第五章~冒険者の宿~
ガドネア歴九九八年 五月二〇日 ラミア・スナー
冒険者の宿がどの様な役割を持っているのかは、以前の講習で聞いたとおりだった。あの日は宿の従業員としてお手伝いはできなかったけど、今日は三人の冒険者が飛び込んできて、それを垣間見ることになった。アンナさんもそうだが、私より先輩の人たちは手際よく、飛び込んできた冒険者の治療を行った。
私もあの剣を使って、とも思ったけど、いざとなったら覚悟ができなかった。
改めて、アンナさんの、医師としての覚悟があることを目の当たりにした。
いつか、私も。
この時に冒険者が請け負っていた依頼は、協会の仕事としてでは無く、お母さんたちがユニス王軍として動くこととなった。私もビックリしたことなのだけど、規模がそれなりに大きな事となっていたようだ。冒険者をたくさん集めて進撃するよりは、移動の速さと殲滅力の高い『スナー迎撃隊』が解決に乗り出す、とのことになった。
第五章~冒険者の宿~
昼の忙しい時間が過ぎ去り、暇を持て余して休憩しているラミアと、協会からまたも追い返されたアルフは、食堂で並んで紅茶を飲んでいた。
「…この味も久しぶりだな」
「そうね、持ってきて正解」
紅茶の銘柄は、ドラゴニア・ティー。ラミアの故郷で栽培される紅茶で、独特の風味がある。またハーブティーとしての一面もあり、リラックス効果の他、精神安定滋養強壮、気力の回復などの効力まである。ちょっとしたマジックポーションと言っても良いぐらいだ。
綺麗な茶葉は高級品として重宝され、実際北の大陸ではかなりの高額商品となっている。ラミアが持ち込んだのは、葉の大きさ等で基準を満たせず篩から落とされたものだ。そのため聖龍島では格安で売られているものとなる。
因みにアルフは、ガーゴイル騒ぎのあったあの日、昼食後はがれきの撤去などを手伝ったことが協会に伝わったことで、休めと言い渡されたらしい。あの日は一致団結する必要があったため仕方ないとして、その代休が押しつけられた、というわけである。
酒場としての仕込みの時間までまだ大分あるので、暇で暇でしょうがない、という状況である。他の従業員も、同じく食堂で本を読んだりトランプをしたり、余暇を楽しんでいた。ラミアは、みんなにも紅茶を入れ、おいしいと評判だったので嬉しかった。
「平和ねー」
「平和だな」
まったりとした時間が過ぎる。ずずっと音を立て、アルフが紅茶をすすった。
アルフは、少し前から長期滞在用の部屋へと移り、従業員とも顔見知りとなって大分打ち解けていた。お腹の傷のこともあって少しだけ物怖じするラミアだが、彼女もすっかりここの一員として溶け込んでいた。
アルフは、チラリとラミアの姿を盗み見する。
セパレートタイプの、人龍用の侍女服。背中の部分が大きく開いており、肌を隠すための専用外套を羽織る。もう見慣れた姿ではあるのだが、それでも可愛いものは可愛い。アルフは表には一切出さないが、そう考えている。
最近は、本人達の耳には入らない程度に噂が囁かれ、スニラフスキー母子以外の従業員八人を二分して争われていることがある。曰く、ラミアがアルフのことを好きなのか。曰く、アルフがラミアのことを好きなのか。そのためか、最近は生暖かい視線が二人に注がれることがある。本人達は事情を知らないため、なんとなく違和感を感じているが。
そうやって注目されているため、数人ほどの従業員が、アルフが何を見て何を考えているのか、色々と妄想している。実に平和だった。
「このまま何も起こらないと良いのだけどねー」
と、誰かが口にした。
「やめてそんなこと言わないでフラグを立てないで」
即座にその隣で話していた侍女が反論した。
「そうよ、いきなりドーンって扉を開いて急患だー、怪我を治してくれー、なんて飛び込ん」
どんっ!!
「急患だ! 怪我を治してくれ!!」
「で来る……」
そしてラミアが反論に賛同するような発言をしている真っ最中、本当にそれが起こってしまうのだった。
つかの間の平和は終わった。皆手にしていたティーカップの中身を一気に飲み干し、立ち上がる。さあ、これから『冒険者の宿』としての戦いが始まる。皆、表情を引き締めた。
「ようこそスニラフスキーの宿へ。怪我人はそこに寝かせて。すぐに治療を始めるわね」
アンナはゆっくりとした動作で立ち上がり、飛び込んできた冒険者に優しく話しかけるのだった。
「レイシャはカウンター業務を、ファルはパーティションを準備。アリーナ、は居なかったわね。レレーナ、私の鞄を持ってきて。他は有事のために待機」
そして矢継ぎ早に指示を飛ばし、冒険者の元へと歩み寄る。
飛び込んできた冒険者は三人だった。剣士一人、魔道士二人。三人ともそれなりに大けがを負っていたが、魔道士一人の意識が無い模様だった。普段は食卓として使われているテーブルにバサッとシーツが敷かれ、その上に怪我人を寝かせる。寝かされた彼女を優先して、アンナは回復魔法を唱え始めた。ラミアは、アンナの詠唱は初めて聞くが、綺麗な旋律で流れるように言葉が紡がれ、魔道士を中心に優しい緑色の光が迸った。
「…すごい」
ラミアの、素直な感想だった。
魔道士の横で様子を見ていた二人にもその効果が及び、二人の怪我もゆっくりと塞がっていく。
冒険者の中でも、回復魔法を扱える人は一定数いる。しかし、範囲型の魔法が使えるのはごく少数で、そういった人は数多のパーティーからのスカウトが絶えないそうだ。
アンナの表情は先ほどとは違い、かなり厳しいものだった。
「傷が思ったよりも深い。普通の回復魔法では逆に負担になるわね」
回復魔法は、本人の自己回復能力を飛躍的に高めて傷口を塞いだり、骨をつなげたりする。そのため一定以上の深手だった場合、逆に本人の体力を奪い、窮地に追いやる場合もある。見た目の怪我よりも、体内で何かしらの大けが、それこそ内臓で損傷などを受けている可能性があった。
これが、アンナが使える回復魔法の限界である。設備が整っている病院であれば開腹術も行えるかもしれないが、あいにくここにはそこまでの設備はない。アンナ自身はその資格も腕もあるが、こればかりはどうしようもなかった。
そんな状況を見ていて、ラミアは一つ思い浮かべたことがある。あの日アルフに言われ、普段から常備しているものをアンナの前に差し出した。
「その剣は?」
「回復魔法が使えるの。アルちゃん曰く、範囲型の『神の息吹』の可能性があるかもしれないって。もしそうだとしたら、手助けになるかもしれない。…けど、普通の回復魔法の強化版だったりしたら、この人の命を奪う結果になるかもしれないから…。それに、勝手なことはできないから、アンナさんにまず見てほしいの」
ラミアは剣を引き抜く。以前のようにごりごりと無理矢理ではなく、スムーズに引き抜いた。あれから自分なりに手入れをして、それなりに綺麗にしたのだ。それをアンナに手渡した。
「確かに回復系の魔法だけど、…呪文のところが掠れて詳しくは解らないわね」
アンナはほんの数秒だけ考え、冒険者に顔を向けた。
「博打になるわ。普通の回復魔法ではこの方は助けられない。この剣が本物であれば彼女を助けられるけど、違ったらとどめを刺すことになる。外科的措置もここではできない」
全員が押し黙り、魔道士の苦しそうな呼吸音がその場を支配する。戦士達は顔を見合わせ、頷いた。
「助けられる可能性があるなら、お願いしたい」
アンナは強く頷いた。
「分かったわ」
アンナは剣に刻まれた呪文を指でなぞる。すると刀身から強烈な緑色の光が迸り、その場を光で包み込んだ。アンナと寝かされた魔道士以外は一様に身構え、腕で目を覆う。
ちり、と小さな衝撃が、剣から伝わったような気がした。
皆は目を開け、驚きとも感嘆ともとれる溜息を漏らした。
一言で言えば、幻想的だった。目映い光を漏らしながら、緑色の小さな光が漂い、この場を支配しているような錯覚を覚える。周りを囲んでいた侍女達にも光球が届き、触れた体に吸い込まれていた。
侍女は思わず手を見て、手荒れが治ってる、と目を見開く。
アンナもまた、あり得ない、というぐらいに驚いていた。
怪我の治療を後回しにしていた二人も、そして重体と言っても過言では無かった魔道士も、気がついた時点で傷が癒えていたのだ。塞がった、ではなく、である。
まさに、『奇跡』だった。
先ほどまでとは打って変わって、安らかな呼吸を繰り返す魔道士をもう一度診て、体の深部にあるであろう傷がない事が確認できた。
一言、まさに大成功だった。
しばらくはその幻想的な雰囲気にあてられていたが、成功裏に終わったことが実感となり、皆が一気に騒がしくなった。
成功を祝う声の中、アンナは刀身を確認する。先ほどまでは無かった亀裂が一つ、入っていた。
「ラミア、ありがとう。そしてごめんね。…亀裂が入ってしまった」
「もって数回って分かってるものだから、そこは理解してるわ」
ラミアは短剣を受け取り、傷を確認してから鞘に収めた。
アンナは、この人はもう大丈夫だろうと確信し、後のことは待機していた従業員に任せることにした。
あらかじめ用意されていた部屋へと運ばれ、その後を二人が追う。それらを見送った後で、アンナは口を開いた。
「もう一つあなたに。あのとき自分で勝手に使わず、私に委ねた。どうして?」
「えっと。…ただの回復魔法の強化版だったりしたら、あの人がどうなっていたか、解らない。最悪の結果だったらと思うと、とても怖くて。……覚悟できなかった」
ラミアは沈んだ顔で、そう答えるが、アンナは逆に嬉しそうに答えた。
「それで正解。…あなたは駆け出しの冒険者。だからそのような覚悟ができていなくて当たり前。いつかは必要になるかもだけど、今はその必要も無い。だから、覚悟ができている大人たちに頼って良いのよ」
アンナはラミアの頭を撫でる。
「それに、剣を使って私が失敗したとしても、それは私の責任。これは、でもも何もなし。私が最終判断し、使用することを決めたことなのだから、ね」
「…うん」
「ありがとう、本当に助かった。礼を言う」
部屋に運ばれてからすぐ、重体だった魔道士は意識を取り戻したとのことだった。ただし、体を起こすほどの余力は無く、生きているということを実感して涙した後、再び眠ってしまったとのことだった。
戦士の名はラスター。男の魔道士がフェンで、眠っている女性魔道士がミレイアと言った。フェンとミレイアは婚約しており、アンナの手を振り回す勢いで感謝の握手を交わしていたとか。
ラスターとフェン、アンナ、アルフとラミアがテーブルを囲んでいた。
厨房から仕込み中の音が聞こえてくる中、ラスターは口を開く。
彼の話は、次の通りである。
近頃、デニアス王国領内においても、様々な魔物の数が増えている。その種類は様々だが、特にユニスとの国境付近でマンイーターの数が他と比べて増えている、とのことだった。特に群生しているのは、パルスから西へと移動し、デニアス王国最初の街となるタルファーム、その北部へと繋がる街道だった。
三人は発生源の調査と可能であれば討伐、という依頼を受け、パルスとタルファームを往復する形で情報を集めていた。パルスに到着したときに、傷んだ武具を新調しようとのことでわざわざ王都まで足を運んだという。移動は馬車では無く馬を借りていたため、キャラバンには参加せず単独グループとして移動した。
だが、それがいけなかったようだ。
ユニス王国内にも、マンイーターが発生していた。もしかしたら、デニアス王国とユニス王国を隔てる山脈の、低い場所から越境していた可能性もあるが、そのあたりは確認のしようが無かった。
油断していたところを取り囲まれ、已むなく応戦した。
しかし、数が多すぎたため馬が一頭倒れ、魔道士が一人倒された。戦況不利と判断した二人は、大けがを負った魔道士を生きている馬に乗せ、後は夢中で王都へと駈けた、とのことだった。
ラミアは概要をまとめていた。
「よりにもよって、マンイーターか」
アルフは深く溜息をついた。
「アルちゃん、マンイーターって?」
マンイーター。ウツボカズラという食虫植物があるが、これをどこかの大馬鹿者がキメラに仕立て上げたものだ。大型化し、更に高速で移動できるようにした。さらに増産は試験管ではなく繁殖という方法をとらせたことで、その大馬鹿者は命令系統から外れた第二世代によって食い殺され、その後このキメラは野生化してしまい、今に至っている。
元々は警備用として開発されたこのキメラは、それゆえ地力が比較的強い部類となる。巨大化した上に、胴体の中に蓄えられる体液の酸がとてつもなく強力となり、金属製の装備をあっという間に台無しにする。また運良く胴体を切ることができれば一撃で倒せるが、この場合は大量の酸が吹き出るため、共倒れになる可能性もある。
弱点は炎で、遠くから初級の炎魔法でも当たれば倒せる。別の手段としては火矢もあるが、どちらにしても動きが素早いマンイーターに当てるのは難しい。そして、出没する場所が森である場合が多く、森林火災に繋がる可能性がある。その他の魔法も大概は有効なのが、まだ救いだろう。ただ、かなり素早い相手なので、確実に当てないとあっという間に近づかれ、蔦による攻撃を受けてしまう可能性が高い。それなりにやっかいな相手なのだ。
マンイーターに限らず、ある魔法を覚えているか否かで大きく状況が変わる。例えば貫通力が極めて高いバレット系魔法辺りが有効だ。その中でも氷を飛ばす『アイス・バレット』が状況的には最良とされている。延焼の危険性も無く、マンイーターの胴体に比較的大きな風穴を開けられる。当たり所が良ければ一発で仕留められるのだ。その他の魔物にも有効性が高いため、初級者を脱しようとする魔道士は大体これを覚えているのだ。
マンイーターとはそういった難敵であり、初心者が相手するには無理がある。中堅冒険者なら何とか対処できるという程度ではあるが、装備品にはやはり気を付けるべき相手だろう。
ラミアへは、この場の皆が代わる代わる、かいつまんで説明する。
ただ、一般的なマンイーターとは、状況が違うようだった。
「魔法は効いたか?」
アルフは二人に尋ねるが、彼らは首を横に振った。
「効かないんだ。…いや、効く個体もあるのだが、効かない方が圧倒的に多い。なんというか、効かないやつは触れたときに消えてしまう、という感じなんだ」
「やっぱりな」
アルフは深く頷き、どうしたものか、とつぶやく。
「やっぱり、ってアルちゃん知ってるの?」
「ああ。協会でもちょくちょく話が上がってるんだが、魔法の効かないマンイーターが増えてるって話だ」
「魔法が効かないって、…それ詰んでない?」
「いや、一定以上強力な魔法をぶつければ倒せるし、相変わらず物理攻撃には弱い」
そしてテーブルを囲む五人、押し黙ってしまった。
「…私から提案なんだけど、協会で一度相談してみない? いちグループの冒険者でどうこうできる状況ではない気がするわよ」
ラミアの提案で、アンナを除く四人は王城を目指して歩いていた。
「協会の受け付けが、城の中に?」
「そうだけど、王都は初めてだったりするの?」
「ああ。…王都っていうからもっと栄えていると思ったんだけどな」
ラスターは、荒れ果てる北西部をみて、なんとも言えない表情を見せていた。
「協会本部も半壊してて、使うのが危険だから、臨時の窓口を王城内に置いたって感じ。…さて、もうすぐだ」
アルフの案内で、王城へと到着した。
相変わらず天幕には人が列を成しており、配給を受けていた。それを尻目に、四人は城内へと入る。程なくして冒険者協会の窓口に到着した。
「いらっしゃ…、ラミアじゃないの、どうしたの?」
カウンターではマリアが受け付け業務を担当していた。本来本部長の仕事でもないのだが、人手不足らしい。
「それがね」
ラミアはメモ帳を開き、母に読ませる。マンイーターの大量発生に関して、周りの一般人が知っているか解らず、聞こえたらまずいかな、と思ってのことだった。
「なるほどね、分かったわ。…ラスターさんパーティの皆さん、情報は確かに受け取りました。これについてはユニス王室として、今から私が対応します」
「え、今から?」
思わずそう聞き返していた。相変わらずではあるが、突拍子も無くマリアが宣言したのだ。
「間違ってはいないと思うわよ? ユニス王都は冒険者の数が絶対的に少ないし、北と西の魔獣の間引きとついでの肉確保、あと魔物の対応で余力がそれほどある訳じゃ無い。それでも交代で休めるようにして、二年以上にわたる長期線を維持し続けているのよ。それに私も冒険者の端くれだし、ね」
「いや理屈は分かるんだけど…」
「お母さんが心配?」
「ま、まあね」
照れくさそうに答えるラミアに、親子だったのかと驚きの顔をするラスターパーティ。
「…ということで、…メル、この場はお願いできる?」
「かしこまりました」
少し離れた場所にいた侍女が答え、マリアと交代する。
「じゃ、行ってくるから。みんなは宿に戻っててね」
マリアは軽く手を振り、奥へと消えていった。
受け付けには、先ほどの女性が席に着いたところだった。侍女服を着ているが、他の侍女のものとは少しデザインが違っていた。
「…」
彼女は席に座り、何の感情も無い視線で四人を見た。
「お話は以上で終了となります。また何かありましたらお越しください。それでは」
と淡々と声をかけ、お辞儀した。
「ああ、おいとまする」
メルと呼ばれた女性は、もう一度礼を返すだけだった。
宿に戻った四人は暖簾をくぐったところで別れ、二人は怪我をした仲間のもとへと向かった。アルフも借りている部屋に戻り、ラミアも厨房の手伝いに加わった。
それからしばらくして、アリーナが常連客を引き連れて戻ってきた。途中で合流したとのことだった。少し残念そうな表情をしていたアリーナだったが、彼らには何でも無いと返していた。
アリーナはお休みの日だったが、体を動かしたいとのことで厨房の手伝いをすることにした。
「ん? アリーナ?」
「ホリーちゃん急に仕事が入ってね。それで帰ってきたの」
と、とても残念そうに答えていた。
ごめんね、とラミアは心の中で謝るのだった。
「では、作戦会議を始めよう。我が懸念していた抗魔法マンイーターの越境が報告に上がった。場所はガドネア東部街道。王都南門よりおよそ五〇フォーカイ、街道が森の中を通っている区画があるだろ? その南西側だ。山脈の低いあたりを通ってきた可能性が濃厚だ。規模が不明なため、まずは偵察を行う。判明次第、可能であれば殲滅、不可能であればなんとか街道の安全を確保する」
ホリーはいつもの口調だが、真剣な表情で兵士の前で作戦を説明していた。こうしたときの彼の口調は、事の重大さを話す場合には都合が良い。
「この街道はパルスとの唯一の生命線だ。魔物ごときに奪われてはならない。次のキャラバンの出発予定は?」
ホリーは兵士の一人に顔を向ける。
「王都からは次の金曜日で二日後、パルスからはその翌日です」
「ありがとう感謝だ。つまり時間的余裕がほぼ無い。故に、我はこのような作戦を立案する!」
偵察はホリー自身が上空から行い、マンイーターの分布を収集する。そのための魔法も身につけているし、これまで何度か実戦投入しているため問題は無い。
「その情報を地上に送り、マンイーターを的確に倒してもらう。我が安全圏から命令を出す形になって申し訳ないが、皆のもの、この作戦の通り手伝ってほしい!」
と彼は話すが、上空といえど危険が全くないわけでは無い。空飛ぶ魔物の突発的な襲撃も否定できないのだ。だから、兵士達は答える。
「おおおっ!!」
と強く。
「ということで、父と母が地上部隊の指揮を。マンイーターは知能が無いが、裏で何かが手を引いていることを想定し、南北二手に分けて挟撃に持ち込みたい。北側から攻める方は問題無いが、なんとか南側に回り込めるよう、誘導してほしい」
「じゃ、私が南側ね」
「では俺が北側を担当する」
夫婦はすぐに担当を決めた。フットワークの軽いマリアが、南へと回り込む側を選んだ。アーサーは彼女の身体を心配するが、それは無用と眼だけで返された。
「では、解散。一時間後、中庭にて集結だ」
「おおおっ!!」
そして再び兵士の雄叫びが上がり、兵士は順番に作戦会議室を後にする。
彼らを見送りながら、夫婦は自分の息子の成長を喜ぶ。
「…しかし、参謀としても大分成長してきたんじゃ無いか?」
「そうね。もう私と交代しても遜色ないわね」
と、嬉しそうに母は微笑んだ。
「そ、そんなことはないと思うぞ、まだ母からは学ぶべきことは多い」
ホリーはこのような言葉遣いと態度ながらも、結構謙虚である。若干照れてしまったが、咳払いをして言葉を続けた。
「集結後、速やかに作戦領域に移動してほしい。我は先に上空へと向かうが、その前に、情報提供をしてくれた冒険者に会いに行きたい。宿はどこだか分かるか?」
「スニラフスキーの宿」
「…なんと?」
ホリーは嬉しそうな表情となった。
「では早速向かうとしよう!」
テンション高めなホリーは、走りかけて振り返る。
「北七割、南三割ぐらいに分けてくれ、人選は任せた!」
そう言って、今度こそホリーは会議室を後にした。
「…あれ、どう思う?」
「いやもう間違いないだろうな。本人自覚無しみたいだが」
くす、とマリアは微笑む。
ホリーは、ここ最近浮かれ気味である。スナー迎撃隊として戦いに参加させるようになり、そして今回もマリアに変わって作戦を考えさせてみた。先日の初参加はいくつか課題は残したものの、まずまずの結果だった。今回の作戦も、問題無いだろう。そうやって軍の仕事を回し始めたことで、喜んでいる様子だ。見た目の態度は増長しているようにも見えるが、彼の根っこの部分はかなり真面目な努力家だ。前回の課題もすぐに克服するだろうし、きっと今回も自分で課題を見つけるであろう。
そして、浮かれている原因はもう一つある。アリーナの存在だ。
父が言うとおり、自覚はないだろう。だが、二人は彼の両親であり、側で様子を見ているからこそ気づけるものはある。それは、最近アリーナが来るのを心待ちにしている様子なのだ。
ただ、これに関して一つ問題が発生していることも分かっている。
最近になって、そのアリーナがホリーに対して、顔を合わせようとしないし、会話も途切れるようになった。様子からして、アリーナはおそらくホリーのことが好きだということを自覚して、照れてしまっているのだろう。今は、見守るほかないな、と二人ともそう願う。
不意にアーサーは悲しそうな表情となった。まるでその願いは、叶えることはできないと分かっているかのように。
「…行けるか?」
「今のところは問題無いと思う」
マリアは胸に拳を当て、問題無いことをアピールした。
「分かった。今は信じよう」
「…うん」
短く答えたマリアもまた、少し寂しそうな笑みだった。
「お邪魔する。ラスター殿はどの部屋だ?」
ホリーは宿に到着後、受け付けを担当している侍女に尋ねた。
「二〇二号室ですよ」
「感謝する」
ホリーはきびすを返し、階段を上ろうとする。
「ホリーちゃん?」
「おお、あ、アリーナではないか。そ、息災か?」
「う、うん、元気にしてたよ」
つい先ほどまで一緒に居た二人だが、まるで数年ぶりの挨拶みたいになっていた。
その会話は周りの常連客にも聞こえていた。
「おい、アレが例の男か?」
「ああ、それっぽい」
「……俺、あいつ知ってるぞ。王室の宮廷魔導師だぞ!? 見習いだけどさ、すげえらしい」
「…なんだって?」
そんな声は二人には聞こえていなかった。
「今日は済まない、そして今も作戦行動中でゆっくりしていられないのだ」
「うん、分かった」
アリーナは残念そうに答え、ホリーも少し寂しそうな表情をして階段を上っていった。それを見送るアリーナの背中も少し寂しそうだった。
「もう間違いねえな」
「…そうね、私は応援するよ?」
「当然俺たちもだ」
「アリーナちゃんにも、とうとう春が来たんだなー」
さすが看板娘愛されてるな、とラミアは思いつつ、仕事を続けるのだった。
その後すぐにホリーは階段を駆け下りてきて、目のあったラミアとアリーナに軽く手を振り、夜の帳が降り始めている中、翼を展開して上空へと上がっていくのだった。
作戦開始四時間後。既に深夜だった。
兵士達が馬で作戦領域へ移動している中、アーサーとマリアは森の前まで先行していた。既にホリーは上空で索敵魔法を展開し、マンイーターのおおよその分布を把握していた。索敵魔法で見た情報を、念話を使ってイメージで共有する。これは最近になってホリーが開発した技術だ。大量の文章で説明するよりも、このイメージを見れば一瞬で理解できる。百聞は一見にしかず、を見事に体現していた。
念話は、多くの種族で、割と古い時代から使われている魔法の一つだ。離れた距離でも頭の中で会話ができるが、必要とされる魔力は距離の二乗に比例する。加えて親しい友人や家族の間で無いと使えないなど、相性問題がある。この三人なら問題は無いが、兵士とは念話は無理だったため、アーサーとマリアが中継、兵士には言葉で伝達する。
「どうする? マンイーターの場所は大体把握できたし、二人でもナントカできそうだけど」
「大事を取ろう。…無理をして倒れるわけにはいかないのもあるが、兵士達に武勲を少しでもあげて貰う必要もある。士気に関わるからな」
アーサーの返事に、マリアは頷く。
ややあってから、兵士達が到着した。皆の装備は鉄製の剣では無く、竹槍ばかりだった。乗ってきた馬には、一頭に付き四本ほど、代わりの竹槍が縛り付けられていた。これらは近くの竹藪で切り出してきたものばかりだ。マンイーターに鉄製の装備はあまり意味が無いが、竹なら多少酸に対抗できる上に、駄目になれば使い捨てでも問題は無い。使えなくなったら、余分に切り出してきているものに交換すれば良い。
マリアの指揮下の数人は馬の上で待機し、アーサー指揮下の兵士達は馬から下りており、竹槍を構えていた。
「では、マリアの部隊は作戦開始位置に移動。ホリーからの指示を待て。俺たちも急ごう」
「了解」
マリアは翼で体を浮かせ、人の背丈程度の高さ、馬の走る速度程度で飛行を開始した。それに合わせ、兵士達が移動を開始した。アーサーの部隊もゆっくりと足並みを揃えて進み始めた。
そしてたっぷり一時間は経過しただろうか。作戦は次の段階へと進んだ。
深夜の森は、不気味なほど静まりかえっていた。魔物や魔獣の類いがほとんどおらず、夜の鳥の鳴き声も聞こえない。聞こえるのは、兵士が足並みを揃えて行軍する音だけだった。マンイーターという脅威が近づいたことで、弱い者たちはどこかに逃げてしまっているのだろう。
『父、二時の方向、五体』
アーサーの頭の中に、不意にホリーの声が届いた。その通りに視線を向けると、マンイーターが確認できた。完全に動きを止め、休んでいるようにも見えた。
「二時方向に五体」
兵士はうなずき、走り出す。ややあってマンイーターの前に飛び出したが、すべてのマンイーターは無反応だった。
そして通達されたとおり、自分の真正面からでは無く、やや斜め横に向くように、竹槍を繰り出した。竹槍は本体の薄い膜を簡単に貫き、体液がにじみ出る。ここで無理に引き抜くと、強酸の体液が周辺に飛び散るのだ。そうならないように氷の魔法を使い、突き刺した部分周辺を凍らせてから竹槍を鉈で切断する。それなりの衝撃が伝わっているはずだが、マンイーターが動き出す気配は無かった。
マンイーターは、痛覚が無いことが分かっている。それ故戦いの時に怯むことがないが、いざ眠ってしまえば、多少の衝撃が加わる程度では起きることがない。そうした特性を利用しての作戦である。
各々のマンイーターを同じように処理し、兵士達は離れる。
次に備え、先端を切り落とした竹槍の先端を鋭利になるように加工していると、刺していた部分が解凍されたのだろう、水の流れる音と何かが焼ける音が聞こえてきた。そちらに視線を戻すと、マンイーターはゆっくりと潰れていき、ボロボロと崩れていった。そして一回だけだが、重い音が響いた。魔石が落ちた音だった。
「周りに魔物の反応無し。…念のため回収を」
兵士はうなずき、魔石に近づく。強酸の体液が残っているので、兵士は魔石を竹槍の先端ですくい取り、手持ちの水をかけて洗浄、改めて手に取った。
『六時の方向、五体』
丁度回れ右をしていた為、ホリーからの念話はそれに合わせたものだった。討伐時間も考慮してのタイミングだったため、無駄に的確だなと思いつつ、アーサーは言われた方向を睨んだ。
「さて、長い夜になりそうだが、みんな、行こう!」
アーサーは檄を飛ばし、進軍を再開した。
マリアの部隊も同じ戦い方で進軍していた。マンイーターのすべてが活動を停止していたため、作戦自体もスムーズに進行していた。マリアは、ホリーの指示を部下に伝えているだけで、戦闘には一切参加していない。これは軍のあり方としては正しい。逆に、前に出ようとするマリアを、兵士が制止するぐらいだ。
短くなりすぎた竹槍をそのままマンイーターに刺して放棄し、兵士が離れる。兵士の半数が竹槍の補充に戻り、半数が作戦を継続する。その流れがしばらく続いていた。
マンイーターの大量発生で一時はどうなるかと思われたが、その特性をしっかりと把握していたホリーの作戦で、何の苦労もなく相当数を駆除できていた。
『母よ、そちらは全て駆除できた。父よ、一一時の方向、それが最後だ』
上空から指示を出すホリーに、アーサーが念話で応じる。やや遅れて、母も応じた。ホリーは索敵魔法を最大限まで拡張して周辺の状況を探るが、マンイーターの反応はそれだけだった。
『他の魔獣や魔物が戻りつつある。母の部隊は撤収開始、父も討伐が完了したら北へ撤収』
ホリーの見た反応は、念話で父母に送られる。
「天敵が居なくなったらもう古巣へと戻ってくるのか。野生の勘ってのはすさまじいな」
ホリーは独りごち、旋回する。周りの警戒はそのままに、ゆっくりと集合場所へと向かうのだった。
「討伐成功をここに宣言する。皆のもの、感謝する! 原隊ここにて解散、各自のペースで城に戻られよ。魔石は一度城内に集め、換金後は皆に分配しよう」
ホリーは高々と宣言した。
兵士全員、怪我も何も無かった。余った竹槍はそのまま持ち帰り、次にマンイーターが発生したときに備えることとなった。兵士は各々城へと戻り始める。
東の平原から朝日が昇り、ホリーは眩しそうに目を細めた。
「母よ、我の作戦はどうだった?」
「最高よ。マンイーターの特性を活かしつつ、最低限の兵士で最大の成果を上げたわね」
ふふん、とホリーは笑う。
「出発前にも言ったけど、これならもう、参謀をあなたに交代しても問題無いわね」
「だから母よ、買いかぶりすぎだって」
そんな会話をしながら、親子もまた帰路につく。翼と魔法を併用してゆっくりと体を押し上げ、上空へ。そして朝日を受けながら、談笑しながら、親子は一路北を目指すのだった。




