「そう伝えられています」
「では……」
俺は書状を取り出した。
信長の花押がある。
「ご存命です」
一瞬。
誰も声を出さなかった。
そして。
「……何ですと!?」
会議室が大騒ぎになった。
俺は慌てて手を上げた。
「皆さん、静かに!」
だが、商人たちは興奮していた。
「信長様が生きている!?」
「本当なのか!?」
「明智光秀はどうなる!?」
俺は言った。
「この情報は、まだ外部に漏らさないでください」
商人たちは顔を見合わせた。
そして、次々に頷いた。
「……承知しました」
俺は続けた。
「商会としての仕事は、軍勢が移動できるように補給を整えることです」
「はい」
「兵糧の価格を記録し、無理な徴発を避けます」
「はい」
「そして、民間の食料を不足させないよう、備蓄を残します」
商人たちは頷いた。
こうして、天下商業連合による大規模な補給準備が始まった。
数日後。
備中高松城の羽柴秀吉の陣。
秀吉は、一通の書状を受け取っていた。
「……何?」
書状を開く。
そこには、信長の筆跡と花押があった。
『秀吉。直ちに兵を返し、畿内へ向かえ。光秀を討つ。信長』
秀吉は固まった。
「……殿が、生きておられる?」
黒田官兵衛が書状を確認した。
「……花押は、確かに信長様のものと思われます」
秀吉は立ち上がった。
「本当なら、急がねばならぬ!」
官兵衛が頷いた。
「まず毛利方との和睦を急ぎましょう」
「うむ!」
「そして、兵糧を整えます」
秀吉は書状の続きを読んだ。
『帰路の兵糧は、佐倉新太郎が手配する』
秀吉が眉をひそめた。
「……佐倉新太郎?」
官兵衛が答えた。
「天下商業連合の商人です」
「知っておる。だが、あの男が?」
「はい」
秀吉は笑った。
「……面白い」
そして、大声で命じた。
「全軍、帰還の準備をせよ!」
同じ頃。
北陸。
柴田勝家の陣にも書状が届いた。
勝家は読み終えると、目を見開いた。
「……殿が生きておられるだと?」
家臣が答えた。
「書状には、そうあります」
勝家は立ち上がった。
「ならば、光秀を討たねばならぬ!」
「しかし、北陸の敵が……」
「分かっておる!」
勝家は地図を見た。
「すぐに全軍を動かすのは難しい」
そして、命じた。
「撤退の準備を進めよ。動かせる兵から南へ向かわせる!」
大坂方面。
丹羽長秀も書状を受け取っていた。
「……信長様がご存命とは」
長秀は静かに息を吐いた。
「ならば、畿内を押さえねばならぬ」
そして、家臣に命じた。
「兵を集めよ。秀吉殿の帰還を支える」
関東方面。
滝川一益にも知らせが届いた。
「……殿が生きておられる?」
一益は驚いた。
だが、関東の情勢は不安定だった。
すぐに大軍を動かすことはできない。
「まずは、兵をまとめる」
一益は地図を見た。
「帰還できる道を確保せよ」
堺。
俺は各地から届く報告を確認していた。
秀吉。
勝家。
長秀。
一益。
それぞれが動き始めた。
源兵衛が言った。
「新太郎さん」
「はい」
「本当に、織田家の軍団が戻ってくるんですね」
俺は頷いた。
「はい」
「明智光秀は、どうなるのでしょう?」
俺は地図を見た。
京。
近江。
山崎。
そして、各方面から戻ってくる織田軍。
「……包囲される可能性があります」
源兵衛は息を呑んだ。
俺は帳簿を閉じた。
「ただし、まだ安心できません」
「なぜです?」
「軍団が集まる前に、光秀が動くかもしれません」
俺は続けた。
「そして、兵糧が届かなければ、織田軍も動けません」
源兵衛が頷いた。
「……つまり?」
俺は答えた。
「ここからは、時間との勝負です」




