2話「狂気狂乱」
その日、雨が降った。植物が腐食し、枝が幹が捻れた。芽という芽が枯れ、生物は目をかきむしり、新鮮な血を求め喰らいあった。
猛禽が地上の生物を襲った。目玉をくり抜くよう嘴を突き立てる。獲物離さんとばかりにつかんでは、逆に翼を砕かれ地に落ちる。猫、鼠の群れに1片たりとも残らずに喰われた。人が犬を殴打し喰らった。犬がそれを囲み喰らった。獣が血のために彷徨う。人も猿も獣も虫も鳥も、すべてが狂った。
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「キャハハハ。なにこれ、なにこれ! おもしろーい! 人が死にまくってるじゃない、サイッコー!」
「姫様⋯⋯。はしたないですぞ」
「いいのよ、だってこんなに気持ちいいことってあるかしら? すっごく気持ちがいいの! 人間が皆死んだらこんなに気持ちいいのかって。こんなに嬉しいものなのっ? って。 メイドが部屋を掃除してくれたときよりも、新しい下着を着せてくれた時よりも、大嫌いな奴が死刑になったときよりも、好きな人を取った女が、他国にとついでった時よりも。そいつが移動中にぶっ殺してやった時よりも! 片思いしていた男が私にせまってキスしてきた時よりも! なによりも何よりも、ずーーっと気持ちいい!」
はしゃぎながら、コーネリアスが言う。
「まぁ、わからんでもないですがな。フッフ」
ガリウスが若干の呆れ顔で髭を指先で摘みながら言った。
これがこの爺の癖でもあった。だいたいが口髭の先を整えるようにつまんで、暗い話題の時でなければ口の端も釣り上がるように笑みを浮かべるのもセットであった。このときも言葉の上ではコーネリアスをたしなめながらこの爺は猛禽のような瞳になにかしらの企てを映しながら笑い、その瞳は常人とは思えないほどに愉悦に染まっていた。
「あのね、いい? こんなに気持ちいいことないのよ、爺。年寄りだからわかんないかも。でも、……あぁ! もっと皆死んだらいいのに。こっんなに最高なことないのに。こいつらが死んで死んで死にまくるほど最高のことなんてこの世にないのに! アハハ、もう私ったらおかしくて笑いがとまらないの。淑女として恥ずかしいくらい。ってね、ちょっと死体に立ちションしてくるわ」
「いやいや、姫? 姫様!?」
コーネリアスがスカートをたくし上げ、廃墟横で横たわる骸に小便をかけはじめた。
「アハハハ!」
それをみたガリウスが──
「ほほ、いやこれは姫様は大物でございますなぁ」
と感嘆したように声を上げた。
最後に小便を出し終わったコーネリアスが死体を跨いで唾を吐き、骸の頭を蹴り飛ばした時、たがいに目があって、再びし笑い合った。
くすくすと笑いながら二人は歩を進める。
塔の入口にたった。
「あー、面白かった。でもね漁村から来たんですものね。ここからはじまるの。うってつけの場所じゃないかしら? ここから人類を殺して、全殺しにして、皆殺しにして。……全員一人残らず、私の前に引きずり出して、徹底的に殺して、殺して、殺して。⋯⋯素手で頭蓋骨握りつぶして、首を握り千切って、性器を引きちぎって、ちゃんとその音きいてんかよ? おい? っていって耳引きちぎって。肉片になるまで指で千切って、唾吐きかけて、ヒールの先で踏みつけて穴開けて⋯⋯。内臓引きずり出して。薄汚ねぇ糞が返り血でドレス汚しやがってって、ブチギレて、灰にするまで燃やして、煙いんだよゴミがよって。そいつの前で家族を全員ぶっ殺して、気が済んだら、みーんな一気にぶっ殺して⋯⋯。あは、想像しただけで大変。でもこの星の大掃除をしなきゃだから……」
「ほっほっほ。癖にしてはなりませんよ。そのような下劣なこと。飽きるまでならやるだけなら、よいですが」
「ありがとー、爺ぃ、だいすき!! 飽きるまでやる! 飽きるま徹底気的にぶっ殺す! あとね、ドラレコ魔道具の記録映像さがなきゃね! 迷惑な馬車の運転してたやつら前からぶっ殺してやりたかったからさ! 見つけ出して、そいつらの子も見つけ出してさ。学校作って、クラスでその映像流してから、よいこのみんなー! この映像の運転手は死刑に鳴ったほうがいいよねぇ!? うん、私もそうおもーう、そしてその運転手はこいつでーす! って登場させてやってから教室で、そいつの子がショック死するくらいぶっころすの! にょっほ!」
「おほ! おほほほ! それは素晴らしいですなぁ」
くるりとスカートを翻しながらコーネリアスが言って、その狂いぶりにガリウスもおもわず苦笑した。
*
廃墟とかした劇場の中。
*ケークスのベルモンテ劇場。8百年前とも2千8百年前に建てられたともいう、古代の劇場。
円形、半分は舞台もう半分は客席。客席の後方には屋根がなく屋外。
すり鉢状になっており階段席で5列。両脇には2階席、舞台側には舞台の背景として使われる3階建てのビルがある。昔は実際に劇団員が住んでいた。現在の用途は役者の休憩室や住み込みの人間の住居。物置など。
この部分においては増築したもので、300百年前の大商人フルーゲルトの一人息子であるイリヤがケークスへの投資の一環として建てたもので、その風変わりな作りからケークス観光名所のなかでも目立つ存在になった。
ちなみにベルモンテというのは創世神話に出てくる雨と正義の女神。2つの山という意味もあり、銅像では巨乳に造形されることが多い。
カツンカツンと靴音が響く。
コーネリアスの唇が鼻の穴と同時に広がる。ニンマリと笑う少女の瞳は愉悦に歪んで、ピンク色の舌が赤い唇を舐めると「にょほ」と声を漏らし、瞳は天井を向いた。
「にょっほ」
コーネリアスはそう笑う。昔から愉快なことがあるとこのような音を出す。
その時、瞳は決まって天を向くのだ。
およそ、皇女らしからぬ癖であったがガリウスはコーネリアスのそのような純真なところが良いと褒めるのでコーネリアスはそれを直さない。自分らしくていいじゃないか、ということである。
そしてそれは、この世で最も純真無垢で、いたいいけで、才能に満ち溢れた、最強の天才少女はこうでなくっちゃ! ということでもある。
劇場には凹んだ形の玉座があった。それに軽やかに腰を下ろしたコーネリアスがガリウスに言う。
「爺。ここに巣食ってる連中はなーに?」
「兵どもの成れの果てでありましょうな。ほほ」
懐かしいような瞳をしてガリウスがこたえた。
「へぇ。いいじゃない。ねぇ、出ていらっしゃい」
広間に響き渡るようにコーネリアスが言うと、一人の男と幾人かの化生が出てきた。
「真っ赤な瞳、おいしそう⋯⋯」
コーネリアスが喉をゴクリと動かしながら言った。
優男だった。それなりに見た目よく。色白で線が細い。警戒しているのか、二人を見定めているのかわからないような目つき。その後ろのもの達は完全に化生に堕ちている。嗚咽を漏らすもの、震えているもの、今にも息絶えそうなもの、虚ろに揺れるもの。
「誰だ、お前たち⋯⋯」
「さぁ、誰でしょうね? ウフフ、どう思う? 思考できる? できるならやってごらん?」
「⋯⋯どうでもいい、見逃すか、消えてくれ」
「それはぁ、無理かもね。にょっほ」
いいながら好みの男と目が合って、癖が漏れた。
わずかに男が腰を落とした。その瞬間に爺が腰の剣に手をかけた。それを男が見た。その瞬間──
「斬り落とすぞ、小僧」
既に爺が男の背後にいて剣を首筋に当てていた。
「……やってみろ」
──わきまえろや、アホンダラ
ドスの利いた、ではすまないような声だった。ガリウスが言った瞬間、男がふき飛んだ。蹴られた背骨が砕かれないように吹き飛ばされたのだ。そして瞬間、男の爪が伸びた。血管が浮き上がり、呼吸を荒くしながらゴムまりのように戻ってくる。
「爺、殺さないでよ」
「さぁ、どうなりますかな」
コーネリアスが言ってガリウスが答えた。
舞台に風が吹いた。
獣の速度。劇場の中を縦横無尽に男が駆ける。重低音の唸り声がこだまし男が姿を消した。舞台中の床が霊が走り回っているのかのように音を立てていく。ガタタタタタタと実際に見えないなにかを叩きつけられているように。ガリウスが周囲に一瞬目を向け、次に聴覚に意識を割いて、上を向いた。
ちょうど、さっきまで男であった獣が宙から降りてくるところだった。
「ほほ、浮いとったか」
余裕綽々の笑みを浮かべてガリウスが迎撃。
「ガァァァァっ!」
瞳に魔を宿しながら男が剣戟を避けるべくキリモミ回転したが、突然回転が急変化し舞台に激突した。その寸前には男の両腕が斬られ宙を舞っていた。地面に着地した瞬間に、片足が舞った。
「面白い目をしておるなぁ⋯⋯」
覗き込むと、ガリウスはその瞳の中に不思議な生き物を見た。
「ハハハハハハハハ!」
犬歯を剥き出しにして老人は笑う。これ以上ないほど面白いものを見たという顔で⋯⋯
「姫様、殺さずに魚を捕らえました。いかがなさいますか?」
さっとコーネリアスに向き直って言った。
「さぁて、どうしようねぇ。こいつ面白そうだからなぁ、なんか使命でも与えてみるか、んふふふ」
「殺せ⋯⋯」
男が言った。
「うるさい、命令すんなボケが。それにさ。なぁんでよ? 使命が嫌なの? なにかやりたいことなかったの? ねぇ、人間を殺しまくってきてよ。そしたら殺さないであげるから」
「死ね、このまま殺せ」
「あ! もしかして拷問とか怖いの? あーっは、おもしろーい!」
クスクスと笑うコーネリアス。
──したいことを答えろや、ダボが。
上から腰を曲げてガリウスが言った。狂気に侵された瞳だった。
「俺は……。好きに生きたいだけだ。仲間と⋯⋯」
「んふふ、あーっはっ。じゃあそうすればいいじゃない。馬鹿すぎぃ! んっふふふ。にょっほ」
「バカはお前だ」
「なんでなんでなんでぇー? なんで私がバカなのぉ?」
「もうじき俺は死ぬからだよ。血を流しすぎてる。自分でわかる。……悪いけどお前の言いなりにはならない」
「クソみたいなプライド捨てろよぉ! バカなんていっちゃって! むかつくぅー! んふふ。ねぇ、爺どうしたらいい?」
「血を分けて差し上げなさいませ」
それはいいアイデアだ、という具合に手のひらを打ってコーネリアスが歩いていった。伸びた爪で手首を切って。
「ほらぁ、飲んじゃえぇ。ちゃーんと堕ちてよね? この星を掃除したいんだからさぁ⋯⋯。それとおしっこかけさせてねぇ? 汚してやりたいからさぁ!」
男は意識を朦朧とさせながら、漆黒の髪、白い肌、青い瞳の華奢な少女の手から流れた血が顔にかかり、それが唇の隙間から流れ落ちてきたことを理解して、諦めたような顔になって意識を手放した。




