第六章~勇気~
ガドネア歴九九八年 五月三〇日 ラミア・スナー
もうすぐ私の誕生日。宿の契約はその日までになっているけれど、もう少しだけ働いてから、旅に出ようと思ってる。
先日のことがあって、自分の将来を真剣に考えるようになったから。
最終的なゴールは決めているし、これを曲げるつもりは無い。けれど、それを少し遅らせてもう一つの夢を叶えることはできる。
そう、私にはもう一つの夢ができた。それは、魔法医の資格を得ることだ。
私は、アンナさんに一度命を救われている。そして先日、アンナさんが持つ覚悟の一端に触れ、感銘を受けたのが大きい。アンナさんに助けてもらった命で、別の命が救えるならそうしたい。
資格を取って、誰かを助ける。これがアンナさんに対する恩返しになれば良いな、と私は思った。
そんな話を、アンナさんと交わした。ユニスの学園は閉鎖中だから学ぶことはできないし、デニアス王国の学園には医学部は今は閉鎖中だと聞いた。アンナさんは、北にあるディトリア・クレール大陸、その中央に位置するデリシア王国国立学園で、医学を学んだという。
学校に行くにはお金がいる。…一番の問題がそこなので、まだまだ働かないと、ね。
第六章~勇気~
マンイーターの討伐作戦があって数日後。ラミアが熱を出して寝込んでいた。アンナの診察では単純に風邪を引いただけとのことで、大事を取って二日ほど休みとなった。
「なんか欲しい?」
「ううん」
マリアは固く絞って折りたたんだタオルを、娘の額に乗せながら、優しく声をかけた。ラミアは首を横に振った。
「こういうときはお母さんに甘えて良いんだから、ね?」
「…うん」
王都も本格的な冬が到来し、この数日の間で一気に気温が下がってきていた。巷では風邪が流行っており、ラミアももらってしまったようだ。昨夜が熱のピークで、今はもう下がりつつある。
陽光が窓から差し込み、薄いレースのカーテンがそれを柔らかくする。柔らかい光はラミアの顔を照らしていた。
マリアは、小さな声でハミングする。調子が若干はずれた、切なくも優しいメロディーだ。少しずつまぶたが重くなっていくラミアは、昔から聞いているそのメロディーに身を委ねる。
いつの間にか、娘は眠ってしまっていた。そんな我が娘の顔を見ながら、マリアは心の中で謝罪する。
数日前。
マンイーター殲滅作戦の翌日のことだ。家族が集まったとき、ホリーがかねてから疑問に思っていたことを口にした。
「母よ、…父よ。我に何か隠してないか?」
ホリーは、殲滅作戦を終えた当日。母から正式に、ユニスの作戦参謀の地位を譲り受け、王も正式にそれを承認した。若干一三歳にしての大抜擢だ。これについてはまだ世間に公表はされていないが、一日も経てば城内では話が持ちきりになるだろう。
「色々引き継いで、様々な資料を見て。…我は一つ違和感を覚えた」
この一年の間で、魔物の討伐作戦は何度か立案され、実行されている。しかし、年末年始を境に、マリアは作戦に参加しているものの、ほとんど戦果を上げていない。作戦によっては、待機のみで戦いに参加していないものまであった。前回のマンイーター殲滅作戦は司令塔に徹し、戦闘自体には参加していない。副隊長の立場として考えれば納得できる部分もあるし、本来はこれが正しい行動なのだろう。しかし、これまでのマリアの行動から考えれば、まるで正反対である。それまでは司令塔自ら敵陣の中央に突入して殲滅し、周りを緻密に動かすという、乱暴かつ計算され尽くした作戦を行ってきたのだ。それが、気がついたときにはマリアは後方に下がり、そちらから指示を出すものに変わっていた。
マリア本人が一歩引き、研究一筋だったホリーに作戦参謀としての知識をたたき込む。ホリー自身は、最初は頼りにされて嬉しくここまでやってきたが、以前の作戦からの大きな転換や、見え隠れする情報に触れ、それに気づいた、いや、気づいてしまったのだ。
マリアとアーサーは、黙って彼の言葉を待つ。
「母よ、…大病を患っているだろ?」
ホリーは、間違いであってほしいという表情で、マリアに問うた。しばらく黙っていた母だが、観念して、言葉を続けた。
「…肝臓癌。発見されたときは、既に末期だったわ」
「っ…!」
ホリーは、調べて得られた結果と、母の言葉が一致したことから、真実であることを確信する。
年が明けてから、ラミアには旅に関しての心得などをレクチャーするために王都へ連れてきたり、よりファルアスタシア流の教えに熱を入れたりしていた。ホリーに作戦参謀としての訓練や講義に熱を入れ始めたのもこの時期である。何もかも急激な方向変換だったが、いろいろなところで合点がいくことだった。
マリアは、表に出していない能力を持っている。それは家族や親しい友人にのみ共有され、その秘密は厳に守られている。
それは夢見と呼ばれるものだ。夢を見ることで、ある程度の未来を見る、いわゆる予知夢の能力だ。皆が夢通りの行動を行えば確定する未来。誰かが夢と違う行動を取れば、少しだけ変化するも、大きくは変わらない未来。それを知るホリーは、もう一つ考えがまとまった。だが、それを口にすることはできなかった。それは、余りにも残酷なものだったからだ。一月からの母の行動と病気を考えると、もう余命は……。だからそれまでに、母は自分たちにすべてを教えようとしてくれているのだ。
「母よ、…我は、…僕はっ!」
ホリーは聡い。その事実に辿り着いてしまい、膝から崩れ、嗚咽を漏らす。
「…ごめんね」
マリアはそっと、息子を抱きしめる。ただひたすらに、優しい笑顔で。
眠っている娘を見ながら、母は優しげに、そして悲しげに見守っていた。しばらくすると、ラミアは身じろぎをして、目を開けた。
「…あれ、ちょっとうとうとしてた?」
「ちょっとだけね」
「…えへへ」
ラミアは少し照れくさそうに、微笑んだ。穏やかな時間が過ぎていく。その中、マリアはもう時間が無いと悟り、それまで考えていたことを口にした。
「アルフ君のこと、…いいえ、違うわね。…アゼナルフ王子のこと、あなたはどう思ってる?」
「ふぇ? え、えっとっ…」
ラミアは布団をかぶり、顔を隠した。見事な照れっぷりだった。彼女が彼のことを意識していることは、ずいぶん前から知っていた。最近は行動を共にすることも多く、少しだけだが仲が進展したと言っても良かった。
アルフは愛称。アゼナルフ。アゼナルフ・テナイ=ユニス。それが彼の本名だ。
アーサーとマリア、そして現在の王と王妃は、かつて一六歳修行で一緒に旅をした仲であり、そしてその絆は深く繋がっている。マリアの妊娠を期に四人そろって冒険者を引退して、二組そろって合同結婚式を挙げたほどだ。
先のユニス王都占領時、マリアが子供達を一手に引きうけていたこともある。このときに大きな事件があり、ラミアが深手を負った。瀕死の重傷だったが、これはアンナが手術を行い、助けることができた。アルフは彼女を徹夜で看病したが、二人の絆はおそらく、ここが始まりだろう。
その後、両親は様々な心配事や思惑が一致し、二人を許嫁にしたが、今はそれとは関係なく、二人は互いに想いを大きくしている。ラミアの将来は、アルフの妃として王家に嫁ぐ。これはもう決まっている未来だ。だが、そこに至るまでには、どうかより強い絆を結んでほしいと、母はそう願っている。ただの許嫁という間柄では無く、恋人として。
布団の中でもぞもぞしていたラミアだったが、目だけ布団から出して母を見上げた。母の表情は、いつもの茶化すようなものでは無く、本当に優しく、そしてどこか真剣なものだった。ラミアは恥ずかしくて答えられないでいたが、母は大きく頷いて何かを納得したようだった。
娘は、彼のことをかなり意識している。ならば、背中を押すだけでいい。
「…アタックしてみなさい? 想いは間違いなく伝わるからね」
そう言い、マリアは立ち上がる。
「…はぅっ!」
家族の中では聞き慣れた口癖だった。何か驚いた時に、ラミアは決まって強く息を吐きながらこう言ってしまうのだ。
最近はほとんどなりを潜めていたと聞いているが、それを聞けてどこか満足したようだった。マリアは振り返らず、扉を開け、出て行く。
ラミアは、困惑するばかりだった。
マリアは廊下を歩きながら、これで背中は押したからね、と小さくつぶやく。しばらく歩き、彼女は廊下の壁にもたれかかった。
「想いは、必ず届くからね」
冷や汗が一筋、額から流れた。
「マリア、こっちに」
アンナが声をかけた。
「…ん」
短く答えたマリアは、アンナに手を引かれ、彼女の自室へと案内された。
「調子はどう?」
マリアを椅子に座らせ、アンナは紅茶を用意しながら尋ねた。
「大丈夫、まだ動けるから」
アンナの心配をよそに、マリアは即答した。冷や汗を流しながらでは説得力は無いが、彼女の言葉をその通りに受け止める。
紅茶をすすり、落ち着いたマリアは言葉を続けた。
「ラミアには絶対に言わないでね。…あの子、心配症だし、心が弱い面もあるから」
先日のガーゴイル襲来のときはパニックになった。彼女が抱える過去、記憶自体は封印され忘れ去っているが、心に大きな傷を負っていることを改めて確認するには十分なことだった。
「言わないわよ、それは約束してるからね」
アンナとの約束は、あのとき交わされたものだった。
夏が本格化する、去年末。
マリアは風邪を引いたかもしれない、と言ってアンナに受診した。このときはまだ、まともな医院があまり開かれていなかったため、なじみのアンナを尋ねていた。その診断の結果、今がある。
アンナを訪ねたその数日後、マリアは吐血して倒れた。そのときからは作戦で先陣を切ることはなくなり、息子に自分の知識を全て伝える方針に切り替えた。また、自分の健在をカモフラージュするため、アンナがアルケミストとして特殊な薬を調合し、それを常備している。これは、痛みを消すための、ただの麻酔だ。特殊というのは、発作的な状況でもすぐに使えるよう、あらかじめ注射器に封入され、ケースから取り出せばすぐに使えるようにしている部分となる。
吐血して倒れた日は、ラミアが篭手を壊した日でもある。倒れて意識を失ったときに、ラミアにかけていた封印が一時的に弱まったのだ。マリアがその時に気を失っていたのは、数秒程度。ラミアはその間に魔力がにじみ出た、という具合である。このときに、マリアは一つの仮定が真実であることを悟っており、この頃からファルアスタシアの流儀と魔法に関する深い深い知識を教え込んでいる。
元々魔法に関して勉強していたラミアは、気がつけば魔法全般、特に神々や魔族から力を借りる関連の知識は母を追い越していた。
母が、ラミアの魔力を封印した、せざるを得なかった理由。
あの日、あの時。聖龍島でも結界に守られた地域に住まうラミアの前に、ガーゴイルが現れた。どうやってその結界を越えたのかは些細な問題だ。ただ、ガーゴイルに対して、ラミアはある魔法を唱えてしまった。
どんな魔法なのかは、見当が付いていた。
当時の人龍達が探求していた、とある神の存在。娯楽小説の初版だけに登場し、その後の小説やいくつかの文献では矛盾するように秘匿された存在。英雄達が実際にいるのだから、もしかしたらこの存在もあるのでは無いかという、好奇心から始まった長い長い研究。五〇年以上も続けられ、しかしその存在が確認できるような確信は得られず、この存在から力を引き出す呪文は、結局推測段階で頓挫し、研究自体が放棄されてしまった。
ラミアは、そんな研究レポートを盗み見していたことは分かっていたし、止めることもしなかった。当時、せいぜい四歳の子供が、そんな難しいものを理解することは無いと、そう考えていたから。
しかし、暴走させた魔法は、その神から借りた力だった。
ガーゴイルを目にして恐慌状態に陥ったラミアは、見知った魔法を唱えた。それが、その研究半ばに頓挫しているものだった。不完全な呪文で、誰も起動できなかった魔法が、わずか四歳の子供が発動させた。不完全故に、魔法は何の形も取らず、ただ魔力の雷撃となって暴走した。
危険だと判断したガーゴイルは鋭い爪で娘を襲った。その衝撃や傷の大きさで、通常なら吹き飛ばされるか倒れるかしたであろうが、既に暴走状態に陥っていたラミアは倒れなかった。ただ暴走する魔力に体を支えられていただけ、とも言えた。
その魔力の塊から、細い、糸のような奔流が迸った。川の流れに対して一滴の水滴程度の魔力だ。
ガーゴイルは本能的にそれを避けたつもりだったのだろう。しかし、体の半分以上が消し飛ばされ、粉々に砕け散った。細い糸は、そのまま遠くの山に到達し、聖龍島の地形を大きく変えるに至っている。
異変に気づいて現場に到着したマリアは、他者のアドバイスもあって、自分の知りうる最も強力な封印魔法、四大精霊封印術をもって、娘の魔力を、暴走した状態のまま封印した。この場はそれで収まり、聖龍島の壊滅は回避された。
島の南三分の一が消し飛んだ、聖龍島南部崩壊事件。後の世にこう呼ばれる事件の真相は、この通りだった。
直後から、ラミアは魔法で治療することができなくなった。この封印は、内からも外からも魔法を遮断する。どんな強力な攻撃魔法でも治癒魔法でも、完全に弾いてしまうのだ。
自分の娘は助からない、と絶望の淵にいたマリアだが、アンナの外科的措置のおかげで一命を取り留めた。ただ、後遺症は残っている。補えきれなかった皮膚は傷跡として残り、また封印術の影響でラミアの記憶が欠落していた。そして最大の懸念が。
「子宮の癒着?」
「そういう可能性があるの」
一度は絶望から這い上がれたマリアだが、再び絶望の中に落とされた。ラミアは、子を宿すことができないかもしれない、という宣告だった。その話はラミアの両親と、王都奪還のための作戦を練っていた王と王妃にも共有された。その後、不幸な娘の将来を鑑みた王は、許嫁にするということを約束し、現在に至る。
子ができなければ、側室を設けそちらに子を産ませれば良い。その考えはある意味残酷だが、それでもラミアの将来として考え得る最善だと、このときは誰もがそう考えるしか無かった。それだけ、心が疲弊していたとも言えた。
以上の通り、ラミアが王都に来ることは、本来危険であり決して許可されるものではなかった。だが、マリアは夢を見た。ただひたすらに、幸せな夢だった。それを語ったとき、王夫妻はラミアが聖龍島から出る許可を出した。王は笑って答える。滅ぶときは滅ぶときだ、この決断を自分は後悔しない、と。
マリアがかけた封印術は、自分が死んでしまうことで解除されてしまうものだ。だからそれまでには、ラミアは魔法に関する知識を高め、その莫大な魔力を制御しきって見せなくてはならない。そうで無ければ、ユニス王国が吹っ飛び、ラミア自身も死んでしまう。
が、今のマリアは一切悲観していない。
その先の未来を見たからだ。ただただ幸せそうに微笑む、純白なドレスを着飾ったラミアの姿だ。
―――そこに至るように、マリアはずっと奔走し続けてきたのだから。
さあ、仕上げといこう。マリアは、静かにそう心を決めたのだった。
六月二日。
ラミアの誕生日前日だった。当日は、スニラフスキーの宿が主催となり、ささやかな誕生日パーティを開くことになっていた。一日たっぷり休養したラミアも全快し、翌日は朝から仕事をこなしていた。
今日は、昼からは翌日のパーティーで使われる食材を自分で調達しているという、ちょっとシュールな展開になっていた。
この日もアルフは非番で、昼からの買い出しを約束している。注文しても品物は宿に直接届けてもらうため、手荷物が増える心配も無い。加えて、注文が終わればその時点でラミアの本日分の仕事も終わりとなる。そこに、アンナの作為が込められている気もしたラミアだが、おそらく先日倒れたとき、母とアンナが何かしら話したのだろうというのは、想像に難くない。母が背中を押してきたのだから、きっとそれでスケジュール調整をしてくれたのだろう、と。すっかりお膳立てされたような感じではある。
だがそのおかげで、ラミアは一つ決心がついた。誕生日当日でも良いが、明日仕事を抜けられるか解らないアルフには、今日中に気持ちを伝える、と。
午前中の宿の用事も済ませ、ラミアはこれで仕事が終了だ。後は好きにして、好きな時間に帰れば良い。
「この後のことなんだけど、アルちゃんさえ良ければ遊びに出かけない?」
恥ずかしそうに提案するラミアだった。
「そうだな」
アルフは何もすることがない為、ラミアの提案に乗ることにした。
「えへへ、…デートのお誘い」
とラミアははにかんだ。この一言を言うために、ラミアは勇気を振り絞った。アルフは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔で返した。
「ああ、わかった、喜んで」
二人は噴水広場まで戻り、改めて仕切り直しをした。先ほどまでのようにデートみたい、ではなく、これから正真正銘、デートを始めるのだ。
噴水広場は、行き交う人が多かった。少しずつではあるが王都も活気を取り戻しつつある様子だ。広場では、このわずか一月足らずの間に、露店が少し増えていた。先日の魔物襲来のときにいくつか店が潰されてしまったが、店主達は逞しく、こうして露店を再建していた。
ほとんどは食べ物や食材だが、ちょっとしたアクセサリーなど贅沢品も見かけるようになった。
戦後からの復興は、ゆっくりながらも進んでいる証拠だった。
「何かリクエストはあるか?」
「そうね…」
ラミアは露店を見渡し、その一つを指さした。
「私、あれが食べたい」
露店には、焼き芋の看板がぶら下がっていた。以前からのこの場所で営業をしている露店だった。
以前も、時間が合ったときに二人で食べたことがある。確かにおいしかったが、昼食としてはいささか物足りない。他の露店で何かを追加して食べても良いだろう、とアルフは考えた。
ラミアはアルフの手をつかみ、走り出す。
「おおっ?」
思ってもみなかった行動にアルフは驚いたが、少し照れくさそうに笑うラミアに、アルフも笑い返した。
食事の後は、アルフがエスコートを申し出た。
二人は、街の少し南に位置する商店街を訪れていた。ラミアは、普段はこんな所までは来たことが無く、その活気に目を丸くしていた。
「お? おおおおっ!」
次の瞬間、丸くなっていた目が輝いたように見えた。
二人が仮住まいとしているスニラフスキーの宿、その周辺の活気はほぼ無い。最前線ということも有り、一般人はあまり足を運ばないことが原因でもある。しかし、ある程度南に行けば人であふれ、かなり活気に満ちていた。商店も沢山並び、露店も並ぶ。倒壊している建物は皆無では無いが、北側とは雲泥の差だった。
ラミアはウキウキとしながら、服を売る店を指さし、アルフに振り返る。
「あの店、あの店に行ってみたい!」
ひときわ大きいショーウィンドウのある店だった。その店のたたずまいから、ラミアは両親の話を思い出す。
「ここ、お父さんとお母さんが…っ、はぅ!」
言いかけて、一気に赤面した。何故に、とアルフは考えるが、彼自身は何も思い当たることは無かった。ラミアはごまかし笑いをして、店へとアルフを引っ張った。
最初は遠慮がちだったが、いまはそれも無くぐいぐいと腕を引っ張るラミア。昔もこうして、自分を引っ張ってきてたな、と思うアルフだった。
ラミアは服を選ぶ。
実家から持ってきた服は無く、そのときに着てきた服と、今来ている侍女服しか持ち合わせが無いという。下着類は近所で購入できたが、ちゃんとした服は見る機会が無かった事もある。
旅費として貯めている分を切り崩すことになるが、せめてアルフの前では綺麗な服を着たい、という願望が芽生えており、いくつか試着してはアルフに似合うかどうか、逐一尋ねるのだった。
ラミアの服装センスは所々で破綻しており、店の人がある程度こうした方が良いよ、と修正を食らう場面もあった。そんなこんなでアルフが良いな、と言った組み合わせで、服を何着か購入した。その代金の半分を、アルフが支払った。
「…ホントに良いの? 代金もだけど…」
「ああ、任せて」
アルフは、ラミアの荷物全部を運んでいた。最初こそラミアが自分が買ったものだからと自分で持とうとしたのだが、すぐに力尽きる事は簡単に予想できた。それに、女の子に荷物を持たせて男が手ぶら、という状況は周りが許さないだろう。そんなことで、全てアルフが引き受けたのだ。
「…うんっ!」
ラミアはとびっきりの笑顔で頷いた。その表情に、アルフは心を奪われるのだった。
その後は、街の東側へと足を向けた。
漁港や漁師町となっている一角は、先ほどの商店街とはまた違った趣だった。
魚市場の一角は、少々生臭いのはしょうがないが、新鮮な魚を見て回った。
港に近づけば、浮かぶ釣り船を見たりした。
もう少し北に歩けば、砂浜となっている。そちらにおりて、波打ち際に近づいてみたりと、本当にいろいろな場所を巡るのだった。
軍港に到着したときには、夕暮れとなっていた。気がつけば、それだけ長い間歩いていたことになる。しかし、二人にとっては本当にあっという間だった。
軍港からの広い通りを西に行けば、いつも泊まっている宿があり、噴水広場がある。物流を確保するために広く設計されたこの通りは、時間的に西日が眩しい。ラミアはアルフの手を離して走り、数歩先で振り返った。
今日一日一緒に遊びに出て、ラミアは自分の気持ちを固めた。そして勇気を振り絞る。
「アルちゃん」
逆光の中、ラミアは自分の気持ちを、ついに言葉にした。
「大好きっ!!」
そして照れ隠しのように回れ右をした。そして顔だけ振り返り、照れくさそうに微笑む。
「噴水で待ってる、返事を聞かせてほしいなっ!」
そう言って、ラミアは走って行った。
「…あー」
引き留めることもできず、その姿は喧噪の中に溶け込んでいった。
アルフも、自分の気持ちは固まっていた。明日の誕生日、内緒で買っておいたこのプレゼントを渡しながら告白しようと決心していたが、先手を取られる形となってしまった。
「はは、まあ、いいか」
アルフは気を取り直し、ゆっくり歩き出す。どんな風に返事を返し、どんな風にしてプレゼントを渡そうか。そして先に言われてしまったことに対して、どうやったら意趣返しになるだろうかな、などと考えながら、西日に目を細めた。
アルフは、一度宿に戻り、自室に一旦預かった荷物を置く。
すぐに玄関に戻ったとき、アンナに声をかけられた。
「おやぁ、ラミアは?」
「噴水広場で待たせてる。…ははっ、先に言われちゃったよ」
と笑った。
「そうかい」
アンナもつられて、そして嬉しそうに笑った。
アルフは、この人は自分らが互いにどう思っているのかを知りつつ黙っていた、ということをなんとなく察していた。
「ということで、意趣返ししてくる」
アルフはどこか悪戯っぽく笑い、小さな包みを掲げた。
「こんばんは赤飯だねぇ」
「やめて差し上げて? ラミアが照れる。…じゃ、行ってくる」
「頑張んな」
と、アンナは彼を送り出した。
噴水広場は、宿からも見える距離にある。言ってしまえば目の前だ。
妙に人だかりができており、この中で告白返しは、ラミアはさすがに照れるだろうと、考える。プレゼントも渡して、周りに人も居て。そして考えていた言葉を贈る。最高の意趣返しになりそうだった。
そして、アルフはラミアが待っているであろう噴水広場へと踏み入った。そこは、思った以上の喧噪で、少し殺気立っているようにも感じた。何事かな、とは思いつつも、アルフは噴水前まで歩み寄り、ラミアの姿を探す。
そこにはラミアの姿は無く、水がこぼれたのだろうか、地面のあちこちが湿っているようだった。
そんな様子に、なんとなく違和感を覚え、そして、得も言われぬ悪い予感がよぎった。辺りを見渡していると、昼に訪れた焼き芋屋の店主が駆け寄ってくるのが見えた。
「ああ、君! あの子の彼氏さんだよね?!」
周りからはそう見られていたようだった。アルフは店主の剣幕に一瞬たじろいだが、次の言葉に、さすがに驚きを隠すことはできなかった。
「お嬢ちゃんが、目の前で連れ去られた!」
「………え?」




