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第二部 第三十一話 本能寺の変を知っているので、織田信長を金で救うことにした

天正十年。

一五八二年。

俺は帳簿を閉じた。

「……まずいな」

目の前には、京から届いた書状がある。

織田信長が、近いうちに京へ向かうという。

そして、明智光秀も軍勢を動かしている。

俺は前世の記憶を思い出した。

一五八二年六月二日。

本能寺の変。

明智光秀が織田信長を討つ事件だ。

「……歴史がそのまま進むなら、信長は死ぬ」

もちろん、俺がこの世界で商売を始めてから、歴史は少しずつ変わっている。

武田家との交易。

上杉家との交易。

各地の商業協定。

本来の歴史にはない出来事が、いくつも起きていた。

それでも、信長と光秀の関係まで変わったとは限らない。

「源兵衛」

「はい」

「京の商人たちに連絡してください」

「何を伝えます?」

「本能寺周辺の宿泊施設と倉庫を押さえます」

源兵衛が首を傾げた。

「……何のためです?」

「人を逃がすためです」

「誰を?」

俺は答えた。

「織田信長様です」

源兵衛は固まった。

「……は?」

俺は地図を広げた。

本能寺。

二条御所。

京の街路。

商人たちの倉庫。

川へ通じる道。

そして、堺へ向かう街道。

「もし信長様が襲われたら、逃げ道が必要になります」

「……なぜ襲われると?」

「可能性の話です」

俺は答えた。

「大きな権力を持つ人間には、必ず敵ができます」

源兵衛は不安そうだった。

「でも、信長様には護衛がいるでしょう?」

「十分とは限りません」

俺は考えた。

軍隊を動かせば、かえって警戒される。

信長に直接警告しても、信じてもらえるか分からない。

ならば。

「……商人の仕組みを使う」

京には、俺の商会と取引する商人が何百人もいる。

倉庫。

荷車。

船。

宿屋。

人足。

すべてを使えば、逃走経路を用意できる。

俺は書状を書いた。

『京の取引先各位。六月初旬、京における大規模な混乱に備え、緊急輸送体制を整えていただきたい』

源兵衛が書状を読んだ。

「……これだけですか?」

「はい」

「信長様の名前は書かないんですか?」

「書きません」

俺は笑った。

「商人は、余計なことを知らない方が安全な場合もあります」

その日の夜。

俺はもう一通、書状を書いた。

宛先は、織田信長。

『六月初旬、京でのご滞在には十分お気をつけください。少人数での宿泊はお避けいただきたく存じます』

だが、返事は来なかった。

そして六月二日。

夜明け前。

京から早馬が届いた。

「佐倉様!」

「何があった!」

「本能寺が襲われました!」

俺は立ち上がった。

「……信長は?」

使者は息を切らしながら答えた。

「分かりません!」

俺は目を閉じた。

歴史が動いた。

そして今度は、俺自身がその中にいる。

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