5話 「ティモシー、塔探索者になる」
聞いてみると、マオマオの名前を出せば大丈夫らしい。
滞在証を見せたのか聞かれた。
滞在証にマオマオが保護者だと書かれていたらしく、それで十分らしい。
見せたけど、紹介状って言われたというと、マオマオは「マオマオー!? おかしーなぁ!」と言いながらすぐさま紹介状を書いてくれた。
再び、あの女の元へ。
「あー、もしかしてさっきの人ですかぁ? なんかマオマオさん? 有名らしくてぇー、あの滞在証のサインで紹介状の代わりになるんですよぉ」
「──はい? それなら最初見せたでしょ」
「えぇー、ひど。そんな強く言わないでもいいのにぃ……」
「……申し訳ない。もう一度見せればいいですか、一応紹介状も、もらってきたんですが」
「いやぁ、私たった今、言いましたよねぇ? 滞在証でいいってぇ。あのぉ、ちゃんと、お話ぃ、聞いてましたぁ?」
……こいつ本気か? おちょくってんのか?
沸点にまで届きそうになった頭の温度を精神力で引き下げる。
こんなの相手にしていても仕方ない。僕は異世界人なんだ、常識を知らない奴が簡単にキレてたら、その習慣は毒となり己を滅ぼすこと必至だ。うん、なんかそんな感じがする。
我慢、忍耐。我慢、忍耐だぞ。ティモシー。
心の中のブラックリストにこのバカ女を登録だけしておく。
厄介な奴め。と受付嬢に思いつつ、おとなしくマオマオのサインを出す。
もし、僕が何かやらかしたら、きっとこの女は、「紹介状を見せてもらってません、私がもらったのは滞在証だけでしたぁ! おかしいと思ったぁ! 最初から怪しくてぇ」とか言い出しそうで、ひとり勝手に想像してさらにイラッとした。
隙あらば嫌味を言ってきそうな女に、10分ほどで塔の探索者証を作れるから、そこで入力フォームを記入するように言われた。
書いている途中。名前の欄で少し書く手が止まった。
名前の欄。
どうしようか。
マオマオにはティモシーと言ったけど。
正直、もう帰れないのだろうな。そう確信している自分がいた。
まだ二日しか過ごしていないけれど、無理だろう。
新たな人生をここで送ることに、きっとそうなる。
けれど、元の名前を捨てるのもどうなんだ?
「どうしましたぁ?」
横から覗き込むように、あのウザい受付嬢が言ってきた。
「ああ。名前なら出生名じゃなくとも大丈夫ですよぉ? 塔探索者の方々は後ろ暗い過去がある人も多いですしねぇ? あなたなんて、特にぃ」
ちらっ、ちらっ、という感じで見ながら言ってきた。
「へぇ、そうですか(Uzeeee!!)」
「ええ、探索者なんて危険ですしぃ、怪しい人多いしぃー。紹介してくれる人がいれば別に。名前が多すぎたらダメですけどね」
「へぇ、じゃあ何にしよかな……」
「どこから来たんですか?」
「ああ、あの砂漠の向こうの緑の多い丘陵地帯の……、廃墟がいっぱいある……」
ーああ、あっちの方なんですね。ネビュラが降った所でしょー?
「……ネビュラ?」
「ええ、大昔、いーっぱいの星があそこに落ちたってぇ、その時大きく星雲が空にかかってたんですって。だから星雲が落ちた場所って。それに昔はよくみえたんですって星雲がー」
「そうなんですか、今は見えないんですか?」
「えぇー? ネビュラなんてなかなか見えるもんじゃないですよぉー。えー、そんなこともしらないんですかぁ?」
「──いや、気になっただけです」
「それにぃー、あんな廃墟しかないあたりの夜空なんてぇー、知らないですしぃー、それを聞いてくる時点でぇー」
「──ネビュラにする」
「へぇ? それでいいんですかぁ? また、たいそうな名前ですねぇー。名前負けするだけだし、恥かくのはわたしじゃないしぃ、別にいいですけどぉ。それにテモシーってさっきは書いてましたけど、名前すてるんですかぁ?」
「──大層でいい。ありえないことが人生で起こったんだ。それに名前も、別に捨てない」
「へぇ、何でしょう。教えてくれるんですかぁ?」
「──いや、秘密にしておく」
ネビュラに、ここにやってきて早々縁があった。だったらそれでいいと思えた。
その日。
新しい世界で、新しい名前が正式に決まった。
「ティモシー・ネビュラ・デイビス」
これでいい。別に名前全部捨てなくてもいい。
付け足して、新しい人生を歩むんだ。
*
探索者のカードに血を垂らし、サインするように促された。
押すと針が飛び出すような道具があり、ペンに近い形状のもの。
手にとって指の腹を刺し、カードの隅にある丸い窪みに血を落とした。しばらくすると、血がカードに染み渡っていき、淡い銀の紋様がカードに現れる。角度を変えて光を反射させてようやく見える程度。
ギルドが用意した水晶も握らされた。握り込んだ瞬間に左目が、ギュルン、と動いた。咄嗟に力が入って握りつぶしてしまいそうだったが、自制する。
これ壊したらいくら請求されるんだろう?
ーうわぁ、魔力多いんですねぇ。いいなぁ、私は少ないからぁ。
「──そうなの?」
「えー、うん。だってぇ、位階2なのに位階6位の魔力ありそうですよぉ。だからなんか嫌な、威圧的な感じがしたんだぁ。線が細いし、強そうじゃないのにぃ……」
「…………」
受付の女が驚いたあと納得したように言った。
「あ、位階っていうのはぁ。塔の何階そうまで進んでも良さそうかの指標ですぅ」
「──魔力があっても、2階までにしといた方がいいってこと?」
「さぁ、でも初心者は基本少なめに表示されるのでぇ、慣れてきたら変わるでしょうねぇ。それにあくまで目安ですのでぇ、位階5以上からは全て自己責任ですしぃ、魔力だけあってもぉ、上に行けない人はねぇ、いつの世もいるんですよぉ、だから先のことばかり心配しないでくださいねぇ」
「──へぇ」と心頭滅却しながら話を聞いていると……
視界がおかしくなった。
なんだ? 受付嬢のオーラのようなものが見える。ブレているけど、体内のオーラまで全て見える。
右目をそれとなく塞いで左目だけで女をみると、より鮮明に見えた。
「え、……ひっ!」
目があった受付嬢が怯えたような瞳に変わった。
「──どうしました?」
「あ、あのっ、そのあまり目を見ないでください、すごく怖いのでぇ……。特に片目で見るのはちょっとぉ……」
「────」
咄嗟に手で覆っていた右手を外してから見ると──
「あれぇ、なんかマシになったぁ……」
左目だけで見たり、目が合うと怖いらしい。
確かにこの受付嬢の魔力自体が萎縮したように動いた……
安易に左目だけでものを見ない方がいいかもしれない。
それよりも、これが魔力?
それとも潜在能力か、生命力のようなもの? 左目のほうがよく見えるけど、右目でもある程度見えるようになっている。
部屋を見渡す。「どうしましたぁ? 話きぃてますぅ? 田舎ものの人はねぇ、あまり標準語わからないかもしれませんけどぉ……、あ、へんな薬やってて頭がぼーっとするのかもしれないですけどぉ、まぁ人生自己責任なんでねぇ、とやかくはいいませんけどぉー。人の話も聞けない人は長生きはむずかしいかなぁ」
好き勝手な言葉が背景から聞こえてくる感じ。
しかし、全て無視して魔力を観察していた。
この受付嬢も。確かにギルドにいる人間の中では魔力は高い方ではない。平均近くはありそうだけど。性格の悪さと嫌味っぽさなら一等賞だろうけど。
窓ガラスの反射越しに自分を見る。
魔力濃度からこの部屋で最も魔力が高いのだと容易に理解できた。
塔探索者カードを発行してもらい、イケすかない受付嬢に武具屋に関して質問しようとすると──
「管轄外の質問ですぅ。あちゃぁー、そういうのも知らないんですねぇ。私もねぇ時間無限にあるわけじゃないのでぇ」と言われた。
武具屋の場所とか聞こうとしただけだろ! それにギルドスタッフなら絶対しってるだろ!
飛び出ていきそうになった言葉を飲み込み、ギルド内に周辺地図をみていると声をかけられた。
ーおう、兄さん。一人でいるなよ。
「──どういう意味ですか?」
「なぁに、一人がいいなら止めねーが。知り合いは作っといた方がいい。それだけだよ。俺はサットだ」
「──ネビュラ。ティモシー・ネビュラ」
「よろしくな、ネビュラ」
気の良さそうな男が話しかけてきた。30代くらいの男。ややぽっちゃりで、骨太な体格。背は自分より拳一つ分低い。笑顔だが、こちらを値踏みするような目で見てもいる。魔力濃度は、嫌味女が15、僕が65だとすると25くらい。数値にするのが難しい。
自分を基準に僕は常に50として数えてもいいかも。この時はそう思ったのだが、後で格上が少なすぎて自分を100として見ていく方針に直ぐに変更せざる終えなくなった。
「サット、早速で悪いけど塔探索する時の武具とかの……」
「ああ、そういうのなら初心者用のガイドラインがあるよ。ほれ、これだ。ちなみにほとんどの武具屋は塔の麓にあつまってる、蚤の市がやってる近くの通りにもいい店が並ぶ場所があるぜ。今度連れてってやろうか?」
そう言ってサットがパンフレットのようなものを渡してくる。
ちなみにギルド的には’サットは位階5らしい。
十年選手でベテランに入り始めたと教えてくれた、もっぱら砂漠の塔専門だとも。
僕の左目の怪物は魔物を食べた時に強くなってると思う。それにつられて僕も。
このレベル上げみたいなシステムがみんなにあるなら、10年選手でこのくらいの魔力のはずがなかった。
(──この力…… 隠さないとまずいかも)
礼を言って目を通し始めると、サットは手を振って仲間の元へ戻った。
パンフレットには塔探索の注意事項や、初心者がよくやる間違いなどが記載されていた。
えーと、何々……
・重装で塔探索には挑まないこと! 重装鎧を着て塔を登るのは危険です!
・高級武器防具は、あなたの塔探索において何一つ保証しません! 魔道具もです!
怪しい商人が、この魔道具さえあれば探索なんて簡単に……、このような常套句に騙されないように!
・塔内部の地図は変動のためほとんど信頼性はありません! 騙されて買わないように! マッピングスキルは絶対にもつこと!
・塔の保険詐欺に注意してください! 特に新人と老人は割に合わない契約が多いです!
・仲違いしないこと! 探索者の死亡原因のトップ3です! 気の合わない人と共に探索しないでください!
この人なんか変だな。とおもったら直感を信じて契約書にサインしないこと、一緒に登らないこと!
・迷った時は、下の階に戻ろうとせずに、一度上に戻るべし!
休憩地点にも出やすく迷いずらいです。
・雪原や、泥濘を甘く見ないでください! 泥濘は致死率を3000%UPさせる地獄を超えた地獄! 最低のフィールドです! 泥濘が殺せる人数は一人から軍隊まで。準備があろうがなかろうが、なにも関係ありません!
泥濘のフィールドをみたらあなたがどのレベル帯であっても引き返してください。泥濘に挑むなら、泥濘に敗北します。塔に挑んでも絶対に泥濘には挑まないでください!
・塔が内部地殻変動を起こし始めたら、とっとと逃げろ!
上記の泥濘以外の全ての原則を無視してでも生存を最優先に!
そのほかにもいくつか書いてあったが、なんとなくは把握した。ていうか泥濘やばそうだな。ていうかなんで塔の中に泥濘とか雪原なんてあるんだよ……
早速だけど探索するモチベが消失し始めてきた……
嫌な予感を振り払うようにギルドから出て、マオマオに言われた場所へ行く。
塔の外縁、麓だ。




