25話「逃げ戻ったシスター・世紀の災害と機会」
「逃げ場所って?」
「決まってるだろ? 港だよ」
ロクシュタイン大佐が言った。
港って。塔の街から港まで逃走させるってこと!? 遠くない? 戦争したことなんて無いけど、本当に上手くいくのか不安だった。
「でも、港までは結構距離がある⋯⋯。負け戦が確定したと思った頃には籠城の最後の段階だろうから、そこまで持っていけるか怪しいと思うけど⋯⋯」
不安を口にすると⋯⋯
「それを、どうにかする方法を見つけるんだ。まずは奴らに撤退可能な場所があること。逃げ道があること」
大佐が言った。
「それで、なにをするの?」
「これから考えると言ったろ。ただ陣取りは考えている。それとシスターをイグナッソに戻す」
「ええ!? シスターを!?」
「──彼女には二重スパイになってもらう」
「⋯⋯シスターはそれでいいの? てか待ってよ。それ安全なの!?」
思わずシスターを見て聞くと⋯⋯
「もちろん、やります」
シスターは余裕の笑みで胸を張って答えた。ほんとの意味で余裕というより、そう見せてるような気がした。きっとシスターも不安なんだ。
シスターは、なんとか誤魔化して、逃げ帰ってきたと言うつもりらしいけど⋯⋯。そんなに上手くいくかな? 正直そんなに甘い組織ではないと思うけど。シスターの決意は固くて、部隊を8人ほど連れていくと言う。
「もしバレたら、⋯⋯どうするの?」
「その時はその時ですよ。心配くれてるんですか? 嬉しいです、私はあなた様の女ですので⋯⋯」
「──なっ⋯! もう、からかわないでよ!」
もじもじしながらシスターが言って、動揺してしまった。絶対からかわれてる! こっちまでもじもじしちゃったし。
「とにかく無事に帰ってきて。任務がうまくいきそうになかったら、いつでも逃げること」
焦りながら言った。
「⋯⋯はい。もちろんです。死んじゃったら復讐もできませんからね」
明るい調子で言うけど、逆に心配だ。定期的に見に行ったほうがいいか? いや、そもそもそんなに長い間潜入させるべきじゃないかもな。
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──砂漠の塔の都、ケークス。
ドリアン・セラード大佐は鼻の下を伸ばしていた。
ドリアンからすれば当然だった。シスターMが帰還したからだ。シスターが眼前にいれば、鼻の下など伸ばさずにはいられない。むしろ伸び放題でいいくらいだ。
(シスターM! ああ、なんていうことでしょう。おめおめと逃げ帰ってきて申し訳ないだなんて! ボロっボロのエッロエロの修道服から横乳が零れ落ちそうになっているではありませんか! 以前は見えそうで見えない感じだったのが、逃げ帰ってきてくれたことにより、見えそうだし。なんなら本当に見えるかも知れません!の頂きにまで至ってしまいました! スリットから覗く美しい脚は汚れていようが、綺麗というしかなく、オクタビアの瞳のような青緑のパンティの横らへんまで見えてしまっています! むしろ褒賞を! 誰か褒賞をやれぃ! このエロの功労者に褒賞を!)
ドリアンは興奮に次ぐ興奮を隠しきれずに鼻の下を伸ばしては、目尻をだらしなく下げる。それに気づいて目尻をあげて、2秒後には下げる、を繰り返していた。
不自然なほど中腰になりながら、シスターに近づき、手を取って⋯⋯
「あなたが帰ってきてくれただけでいいのですよぉ、シスタぁん⋯⋯」
平均的な女性以上にフェミニンに、ナヨナヨと動き、ねちっこく優しい言葉をかける。
ドリアンの臭い息を吸わないようにシスターは息を止めながら、うつむいて礼を言った。精一杯の反応で対応するが、ドリアンはシスターの美しさにやられっぱなしで、鼻息がつむじ風のようにシスターのブロンドの髪をたなびかせるほどだった。
ああ、シスターMはやはり美しい⋯⋯。
己の心にはオクタビアがいるものの⋯⋯、(無論オクタビアの心の中にドリアンはいないのだが⋯⋯)
いかに恋するドリアンであっても、浮気してしまってもおかしくない心情だった。オクタビアと同等レベルの超美人であるシスターは、彼女と同じくお目付け役でもあったが、この砂漠の都市でのドリアンの心のオアシスでもあった。
むしろ、お目付け役どころか。給水所。井戸や湧き水。他の連中など顔を見れば即座にわかる、つばを吐く場所である、何なら痰壺か、便所である。特にあの悪趣味なヘリドスなどはレジスタンスにやられてせいせいした。ドリアンは薄汚い便所ではなく、花瓶に活けられた花がみたい。敵地での心休まぬ日々なら、なおさらだし、恋しているんだもん。なおさらの、なおさらである。
こんなお目付け役ならいくらでも大歓迎だった。両手に花どころか、両手にオアシス。否、天国である。
ドリアンは一生懸命バレないようにシスターの匂いをかぐ、すると、土臭い匂いしか無かったが、それでもシスターについた土の匂いだ、最高だ⋯⋯。ハァハァ。と、もはや何でもいいように感動しはじめる。
そして是が非にでもシスターには、良い顔をしていきたい! 生き残りの部下たちとたっぷり休むように言った。優しくしていれば、何かあるはず。そう思っているのだ。
そして、仮になにも無くても裏で悪口を言われるよりもマシなのだ。嫌われたくなくて仕方がないのだから仕方ない。
「それと、シスター⋯⋯。あのー、今度良ければとっておきのワインがあるのですが⋯⋯」
女は酒が入るとエロくなると部下の一人が教えてくれたので、賄賂の、いや貰い物で受け取った高級酒を一緒に飲もうと提案していきたい。
「すみません、身体を休ませたいので⋯⋯」
「はぅっ! えぇ、えぇ。そうでしょうね。⋯⋯でもね、飲みニュケーションというのもありますから。良くなったら、絶対に飲みましょうね? あとね、好きなお酒を選んで個室にいって、部屋についてるカウンターで横並びで飲めて、ベッド付きの店があって⋯⋯」
「いや、そこは絶対に行きたくないです。二人きりも絶対に嫌ですので。2度と誘わないでください」
「はぐぅ! ああ、何ということ⋯⋯。正直なところも良い⋯⋯。でも悲しぃ⋯⋯ はぅ⋯⋯」
真っ直ぐに事実を突きつけてくるシスターの瞳にメロメロになりつつ、ドリアンは上機嫌だったが。完全に振られているのも事実だった。
しかも処女教の人間だ。あまり強引なセクハラはマズイ。諦めるより無い。それでもドリアンは良かった。シスターを見れるだけで眼福だったし。己などは、このような天使と同じ場所で呼吸しようものなら死刑しか、ふさわしい刑などないようなカスである。
もしもドリアンが皇帝だったなら、シスターの上司にこんな奴がいると知った瞬間、処刑している。もし仮にドリアンがシスターの父親ならドリアンを政治的に抹殺したうえで、セクハラでもしてた証拠があろうものなら刑務所にいく覚悟で殺害しにいく。
もしもドリアンがシスターなら、ドリアンの上司に相談して、処刑してもらう。なぁに簡単だろう。そう思うと今生きていることが奇跡のような気がしてきて、シスターMへの感謝の気持ちまで芽生えてきてしまう。シスター⋯⋯、なんとお優しいのですか。ありがとうございます!
だからこそ、そんなドリアンが、ここまでお近づきになれるなんて、最高なのだ。それに、⋯⋯何と言っても、オクタビアが──やっぱ好っきゃねん!
ああ、あのシスターのパンティと同じ色の瞳が好きだ! なぜかオクタビアに対する愛情確認の指標としてシスターのパンティを使い始めてしまう始末で、ドリアンのケークスの富、横領、着服計画にたいするモチベーションはうなぎ登りになっていった。
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ティモシーです。なんか、鳩みたいな使い魔が鎮魂窟にやってきて何かと思ったら。シスターから潜入成功の報告だった。
処女教に配慮したのか、寛大に迎え入れられて、ケークスではなんなら前よりも待遇が良いらしい。政治的な理由なんだろうけど。ここらへんは僕にはほとんど分からない。良かった⋯⋯、と胸をなでおろすだけ。
僕はマクベスと、ピートとスティングと、いっしょに作戦前の下準備に来ていた。
『オペレーション・ウッドペッカー』
ロクシュタイン大佐が考えた作戦。キツツキが木の穴をつついて虫を出すように。ケークスをつつく。方法は──毒ガス。
シスターから得た情報を元に地面に亀裂を入れて毒ガスを吹き出させる。災害を装うけど、実際にはロクシュタイン大佐がなんとか亀裂を作ると言う。そこにマクベスの兵器を仕込む。
毒ガスが漂う中で戦闘は出来ない。魔法もキツイ、陣取りもまともにできなくなる。成功すれば戦争が圧倒的に有利になる。
まずは塔の出入りを困難にさせる。塔の出入口、資源の運搬経路に亀裂をいれ、毒ガスを吹き出させる。次に食料だが、これはあまり手を出せない。一般市民まで巻き添えになるから。
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ドリアン様ー! レジスタンスの奴らが! ネビュラの奴らが攻めてきました!
ケークスにて、未だかつて記録されたことのない地割れが起きた。
道に亀裂が入る。ガスが、蒸気が、間欠泉が噴出した。倒壊する建物の入口、吹き上げられた看板が、木箱が、建物の軒先に降ってぶつかった。転がる礫、熱風に驚いた騎乗用魔物が驚き甲高い鳴き声を上げ、それが伝染したように広まっていった。
ドリアン・セラード大佐は執務室の窓から、その光景を目撃した。と茫然自失とすると同時に数日前から報告されていた、飲水に毒が混入しているという事件に合点がいったと思った。
犯人が見つからない理由は、これか。この地の水利、特に飲水は厳重に扱われている。なんの痕跡もなく侵入出来るわけがなかった。内部の者の犯行でも難しいはず。シスターやオクタビアが裏切っていれば話は別だろうが、裏切る理由は皆無。また、あのような天使たちが、そのような事をするはずもないのでおかしいと思っていたのだが。
まさか、この地の下でガスが渦巻いていたのか。その一部が地下水に入り込んでいた⋯⋯。毒の混入はこの災害の兆しだった。
とんでもない事態。全ての計画が台無しになりかねない、災厄。この地に大地震などほとんど起きたことは無いはず。部下に聴くと意外とあるにはあるらしく。体感できるそれなりの地震は数年から10年に一回ほどはあるという。ちなみに最後に記録された大地震は数百年前で、300年スパンで巨大地震が起きているとも。
⋯⋯まさか、それが今来ている? その兆しが? とドリアンは思った。通常なら、顔面蒼白になるところ。当たり前である。イグナッソからすれば、この都市の占拠は長引かせる意図を持って計画されたし、そのまま居座り、塔の所有権をなし崩し的に主張していく予定だったのだ。実行支配ということだが。それが、このタイミングで大災害に見舞われる!?
防衛施設は? 建物は? 食料は? 水は? 水がなくなれば、どこからか水を引っ張ってこなければならない。そして、そのような場所はない。もっとも近い地で水が得られそうなのは数十キロ以上離れた妖精山の湧き水だろうか。となれば酒に頼ることになる。
酒蔵はあるが⋯⋯、ここに住む市民や兵の分まで賄うにはとても足りない。かなり深い井戸を掘るべきか、いや井戸を掘るのにどのくらい時間がかかるか、そんな準備はしてきていない。ドリアン自身も掘り方も知らない。その上、どうにか井戸を掘ったが、その水も汚染されていたら?
復興などする準備はない。飛び地だぞ、ここは。放棄するしかない? ⋯⋯自分たちが長年かけ浸透し、集めていた万の軍勢を連れてどこへ行けば良いのか。これは、とんでもないことである。籠城しても、敵側は待てばいいのだ。対してこちらは食わせる兵たちの数が桁違いだ。ならば、どうする。降伏すべきか⋯⋯。
いや、フリージアの能無しどもならば、政治的にかなり軽い罪にまで持っていける可能性がある。なにせ、奴らは軽薄である。さすがは有象無象の商人の立ち上げた国であり、こいつらは自分が安全な場所にいる限り、危険な場所にいる市民たちに共感することはない。
金がなければ、市民を同じ人とさえ思わないのがフリージアの議会である。しかし、あのレジスタンスどもは違うだろう。奴らは民がやられたことを自分ごとのように。──やられたことは、キッチリやり返しに来る気がする。
ならば、時間稼ぎをしながら本国からの助け舟を待ち、後は天命に身を任すしか⋯⋯。
と、普段のドリアンならば考える。普段の、ドリアン・セラードならば。
しかし⋯⋯。
「シスターMをよべぇい! シスターを呼べぇ、イェイ!」
ガッツポーズをしながら、宙に飛び上がりドリアンが叫ぶ。
しかし、この時ドリアンが考えていたのは⋯⋯
(──ラッキーぃぃっですぅ! このどさくさに紛れて、大陸有数の塔の街の富を、むっちゃくちゃに盗み出して、大金持ちになってしまいしょう! シスターに手伝ってもらいながら、オクタビアに貢ぐのですぅ! ハァハァハァハァ⋯⋯)
であった。




