第十一話 商会の帳簿を盗まれたので、偽物を用意してみた
朝。
俺の店が騒がしかった。
「新太郎さん! 大変です!」
源兵衛が飛び込んできた。
「どうしました?」
「帳簿が盗まれました!」
俺は固まった。
帳簿。
商会の命だ。
取引先。
仕入れ値。
運賃。
融資。
預かり金。
すべてが書かれている。
「……どの帳簿ですか?」
「奥の棚にあったものです!」
俺は確認した。
そして、少し笑った。
「大丈夫です」
「え?」
「それ、偽物です」
源兵衛が目を丸くした。
「偽物!?」
「はい」
俺は床板の下から別の帳簿を取り出した。
「本物はこちらです」
「……いつの間に?」
「商売が大きくなった時からです」
重要な帳簿は複数に分けていた。
取引先の記録。
金銭の記録。
倉庫の記録。
一冊を盗まれても、全体は分からない。
さらに、盗まれやすい場所には、わざと古い情報を混ぜた帳簿を置いていた。
「……誰が盗んだのでしょう?」
源兵衛が尋ねた。
「すぐに分かるかもしれません」
「なぜです?」
俺は笑った。
「偽物には、実在しない大口取引先が書いてあります」
「……え?」
「その取引先に接触しようとする者がいれば、犯人につながります」
三日後。
一人の商人が、存在しないはずの取引先を探していた。
名前は、堺屋宗兵衛。
俺は驚いた。
「……宗兵衛さん?」
だが、話を聞いてみると、事情は違った。
「わしも騙されたんだ!」
宗兵衛は怒っていた。
「何者かが帳簿を売りに来たのだ!」
「誰です?」
「知らん男だ!」
俺は考えた。
どうやら、商会を狙っているのは、もっと大きな相手らしい。
その日の夕方。
一通の書状が届いた。
差出人は書かれていない。
中には、短い言葉だけがあった。
『商売をやめよ。次は帳簿では済まぬ』
俺は書状を見つめた。
「……面白くなってきたな」
源兵衛が青ざめた。
「新太郎さん! 面白がっている場合ではありません!」
「そうですね」
俺は頷いた。
「では、犯人を商売で追い詰めましょう」




