第三十二話 信長が死んだことにして、天下を騙すことにした
本能寺が炎上した。
京の商人たちから、次々に情報が届く。
「本能寺は焼失!」
「明智勢が周囲を封鎖!」
「信長様の行方は不明!」
俺は地図を見つめた。
「……脱出できたのか?」
その時。
源兵衛が駆け込んできた。
「新太郎さん!」
「どうしました?」
「京の倉庫から、暗号付きの書状が!」
俺は受け取った。
そこには、短い文章があった。
『荷物一つ、無事に搬出。現在、南へ輸送中』
俺は息を呑んだ。
荷物一つ。
それは、緊急輸送計画で決めていた合図だった。
「……生きている」
源兵衛が驚いた。
「誰がです?」
俺は小さく笑った。
「信長です」
三日後。
堺の商人屋敷。
俺は一人の男と向かい合っていた。
織田信長。
生きていた。
ただし、ひどく不機嫌だった。
「新太郎!」
「はい」
「なぜ、わしを米俵の荷車に乗せた!」
「目立たないからです」
「しかも、上から米俵を積みおって!」
「隠すためです」
「息苦しかったぞ!」
俺は頭を下げた。
「申し訳ありません」
信長はしばらく俺を睨んでいた。
そして突然、笑い出した。
「はははは!」
「……殿?」
「まさか、わしが商人の荷車に救われるとはな!」
俺は安堵した。
だが、問題はここからだった。
「殿」
「何だ?」
「しばらく、死んだことにしてください」
信長の笑みが消えた。
「……何?」
「今、世間では殿が亡くなったと思われています」
「それがどうした」
「その方が、敵の動きが分かります」
信長は黙った。
俺は続けた。
「殿が生きていると知れば、明智勢は必死に探すでしょう」
「……うむ」
「ですが、死んだと思っていれば、次の行動に移ります」
信長はしばらく考えた。
そして笑った。
「……面白い」
俺は内心でため息をついた。
この男、本当に危険な話が好きだ。
「よかろう」
信長は立ち上がった。
「しばらく死んでおいてやる」
こうして、織田信長の生存を隠すという、とんでもない計画が始まった。




