24話「オクタビアの恋・逃げ道」
──旧アリス・ロンデレ邸、専権隊ケークス駐屯本部司令官室。
「あの、大丈夫ですか?」
オクタビア・ルティアは聞いた。眉間にシワを寄せ、心配していると言うよりは、正気を保っていないなら、わかりやすくしておけよ。すぐに部屋から出ていくから。という意味で言っているような表情。ターコイズブルーの大きな瞳がさっと滑るように動き、ふらちなことを考えていないか確かめるようにドリアンを見た。
咳き込みながら、手で大丈夫だとジェスチャーをしたドリアン大佐は、良くないことがあると都合よく体調を崩し、咳き込み始めるので有名でもあったので、オクタビアはつい顔をしかめた。
あまりよろしい噂のない男である。セクハラがひどいという噂もあったが。被害者が言うにはエロい目で見られたのと口が臭いのと、見た目が気持ち悪いのと、話し方が妙ということだけだったので、セクハラとまで言えるかはしらないのだが。
たしかに今も舐め回すようにオクタビアの脚を見ているし、さきほどの目尻の下がり方などはエロジジイのそれである。あと失敗を部下に押し付けることにかけては抜け目ないという噂もあり、そちらに関しては見たことはないが、やりそうだなと思っていた。今はなんか、人生って感慨深いよね。みたいな顔をしだしている。潤んだ目がカエルの怪物のようにも見える。
オクタビアは、このドリアンを軽蔑しながらも、それ以上のいかなる気持ちもなかった。戦闘においても遅れは取らないだろう。オクタビアはこの手の輩に恐怖することはない。中央でも彼女の美貌は知れ渡っていて、権力者たちの間でも彼女のファンは多い。帝国自体は女性の権利はそれなりに保証されていて、それは法だけでなく文化的にもそうで、オクタビアは自身の美貌と実力をどう使って、のし上がるかに興味が向いている。手に入れたいのは権力と富である。オクタビアに足りないのはそれだけである、若さはいずれ失われるが、それはきっと遠い未来の話で今のオクタビアには関係のない話だった。
ドリアンは気色悪いが、自身に対してはなにもしないだろう。そもそもがイグナッソなぞは、どうでも良い。誇り高き帝国軍こそが、帝国の剣である。専権隊というのは、小規模な半官半民の武装カルトとしか思っていない。だからこそ、フリージアの有力者たちもいつでも本気になれば追い出せると思っているのだ。帝国もまた、いつでもイグナッソをスケープゴートにするつもりであった。専権隊のリーダーには常に皇帝の犬が座り、それを内部から排除しようとすれば専権隊のこれまでの悪事や、帝国が裏で支援していた作戦であってもその汚名を全て着せて裁くだけであるからだ。
オクタビア・ルティアは、自身の類まれなる美貌を知っている。能力者としての実力も。天が全てを彼女にあたえたのも。そんなオクタビアも23歳、恋人探しにも余念がない。
彼女が最近狙っている男は数人居る。一人は背の高い将来有望な将校で、異性の友人が異常なほど多いので有名な男。専権隊ではなく皇帝直属の近衛師団の所属で、師団長を目指すのではなく、近衛から空軍に移動する予定らしい。彼は、そこで出世するだろう。
オクタビアは1泊2日の旅行に女性の同僚と、この男とその連れと行ったのだが、オクタビアが一切身体に触れさせず、さらにはかなり強気の態度をとっても、これだけの女とまたデートできる可能性があるなら、と迷うこと無く忍耐を選んだことを彼女は評価しつつ、裏では他の男とも連絡を取っている。オクタビアは「リスク分散のためにもポートフォリオは組まなきゃね」と教えてくれた亡くなった母の言いつけに同意する。我ながら計算高いような気もするが、そんなことはどうでも良いとも思っている。「いい女は自分を大事にしないとね」にも同意しているからだ。
とにかく近衛の男は、帝国中央の女たちには顔をよく知られた男で、この男とくっつけば他の女たちが皆悔しがるのは間違いない。さぞかし気持ちよく優越感に浸れるだろう。そんなものを優先するつもりはないが。ほんのひと時の思い出作りの相手としては、女慣れしたエリートのモテ男というのも悪くないかもしれなかった。
二人目は、帝国のの第四皇子である。が、まだ若く19歳。オクタビアよりも4歳年下であり、やや子供ぽい。世渡りでも、頭の出来でも、近衛の男より一段も二段も落ちるが、面構えがなかなか良い。これはオクタビアの好みだった。
それに何より皇子である。身分は申し分ないどころか、これ以上の望めないほど高い。まだデートはもったいぶってしていない。皇太子とこれ以上親密になれば他の男と会えなくなるからである。そして皇子とは、このまま会わないつもりでもあった。
というのも皇子はつい最近、第一皇子の要求で皇位継承権を放棄。帝国からどこまでの保証が得られるかも、彼に決定権はないように思えたので、これ以上近づきにならないようにしよう、と思い始めている所だ。なにより性格も微妙に合わない、それがなくともそうしたほうが良いとさえ思っていた。皇子との恋などは一生の思い出になるとは思うが⋯⋯。仕方無い、撤退するべきだろうとオクタビアは思っている。
3人目の男は謎の男である。野心家のオクタビアが思いを馳せるのは、本当に恋い焦がれているのは、この男一人だった。
一時期、軍基地で頻繁に見かけた男だった。オクタビアが少女の頃に一目惚れした男でもあり、オクタビアは5年間に渡りこの男のことを日記に綴ったほど、恋していた。その後も幾度となく彼を思い返していた。年上の男でどのくらい上かはわからなかった。
謎の多い男だった。再会したときも彼はまるで歳を取っていないように見えた。まったく変わっていなかったのだ。いや、オーラは増していたかも知れない。いや、それも違う。昔から圧倒的なオーラを纏っていた。
まるでこの男の周りだけ空間が、磁力が透明なガスのように、揺れ動いているように歪だった。当時オクタビアは軍学校の特待生の中から選別され、軍施設の簡単な雑用や手伝いをしていた。これは未来の帝国を担う将来の士官候補生の中から選別されたものが、若い内に現場の軍人の手伝いから経験を積むという帝国軍の伝統から来ている。
10歳から14歳までいた。男は、オクタビアが手伝う基地のカフェによく来ていた。当時恐らく20代後半か30ほどではないかと思った。無論相手が大人過ぎて相手にされるも何もなかったが、それでも恋した。なにも用がなくとも、近づいていって掃除をして、ついでのように挨拶だけする。たった、それだけだったが、彼は挨拶を返してくれた。彼の瞳を見るのが好きだった。天高く舞い上がるような、そんな気持ちになった。それは幸福をくれる瞳だった。
彼に関して分かっていることは少ない。
当時、彼と会話していた将校にそんな人なのか聞こうとすると、嗅ぎ回るな!と怒られ、その他の女たちにも聞いて回ったが知ってる女がほぼ皆無であった。これだけ魅力的で階級も高そうで女たちの情報ネットワークにほとんど情報がない男というのはかなり稀で、そういう意味でも彼はよく噂の的になっていた。その結果、本当かどうかよくわからないう噂だらけになり、さらに彼のことはわからなくなった。少なくとも少将と対等に話しているのを見たことがある。
最初見た時から10年近く立っていて、彼を再び見た時──オクタビアは、やはり自分はこの人がどうしようもなく好きなのだと、そう思った。歳月などなにも気にならず、むしろ相手にされるわけもない少女から大人の女になっていた自分に感謝し、運命なのでは、⋯⋯とさえ思い始めている。しかし、彼は帝国人ではないらしいこともわかった。確かに僅かな訛りがあった。
そんな彼が、また最近現れたのだ。まず服が若干粗末になっていた。無精髭もより無造作になっていて野性味が増していた。そこはオクタビアからすれば、そんなあなたも好き、というものなのだが心配にもなった。
勇気を出して話しかけてみると、予想以上に話しやすい人だった。あまり質問には応えてくれないが、帝国の、というよりもイグナッソのケークス奪取には反対なようだった。またオクタビアが軍のイグナッソ支援に関わっていることを知ると、距離を詰めて来た。
彼もまたオクタビアに惹かれているのだろうか? イグナッソのことなど、帝国軍の高級将校でも興味ないものは多い。つまり、オクタビアの事が欲しいと言うことかも知れない。イグナッソは確かに二人の仲を埋めるためにちょうど良い道具かも! 彼ったら冴えてる! やっぱり頭もいいんだ! そんな事も思ったし、それか本当に彼の役職にとって重要なことなのかも知れない。ならば、手伝いたい! 彼のために働きたい! そう感じている自分に気がつくと、もどかしくなってしまう。
近い内に彼がやってくる事になっている。オクタビアは自分がそれが嬉しくてたまらないと思っていることに複雑な気持ちになった。野心が削がれていく、ただ彼の役に立ちたい。彼のものになりたい、ものにされたい。そして彼の心を自分のものとしたい。強い情動が彼女の深い場所から、湧き上がり始めていた。
@@@
「⋯⋯⋯⋯」
⋯⋯どうも、ティモシーです。
窓の外から魔力量が高い二人がいる部屋を見ているけど、なんかこの二人、会話中に互いに妄想してる? 両方心此処にあらずな感じだけど⋯⋯、表情もおかしい。なんか変な人達かもしれない。大丈夫かな⋯⋯。
いや、敵のことなんてどうでもいい。それよりも戦力は把握でき始めてる。兵数はやっぱり2万以上は固い。そして個々の戦力ではこっちが上回れると思う。⋯⋯だけどこの数をひっくり返すのは無理だ。どうする? どうすれば、ケークスからイグナッソを駆逐できる? 出ていかせられるんだ? 出ていかせる? そうだ、バカ正直に正面から戦って勝利しなくてもいい。どうしたら勝てるかだ。
この男が司令官なのかな? こいつを倒せばいいの?
今なら、何なら、⋯⋯今日中に出来るかもしれない。
そうしたら、──どうなる? イグナッソ兵もみんな降伏する? 本当に? どうやって? そもそもこいつらは制海権をもってないよね? 何処に帰るの? そうだ敵は飛び地にいるんだ。普通に死地に来て、そこで外から政治的圧力も込でなんとかここに居座ってるんだ。物資だってかろうじて空から得ていた。港を取ったけど、制海権は取れてないはず。つまり彼らは逃げれない。
新しいトップを勝手に据えてでも抵抗するはず。これだけ野蛮に動いたんだから、それが自分たちに向くことも容易に想像できるだろう。
⋯⋯てことはケークスの街はイグナッソは絶対に落とされちゃいけない。防衛戦の士気はMAXになはず。決死の覚悟で守り切る2万の兵に400で出来ることは少ない。無理だ、僕たちじゃ勝てないだろ。僕がどれだけ強くなったって⋯⋯。いや、それでもなにか道があるはず。
イグナッソが降伏下としても2万なんて数をどうやって従順にさせて言う事聞かせるんだ? 分割統治? 嘘でしょ、それ僕らがやるの? ⋯⋯やっても良いかも知れない。互いに争わせて⋯⋯。マオマオ⋯⋯。ムカつく受付嬢⋯⋯。⋯⋯皆。こいつらに殺されたんだ⋯⋯。そのくらいやっても良いのかも知れない。
頭が冷えていく感じがする。冷たい鉄みたいに。人を人とも思わないのなら⋯⋯、コイツラを人として扱わなくても⋯⋯。こっちだって人と思わなくたって⋯⋯、文句ないよね。
この時、脳裏に浮かんできていたのは⋯⋯。
@@@
鎮魂窟、篝火の広場。
「正面からじゃ勝てない」
「そういう話をするってことは、戦う気になったのか?」
僕が口火を切ってすぐにロクシュタイン大佐がそういった。
「まぁね、でもアイツラは逃げ帰る場所がない。決死の戦いになるし、正攻法じゃ勝てないよ」
「⋯⋯数、わかってるよな?」
ピートが緊張したような面持ちで言った。さすがに歴戦の戦士のピートでも戦力差が無謀どころじゃないのと確認したくなるのも当然だった。
「──毒ガス兵器を、マクベス殿が作ってくださいましたっ! それを使えばっ」
アイゼンが叫ぶように声に出した。
「──ダメ。それは流石に、ダメだ⋯⋯」
ほとんど皆殺しにするような戦法をすれば、ってことだけど。それはケークスに今も生きてる人の多くを巻き添えにすることも前提だろ。どれだけ専権隊が憎くても、それは絶対ダメだ。ハッキリと言うとアイゼンも最初から分かっていたようにうなだれた。
沈黙がその場を支配する。
「──逃げ道がないなら、作れば良い」
ロクシュタイン大佐がふいにそういった。
「⋯⋯逃げ道を作る?」
「そうだ、それだけの、シンプルな話しだよ」
ニヤリとロクシュタイン大佐が笑って言った。




