3話「雨降りの日、生き残り」
>>ピート・スタンピート
雨が降っていた。血雨でなく普通の雨。ロクシュタインと廃墟に籠城していた。
「はぁ、はぁ……。ふざけてやがる……」
息を上がらせながら外に目をやった。
「あまり力を使いすぎるなよ、脳筋。俺達が崩れたらそこで終了だ」
ロクシュタインのやつが偉そうに横目で言ってきた。
「うるせぇ。んなことはわかってんだよ、この野郎」
ロクシュタインとは別の部屋にいって見張りをする。
「……阿呆なことを抜かしやがって」
いつものことだが言い返す余力もなくなってきていた。血の雨が全てを滅茶苦茶にした。疲れた、疲れ果てていた。仲間の多くが果てた。骸に変わり果てた。
スティング。まだ若いが同じタワーウォーカー。寡黙で天才的な射手だった。
昔、死なせちまった弟によく似ていた。旦那の所で出会ってすぐ意気投合した。とんでもなく慎重なやつで、こいつはそうそう死なねーやつだと、嬉しく思ったのを覚えてる。
俺のほうが経験があったから。絶対に弟のようになってほしくなくて。嫌がられない程度にじっくりと俺の知る限りの技術や知識を教えようとしていた。その矢先……。
「──死んじまった。なんで、おめぇたいなのが死んで、俺みたいなのがっ」
また、これかよ。なんで、またこうなんだよ! なにがしたいんだよ、この世界はっ!
──お前が死地を仕事場としたからだ。
心の中で声が聞こえた気がした。いとこの姉ちゃんの声。厳しくて、ほとんど喋んなかったけど。なんか好きだった人。その声でそんな言葉が聞こえてきた。
「…………」
現実逃避で意識を現実に戻す。建物の窓から死人が見えた。死体が、傷を追ったやつらがフラフラと歩いているのが見えた。
ゴッ。
舌打ちして投石で倒した。みんな、ああなってしまった。スティングがそういや詳しかった。古代の神話に近い存在の記述があったはずだ。死体が、──全ての死したものがその天使の尖兵となった。だったか。死んだら、ああなるのか? いや、仲間の骸はなっていないものもあった。やはり感染が怪しい。
もう一体の感染者を投石で撃ち倒して、視界に動くものがいなくなった。
廃墟前の水たまりにボタボタと雨が落ち波紋を作る。それをぼーっと眺めていた。道や建物についた血をこの雨が洗い流してくれいる。それだけが今の起きている事の中で最も救いのあるものだった。
また、いとこの姉ちゃんの姿が浮かんできた。俺が弟と村を出ていったとき。不吉な予感を感じているような顔をしていた。まるでこんな末路をたどるのを分かっていたかのように。あの時の俺に真っ当な選択肢があったわけじゃない。ただ、それでもあの時の姉ちゃんの顔が焼き付いて離れなかった。
「……俺のせいだというのか。俺がこれ以外上手く出来なかったから。俺が……、これ以外の生き方を知らなかったからなのかよ!」
思わず声に出して、背後の廊下にロクシュタインがいることに気がついた。後ろは見ずにそのまま見張りを続けると、そのまま部屋には入らずに戻っていった。デリカシーなんぞねぇくせに、気を使いやがって。やはりあいつは苦手だ。
外は濃霧になりつつある。視界が悪い。しばらくは感染に気をつけながら、できるだけ血に近づかずに、雨が自然が病を洗い流してくれるまで待つしかない。それがロクシュタインと話したこと。感染者もできるだけ近づけずに始末する。ここで俺等は旦那を守らなきゃいけない。
霧のカーテンの奥の方で。なにか動いた。
四方を廃墟に囲まれた、瓦礫だらけの雨に濡れた広場の奥のほう。
大きな人影が見えた。
「──人間? いや、デカすぎる……」
8m以上あっておかしくない。そのような人型の魔獣もゴーレム以外では見たこともない。ゴーレム自体がこんな街にいるものでもないし。エネルギーが供給される塔や限定された遺跡でしか身動き取れないようなものだ。
動きもおかしかった。歩き方が歪。揺れるようにのっそりと歩く。
巨人が手を後ろに縛られたまま歩いているような。頭部が身体と一体化しているかのように大きく見える。
それが霧の中から船の船首が姿を現したように出てきた。
それは見たことのない魔獣だった。タワーウォーカーとしてこの世界に生きるものとして希少な魔獣を見た数にかけては何者にも引けを取らないと自負する己でも、まったく見たことのない生物。
しかし、なによりも……
「こんな歪な魔力宿した生物。俺は、見たことねぇぞ……」
通常の魔獣とはなにかが決定的に違った。魔力の質、濃さ、量。どれもが変、だった。魔獣自体が魔力を濃く宿した生物だが、これはなにかまた別のものだった。具体的な違いは分からない、戦闘力もどれほど違うかも分からない。ただ、まともに相手をするべきじゃない、それだけは本能が感じ取っていた。これは、塔の守護のような戦っていいことが起きるような存在じゃない。
Prrrrrrrrrrrrrrrrrkrrrkkrrr。
聞いたことのない鳴き声。重低音。雨の中でも響くようによく聞こえた。それは高音でもあってポコポコと泡が湧き上がるのを連想させるようにプクルルルと鳴る。音波が風のように周囲に浸透した。実際に風が吹いたのかかも、なにを感じ取ったのかもわからなかった。
「ピート・スタンピートっ!」
廊下から勢いよく走ってきたロクシュタインが叫んだ。
「ロクシュタイン、こっちに…!」
「わかってる、逃げるぞっ、補足されたっ!」
それの存在を知らせる前に、すでに知っているかのように食い気味にロクシュタインが言った。
言わなくともアレにだと理解できた。さっきの音だ。あれが獲物の場所をアレに教えたんだ。──背筋が凍った。それから走った。音を立てないように。できるだけ素早く旦那を肩に担いで。
途中。ロクシュタインが捕まった。突然、あの化物がKprrrrryuuiiii!という鳴き声とともに路地から現れて、恐ろしい速度でクチバシを伸ばしロクシュタインの足を1つ落とした。
「足止めする! そのまま行けっ!」
「テメェがされたんだろうがっ!」
振り返らずにそのまま走った。
「……地獄で合流しようぜ。偉そうな軍師よ」
走りながら格好つけてつぶやいた。涙が出そうだった。途中であの化物に似た気配を感じ取った。なにかがおかしくなっている。人間だけじゃない。すべての生物がイカれはじめていた。
劇場が見えた。ケークスのベルモンテ劇場。籠城するのに向いているんだか、向いていないんだかよくわからん場所だが。鬼ごっことかくれんぼを同時にしなきゃいけないなら。悪くない場所かもしれない。
旦那が、起きたら戦力は飛躍的にあがる。それほど旦那は強い。悪いがさっさと起きてくれと願わずにはいれない。
ロクシュタインについては……。なにも考えないようにする。とにかく旦那をここで守る。それだけだ、それだけに俺の命を全て使う。それでいい。もう決めた。
旦那を舞台裏の大道具の棺のなかに隠した。なんの意味もないかも知れないが。
さきほどの化物に比べたらもう少し魔力も体躯も小さいが、それでも脅威でしかないような魔力を宿した生物が劇場に現れた。足取りの感じからして、俺の匂いにつられてやってきたような感じ。
捕食者のつもりか? 気に食わねぇ。許せねぇ。ふざけんじゃねぇ。
2mほどの大きさのいかれた見た目の化物。二足歩行で前腕が退化している。瞳には狂気を宿している。やはり普通の魔獣じゃねぇ。……感染魔獣だ。
それが群れでやってきた。何体いる? 6体ほどか。
突然変異。最初に見たバケモンもだろう。こいつらも鳥系だ。
魔力か、なにかうまい獲物を嗅ぐためのレーダーのようなものを持ってやがる。似たような器官をもつ魔獣は、蛇系や鳥系で見たが。噂ではイカ系でもいるとかきいたが、そっちは専門じゃねぇ。とにかく、ここを通しちゃダメだろう。
「……舐めてんじゃねぇぞ、畜生ども。獲物じゃねぇものを獲物と勘違いしたら──命取りだぜ?」
Prrrrkrrrrri……
不気味な鳴き声が返ってきた。
今度こそ、今度こそ、守らなきゃいけないやつを守って死ぬんだ。絶対に、俺だけ生き延びるなんて自分に許さねぇ。旦那が起きるまで。絶対に死んでもならねぇ……。
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>>ロクシュタイン
産まれた時から特別だった。産婆は王の器がうまれた!と俺を取り上げて叫んだらしいってのが、いつも親族が俺に聞かせてくれた笑い話だった。実際、神童だった。
学校は真面目じゃなかったし、成績も一番じゃなかったが。取ろうと思えばいつでも一番になれることは自明だった。物事は人の10倍速く習得した。器用貧乏というより、器用長者。といってもそのポテンシャルのほとんどは昼寝や居眠り、サボりに費やしたが。調子にのっていた。誰が俺より優れてんだよって、いるなら連れてきてみろって感じだったか。
ド阿呆だった。傲慢だった。まぁ、仕方ない。常人など想像もつかないような力を宿してうまれたのだから。誰がそれを責められる? 責めるやつはどうせ俺以上に力に飲まれるだろう。まぁ、そうでないなら俺が恥をかくだけで、別になにも変わらないが。
物心ついたときには力を行使できた。干ばつの地に雨を降らせることも、その気になれば地元を破壊し尽くすようなことだって出来た。振り返ってみればよく使わなかったなと感心する。
一度だけ。地元の山奥のほう。見渡す限り山しかないような場所で力を行使して地崩れを起こした。ポツンとあった小屋が巻き込まれて地に埋まった。山肌の木々が剥がれるように倒されて、下敷きになった大鹿を見たのを思い出す。
大鹿はこちらを見ていた。俺のせいだ。俺のせいでこの美しい生き物が死ぬ。助けることもなく小屋に人がいないか確認することもなく。震える足で逃げた。
クズだった。馬鹿だった。何年もあの時の情けなさと罪悪感に苛まれた。解放されたのは20代後半になってからだったか。いや、いまだに自分を嫌悪する材料となっている。誰にも話したことのない情けない記憶。
人がいた気がしたんだ。あの鹿がこちらを見る目が忘れられない。お前がやったんだろ? だったらその力で今度は助けてくれ、頼む。そう言われた気がしていたんだ。
なのに逃げた。
未だにこの力で人助けが出来たことなどない。この力は傷つけ破壊するだけの力だ。災厄以外の何物でもないのだ。そして俺は災厄しか起こせない最悪のクズだ。ゴミだ。死んだほうがいい。
だが、その事実を見ないようにしむしろ驕った考えを持つようになった。俺は人とは違うのだと。凡人、有象無象どもとはまるで違う力を持ち、その危険な力を行使しないで、隠し、平穏にくらしてやっているのだと。
親父が事故で亡くなり家が傾いて、そこでようやく少し真面目になった。危機感を持った。それからは少し苦労した。社会というものは実力を無視することに躊躇しないことがあると学んだ。それは俺の予想を越えていて、実力で示しても容赦なく無視された。
親父は官僚だった。その後ろ盾がないことがひびいた。エリート職につくのが難しくなった。コネは使えなかった。コネそのものが親父の死をきっかけに使えなくなっていた。未だに詳しい事情はしらない、派閥争いでもあったのか。21才の時だったか。警察関係は無理だと悟り、軍へ。
戦争の香りが街の空気に漂っていたからだ。戦争が起これば、俺の実力は評価される。そのような場所に身を置こねばならない。なにが悲しくてここまでの力をもってそこらへんの公務員をやるというのか。ふざけるな。フリージアは商人の国だが商売の家柄ではなかったのも、その他の道にい進むのを躊躇させた。家は官僚の家柄だった。
勘が当たって軍ではトントン拍子に出世した。力を使えば大活躍だった。訓練を終えれば即刻特別扱い。地獄の訓練とやらも俺からすればそよ風みたいなものだった。こんなもの大したことじゃない。味方に認められず、力を行使すれば味方もろとも全てを傷つける以外ないものとして大人しく、社会の隅で生きることを考えれば、あんなものはどうでもよかった。
仲良くなった同僚がいた。才能があるが、いや俺ほどじゃないが、組織の中で燻っているような奴で共感できた。気の良いやつだった。初めて出来た親友。
大戦中にそいつも死んだ。最後の最後でへまをやったらしい。
大戦は10年以上続いて俺は十分すぎるほどに出世して暇を取った。力の使い所はいくらでもあった。だがあまりにも人を殺しすぎた。戦場で災害をおこし、それに敵兵を飲み込ませる。何度もそれをやった。俺の力は秘匿した。上にも正確には伝えていない。利用されてたまるかということで当然だった。
伝えたのは、ものすごく時間がかかるが、相当な資金とともに準備すれば、災害をひきよせることができる、くらいだった。
何度もやった。金もそれで得た。口先八丁というか、一度で一生を遊んで遊んで暮らせる額を優に超えるものが懐に入ってきた。この力で何万も殺した。
やりすぎだ。出世のために。金のために殺していいような数じゃない。それに気がついたのは港湾警備隊に入り、悠々自適の天下りの生活で心が人間に戻ったあとだった。うるさい奴らはいないし、自分のしてきたことを振り返り、向き合う時間が出来たのがいけなかった。
それからは港で毎日飲んだくれていた。昔の俺を知っている奴らは、なにか堕ちたのだろうと察したようで距離を置いてくるようになった。デレク以外は。
今は自然と酒をやめていた。
まさか今度はこんな時代が来るのか、という感じだ。副官のデレクも失ってしまった。俺の右腕。優秀なやつだった。真面目で行動力があって。俺みたいに調子に乗らないやつだった。軍で出会って。最初からずっと俺を信じてくれていた珍しいやつ。
「……つくづく、世界はフザケているよな。お前もそう思うだろ?」
突然変異体の魔獣が血涙を流しながら首を傾げてこちらをみた。粘着質なドロドロした血が糸を引いて石畳に落ちた。
ゆっくりと片足で立ち上がる。壁に手をついてバランスを取ると、その間に化物は嘴を伸ばし俺の落ちている片足をパクっと飲み込んだ。
「……悪手だぜ、化物」
Prrrrrkarrrr?
「──爆ぜろ」
化物が体内から膨れ上がった魔力によって爆散した。粘着質な血が宙に舞ってから重力の言うとおりに全身に降りかかる。
「俺の脚を喰らって災厄が起きないとでも思ったか? ……骨、もらっていくぞクソ鳥。杖が必要だからな……」
心臓でも鼻の奥になるかのようにドクドクと、脈打つように血が流れ始めた。鼻腔がツンとしておもわず顔をしかめる。目が痒い。降り掛かった血が原因かもしれない。
これは普通の魔獣じゃない。人が化物に変わってしまったように、……また、魔獣も怪物なったのか。




