23話「肩慣らし・ドリアンの恋」
どうも、ティモシーです。天井を散歩しています。何を言ってるかわからないかもしれんけれど、重力が僕だけ反転したように、逆さになって歩いているっていうことだ。重力魔の力を手に入れて、早速それを試しているのだけど、蝙蝠にでもなった気分で、いやそれ以上だ。ヒーローになった気分。
しかも、これ。最初は操作がかなり難しかったんだけど何度も練習してたら1日でかなり使いこなせるようになっちゃった、⋯⋯僕、凄いかも知れない⋯⋯。天井を腕組しながら、調子に乗るべきか、乗らずに居るべきか。眉間にシワを寄せて思案しながら鎮魂靴を散歩する。殲滅隊のみんなに見つかると、ぎょっとされるから。人気がいないほうを主に散歩しよう。ボッチ飯ならぬ、ボッチ歩きだ。なんだよ、僕全然相変わらずじゃないか。
テンションが落ち始めたあたりで、丁度良い的を見つけた。アイゼン達が訓練に使ってた人型の的。結構頑丈なんだよな。あれって。
「⋯⋯炎魔」
ボッ、と音がして次の瞬間。的が激しく燃え上がった。噴き出した炎が上に伸びては、更に焼き尽くしてやると言わんばかりに的に戻って纏わりつく。手に力を込めると、炎の激しさも調節出来た。
「よし。炎よ、⋯⋯引け」
激しく燃え盛っていた炎が大人しくなり消えていく。消えるまでに2秒もかからなかった。僕の戦闘スタイル的には、どう使おうかな。洞窟内ではあまり使いたくないし、でもいつでも消せるから火事にもなりづらい。引火した炎も炎魔で作った炎に取り込んでそれごと消せる。大火事とは無理かも知れないけど。実は火消しにも使える火なんだよな。
さて、後は攻勢を仕掛けるか、否か。どうしたらいいんだろ。
>>ここで閉じこもっていても、なんにもならん。進言する。ケークスを取りこの地方をフリージアからかすめ取るべきだ。
ロクシュタイン大佐が言った言葉だった。やるなら力を貸す、やらないならそのうち抜けると大佐には告げられた。他の皆は及び腰だったが、シスターMとアイゼンはかなり乗り気だった。こちらの兵数は400。相手は万を超えてる。大佐の副官デレク少佐の予想では、そのうちイグナッソはここを割り出して侵攻してくるだろうと言うことだった。
ここで籠城してはゲリラのように戦い続けるか、否か。
決めるために。今夜ケークスを見に行くことにした。
*
砂漠の塔の都市ケークス。夜、一人でここまでやってきた。前に来たときのように塀を乗り越えて侵入。この手の塀とか堀とかは、僕みたいな身体能力のやつのために作られてるとはとても思えない出来で、なんなく侵入出来るけど、敵は大丈夫かな? ⋯⋯まぁ、だからこそ、見回りの警備兵が多いのか。
右目を手で覆い、左目でレベルが高そうな奴らをチェックしていく。ケークスを本気で落とすなら突出した戦士がどのくらいいるのかは、是が非でも知っておきたい。
街中の飲み屋には三人組がいて、そいつらはピートやアイゼンくらいの魔力を宿していた。これくらい強いのはほとんどいない、結構レアケースだった。何人か要注意な兵士がいると⋯⋯
それよりも一段、いや二段ほど劣る兵士ならそれなりにいるか。あ、また見つけた。数十人はいる。ざっと兵士たちを見ていくが、見張り、見回りなどは魔力量が濃いものは少なかった。まぁ、そんなものかもしれない。この世界では魔力量は個人の価値に直接関係するだろう、見張りとして雇うのは難しそうだし、やるとしたら必要に迫られた時だけか。
「と言っている内に……、ここなんか怪しいな」
封鎖されている道路を見つけた。重武装の兵士たち通行止めをしてパスを要求し、それを確認してから通している。闇夜に紛れて塀をよじ登り、そこから屋根や他の住宅の塀を伝って奥へと進む。あたりの家には警備犬と共に哨戒中の兵士がちらほらいた。
一匹の犬がこちらを首を傾げてみた。
(おい、こっち見るなよ。食べちゃうぞ……)
左目に魔力を込めながら見ると、犬は恐怖に震えながら反対方向へと行こうとしだす。リードを持った兵士が「なんだ? あっちになにかあるのか?」
といって犬と共に去っていった。
途中で警備兵の休憩所を見つけた。ちょっとした小屋みたいなもの。
(人の気配はなし、⋯⋯入ってみようかな)
町の地図と巡回ルートや見張りの位置がかかれている紙がテーブルにあったの見つけた。どうする? 貰っていくか。いくつもあるし、数が足らなくても大ごとにはならないだろう。
そうこうしてる内に一番警備が厳重なエリアの最も大きな屋敷に到達。
*
砂漠の塔の町ケークス。その一角にある高台に旧アリス・ロンデレ邸はあった。
>>アリス・ロンデレ:フリージア都市連合、ケークス地方を代表する大富豪。アリスは20歳で砂漠の都ケークスで富豪であったロンデレに見初められ彼の妻となり、24歳で未亡人となった。アリスはロンデレ商会を継承し自ら切り盛りし、特に塔資源を巧みに使い財を成した。アリスが28の頃、彼女はケークスを代表する商人貴族にまで昇りつめた。その美貌と類稀な才覚で一躍フリージア都市連合最年少でケークスの代表になり、市民からの評判も申し分なかったが、他国と内通の嫌疑をかけられ、現在はフリージアの都市の一つ「テラミス」に軟禁状態にある。彼女が中央議会の決定により更迭されてから一年、彼女の持つ不動産の多くは没収された。
アリス・ロンデレ夫人が作らせた屋敷は、質実剛健をモットーとするロンデレ家の家風を見事に現すように重厚な家具や調度品が並べられつつも簡素さ、というものも失っていない。
ケークスを実行支配するイグナッソ将校たちにも受けが良く、ロンデレ邸はイグナッソの本部として今は機能していた。
そんな屋敷の3階の書斎の扉がノックされた。
「……どうぞ」
イグナッソ専権隊、ドリアン・セラード大佐はおよそ、やる気というものが感じられない声で入室を促した。
「オクタビア、入ります」
美しい凛とした声がそれに答えた、それを聞いてドリアンは一瞬で肥え太った身体に鞭打って姿勢を正す。
肥え太った禿頭。顔面の肉も盛り上がっていて、それがシワなのかそれとも肉であるのか、区別がつき難い。ぼこぼことした顔つき、腹は子豚を1頭まるまる腹に飼っているのかというほどに膨れているのがドリアンであり、それとは対照的な存在が今しがた部屋に入ってきた女である。
ドリアンが書類に目をやりながら、ちらちらと入室してきた女のほうに目をやる。
一瞬、好色そうな目をして、それを女に見られていると気がついてから、ゴホン! と咳払いをして誤魔化した。
美しい女だった。
明るい茶髪の髪は自然とこの女の魅力を増すように揺れ、大きく深みのある青緑の瞳は吸い込まれてしまいそうな魔力を有している。白い肌には健康的な赤みが指していて、顔の造形は美しくも愛らしい。特筆すべきは曲線美を極めたようなスレンダーでありながら、十分に盛り上がった胸に尻、長く形の良い脚はどんな名画よりも目を釘付けにする。およそ、理想的といった見た目のスーツ姿の女のタイトスカートから覗く脚を見て、ドリアンの目尻が溶けるように垂れ下がるよりなかった。
女は表情を変えずに口を開き、ドリアンは涎を垂らすまいと口をキツく閉じた。
「ドリアン大佐。お呼びとのことでしたが……」
何ということでしょう。なんと美しい声なのだろう。ドリアンは心のなかで歓喜した。どんなコオロギよりも、鳥よりも、気に食わない敵の断末魔よりも、彼女の声を聞いていたい。その声を鳥かごに閉じ込めてしまいたいとさえ、ドリアンは思ってしまう。到底釣り合うわけもないが、彼女の声を捕らえて我が物としたい。そんな衝動が一瞬舞い上がっては消えた。
「う、ゴホっ! ああ、うん。ゴホッ! すまんね、オクタビア。ヘリドスから連絡が途絶えた件だが。鳩カゲをやっても帰ってこない、それにもうどれだけ時間が経ったか。ここまで逃げ帰ってこなければおかしい。使いのものを、こちらから出したが、帰還しない。⋯⋯やられたかもしれん」
しゅんとした様子で僅かにカワイコぶりっ子するような表情でドリアンがオクタビアに言った。
「農民が、⋯⋯ヘリドス隊を殲滅したと?」
オクタビアが困った顔で応える。
「うん、同感だ。ありえん。 ゴホっ! つまり、例の奴らかもしれん。 ゴホっ、ゴホ!」
「港湾防衛隊とレジスタンスが合流した件ですか。彼らがということですね」
思案するように美しい指を唇に当てて納得したように言った。
「ゲホッ、ゴホッ。そ、そうだ⋯⋯」
オクタビアの唇を見て、んー⋯⋯、とドリアンがキスするように唇を突き出し、途中で己の異常を自覚して咳き込みつつ言った。
ドリアン・セラードは、オクタビアが可愛すぎて辛かった。
この辛さをどうすれば良いのか。ドリアンにはわからない。物欲しそうな顔でドリアンはオクタビアを見る。そして出てくるのは溜息だけだった。己のような禿げ豚男は売女に優しいエロ紳士であることが精一杯なのだ。オクタビアが自分などに振り向いてくれるわけもない。それでも⋯⋯
「うん、そうか。ところで、あの~⋯⋯、今度よかったら酒でも⋯⋯」
「絶対嫌です。それと帝国軍からの支援は既に約束上限に届きますよ、どうするんですか」
「⋯⋯コ゚ホン、うむ。でもまぁ、時には飲みニュケーションも、あの、必要なことだから⋯⋯。そのーレジスタンスは壊滅させたいし⋯⋯」
「数ではイグナッソが圧倒していますが、用意された場所に誘導されたり各個撃破されれば、イグナッソは一気に孤立し、帝国軍が完全に連携してフリージアを攻める必要まで出てきます。あなた達に敗北はゆるされてい無いはずです」
ドリアンは泣きそうだった。
せっかくセルシティから、オクタビアと共にやってきて、今だけでも砂漠の塔の支配者となれたのに⋯⋯、デートすらしてもらえない。いや、むしろ上出来か。上役でいさせてもらえているではないか。帝国軍からのお目付け役でもあるが。こんなオークのような中年男、彼女の目に入っただけで死刑にでもなったほうが良いことを考えれば、これ以上望むのは愚かさの極地と言えよう。ならば幸運と思おうじゃないか。これだけの美女を手に入れられるのは常軌を逸した金持ちか⋯⋯、もしくは⋯⋯。
⋯⋯いや、待てよ? ⋯⋯金。今現在占領しているケークスの富はかなりのものだ。これをどうにか、少しだけでも懐に入れられれば⋯⋯。いやしかしそんな事オクタビアが許すはずもないし⋯⋯、もしバレたら⋯⋯。
違う、むしろ距離が縮まるはず! そうだ。女というものは計算高く、現実的なものだ。男は女の見た目を求め、女は男に資産を求める。皆そのように言うじゃないか、きっとそれは正しいっ! そうだ、逆に考えれば良いのだ。それでいいじゃないか。
女は⋯⋯、見た目だけで私を選ぶなんて、この美貌がなくなったら興味無くなって捨てるんでしょ?
男は⋯⋯、金や権力で俺に近づいて来たんだろ。この金や地位がなくなれば、他の男に鞍替えするんだろ?
つまり、オクタビアだってそのくらいの嫌な女らしさを持っているはず。それでもいい! 幻滅などしない! だったら金に女が釣られるならば、金で釣れば良いのだ! そして金は、富はここにある! 我が手元にあるのだ!
普段のドリアンならば、こんな都合の良い理屈を我ながらよく見つけたな。それで見つかれば極刑のリスクをとるのか? 命をかける? 恋しすぎだ、何歳だお前は。しかも身の丈に合わぬ恋だ。さっさと忘れて等身大の恋でもしてろ。そう言い聞かせて、切り替えるはずだった。
だが、眼の前にいるオクタビアを見ると⋯⋯、どうにも割りに合うように思えてしまう。この時ドリアンは最大級の嫌な予感と、自分にこんなにも初心なところがあるのか、という一見相反するような不思議な感覚を2つ同時に感じていた。




