4話「呪われた地」
>>ヘゴン・ロクシュタイン
コツ、コツ、と骨が地にあたる音。己の片足から突き出た骨と杖代わりの化物の骨。
鳥の巨獣の死体から取り出した骨を杖にして歩いた。
失った足は鞄ベルトを外し腿を締め上げ止血した。液体回復薬を一息で飲みほしてガラス瓶を捨てる。
破壊してやりたい。この街ごと……。力を解放して全て飲み込めば終わるだろ! この期に及んで壊さないように気をつけて。 どうせ生き残りなんていない。見渡す限り破壊すればいい……。災害を視界いっぱいに引き起こしてやりたかった。己の目に見える範囲のその全てを……。めちゃくちゃにして飲み込んでいやりたい。荒れ狂う破壊衝動。虚ろな蛇龍が地を這うイメージが頭に湧く。
──死。それ以外なにひとつない街。終わった街。さっさと離れるべき街。
……切り替えろ。シスターはどこへ行った。マクベスもいない。無事ならいいが。
霧がかっていた。とにかく脳筋を追わないと、そう思った矢先に全身に力が入らなくなり、膝を地につけた。
「……ぐ、。まじで久しぶりにピンチだな。いや、この前もピンチだったっけ。魔導をつかうのは……」
──魔導を使うのは、本当に久しぶりだが。
昔から適性があった。というよりも天才だった。不真面目で色々と練習不足で勉強不足。それでも一級の魔導師より上手く使えた。軍時代は必要なければ使わなかったが。今は己の才能と気まぐれで学び会得した魔導に感謝する。
──波打つ水面。移ろう器。嘘と虚。追う風の熱と誘う境界の理。月の蜜となり現出せよ、神秘よ。……幻想律の魔導式。変幻の密約。──ラフレディア。
霧から怨霊があらわれ空気を振動させるように叫んだ。
風の音のようでもあった。風に淡い緑の魔力が混じる。水に落とされた絵の具のように浸透し、怨霊がそれと交わり形を成した。混沌とした風の動きに秩序ができ、それが眼前でふわりと停まった。
「……よし、上出来だ。いいのができた。本体は指輪へ。まずは住処として」
右手の革手袋を外し、その下の薬指の指輪を見せる。ルビーの魔石にそれが匂いを嗅ぐように近づき、口づけた。
「はぁ…、まじで疲れるな。次にマナを与える、契約の履行度に応じてオレの右手のマナをやる。……ああ、ここに封じられているその分の、……全てだ。一気に全部はやらんからな。勘違いするなよ」
それがとまどっているのが伝わってくる。ありえない額の報酬。そりゃそうだ。力の証明すらしていない一兵卒に一月ごとにお前の自由にできる師団をやるといっているようなもの。しかし喜んでいるのも事実。羨ましいよ、こんないい話。
「次に、……真名を」
跳ねるようにそれが踊った。一瞬だが、螺旋を描くように。なぜか己がとどめを刺さねばならなかった副官の顔が浮かんだ。
「……ディレクシア。仮の名はレキシー。……以後真名は封印する。我が灯が消える、その日まで、また俺を助けてくれ」
それが全身からマナを震わせた。歓喜のジェスチャーのように翅を振動させ、一帯を浄化してしまうんじゃないかと言うほどの清浄なそよ風を生み出した。
「……ふぅ。これで契約完了だな。……護衛を頼むぞ」
任された。というようにブゥゥンと空気が振るえて消えた。
{ディレクシア:ロクシュタインが幻想律の魔導術で契約した妖魔の類}
{幻想律:この世界における魔導の1つ啓示律の中の亜律。幻想律は存在と不在の合間の魔導であり、未知を扱う亜律。}
{大陸魔導律体系:はるか昔。魔導の祖とされるログムントのソムエト人はこの世は3つの世界が重なりあった均衡によって構成されていると考えた。3つの世界とはすなわちそれを司り管理する律令そのものであり、【受肉律】【偶像律】【啓示律】である。これらは常に互いを塗り替え、この世の主導権を取ろうと動いている。ソムエト人の考えでは受肉律が勝つならば、世は獣に落ち、啓示律が勝つならば、世は正気と狂気の境が消える。偶像律が勝てば、世は緩やかな崩壊へと向かうことになっている。すなわち魔導とはこの3大律のいずれかの力を借り、行使することである。亜律は3律の中のいずれかに属するより詳細な魔導の型である}
{ログムント:フリージア北西。現在アインズ王国がある地の内海を隔てた対岸大陸にあった古代国家。化生の地であった対岸大陸において人類種の生存権を確立していた数少ない国家。魔導の祖と呼ばれるソムエト人の国。千年前に滅びた。}
{ソムエト人:ログムントの民。大陸に魔導を伝えた民族。そのため魔導の祖とも知恵の民とも呼ばれる。化生に堕ち人類種から外れ、その後大陸の化生たちとの戦いで死に絶えた}
{ログムントの塔:嵐と海の塔とも呼ばれる。ログムント沖にそびえたつ巨大な灯台のような塔。入口が海底深くにあり誰も入れない}
*
感染者が現れれば即座に緑の風が現れてそれを切り刻んだ。出血すらせずに切断する妖魔の風刃。
途中で、2mほどの鳥魔獣を見かけた。前の怪物と同じ匂いのする、同類。普通の魔獣よりも明らかに強く厄介。こちらの魔力に干渉するような音を喉から出す。それらもレキシーが同様に始末した。風のように動く見えない刃は、あらゆる角度から敵を始末した。
ゴツゴツとした鶏冠のある長い首が飛んだ。前にいた個体の首が飛んだ、と群れの個体が認識した時にはそれらの首も宙を舞っっていた。
ぎこちない動作で先を急ぐように進む。群れがこちらに気づいたことに気がついた。市街地を追われながら進むと一人の男を見た。
週末にいつも開催されていた蚤の市の近くの武具屋。その窓ガラスが割れて中から人の胴ほどはある鳥の頭が首を伸ばして男を食いちぎろうとして、はずした。
「マクベスッ!」
腰を抜かしたように地面にもんどりうったマクベス向かって叫んだ。
「……あ、助けて!?」
なんで疑問形なんだよっ! こっちだって後ろから群れが来ているってのに!
急いで助け起こすために手を貸すと、もう一度襲いかかろうと店内から化物が飛び出してきた。手を貸していたマクベスといっしょに倒れる。倒れながら骨杖の先端で化物の目を突くが、浅い。
器用にバックステップし方向転換し直した化物をかすかに緑が交じる風刃が切り裂いた。皮膚が、羽毛が裂け、舞ったところでその足が切断された。数十m向こうから追ってきていた群れがやってくる。どうする?
「地下へいって! 地下があるんだ」
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>>ヘゴン・ロクシュタイン
追われていた。あの変異体魔獣に。マクベスと合流しケークスの外に逃がした。俺はもう一度だけ戻って脳筋とティモシーを探しに来て……。結局こうなった。アホだったかもしれない。だが、奴らには借りがあった。デカい借りが。
Kprrrrrrkririii
あの泡がポコポコと鳴るような音が聞こえた。音波が廃墟の壁を反射しながらこちらを探し出す。位置を割り出しては不器用な動きでそれがやってくる。もう足の止血に治療に、幻想律の契約魔導に……。まともにアレと戦っていたら魔力が枯渇してしまう。そうなれば終わりだ。あれの群れで動く小さいのまでいるからな。小さいと言っても俺よりデカいが。2mはある蜥蜴混じりのイカれた軍鶏もどき。好戦的で異常な食欲と獲物に対する執着。
Kpprririiriririiiiaerr
また聞こえた。
「……またか、この」
──昂ぶれば見破られぬ虚偽の知覚。属す賊の毒婦は欲に沈む。臆す心、侵すば幻沼に浸る。幻想律の魔導式。錬金術師の見た夢。グリッデ。
空気にかすかなハム音が交じった。音というよりは振動に乗せるように侵食する思考。近づいてきた化物の空気が変化した。なにかを勘繰り始めたように、疑うように慎重な歩みになり、踵を返し確信を持ったように来た道を走り出した。ケークスを貫くように流れるデイール河に飛び込んでいく。
「音を頼りにしてくるなら、俺はお前らの精神と判断の大元から干渉してやる……。川の底で獲物を探して溺れ死ね、クソ鳥ども」
なんとか撒いて合流しなければ。脳筋は大丈夫か。簡単に死ぬようなやつじゃない。俺のように魔導は使えないだろうが。
ただ奴もあのクソ鳥を撒かなければいけないということは、俺がたどるための碌な痕跡も残っていないということで。
……妙な空気、匂いをさせていたベルモンテ劇場を探した頃にはすべてが遅かった。
クソ鳥の骸の山。人間大のものから、ゴーレム並の大きな骸。数十はあった。感染者の骸も、数え切れないほど。毒も使用したのか。かすかに毒が撒かれたような痕跡もあった。
「……使えるものはなんでも使ったのか。……脳筋のくせに」
死体の山の更に奥。舞台の床はアホかと言うほど武器が突き刺さっていた。武器が壊れてもこうやって戦っていたのか。
膝から崩れ落ち、前のめりに倒れ、絶命している死体が1つあった。最後まで壊れた武器の柄をがっしりと掴んで、離さなかった。身体から毒の香り。
「……ピート・スタンピート。……見事なり」
バカが。という言葉を飲み込んで声を絞り出した。脳筋の死体。ティモシーは見当たらない。
逃がして死んだのか、ここで。
左腕が胸から喰い千切られていた。毒を死ぬ寸前に飲んだのか。脳筋のくせに俺と似たようなことをしやがって。遅効性の毒か。願わくば、食った鳥を道連れにしてやろうとしたのか。さすがにタワーウォーカーだけあった。単なる脳筋戦士ではなかった。
不愉快だった。ピートも。別に友人だった覚えもないが、ほんのつい先日出会って仲間になったばかりの男で。こんな別れは大戦中にいくらでも経験してきたはずだった。
舞台裏の棺が気になった。そこでティモシーを見つけた。とんでもなく強いやつだった。イグナッソ殲滅隊を作ったやつ。初めてみたとき、英雄だと思った。眩しいと思った。こいつになら、なんか知らんがついて行ってもよいと思った男。自信がないように見えて、柔らかく喋りすぎるところがリーダーらしくなかったが。短い付き合いでも命を預けても文句はないというくらいにはいいリーダーだった。
棺の中のティモシーの死を確認。脈が止まっている。冷たい身体。
「……どいつもこいつも死にやがって」
これ以上ここにいる理由もなくなった。……この地は呪われた。




