19話「西ケークス港防衛戦・ロクシュタイン大佐、ティモシーを見る」
その後は眠る気になれなくて、鎮魂窟の天井の裂け目から見える星空を眺めていた。
満天の星空にネビュラがかかってる。ものすごく大きい。
元いた世界で、こんなものは見た事なかった。地球でも見れることってあるのかな。この大きさで? 流石にないよな? こんなの壁紙の中の世界だし。⋯⋯ネットがないから調べられない。
適当にテントを張って、この場所で寝ることにした。風も強くは吹かない、魔物もいない。安心して寝れる、いいスポットだった。
「これからどうなっていくんだろ。明々後日にはマクベスを迎えに行って⋯⋯」
*
──太陽が空の真上に来て⋯⋯
偵察に出ていった隊員が帰還した。
ー大変だ! 港がもう攻められてる! もう始まってしまった!
血相を変えて隊員が悪いニュースを告げた。
「──旦那っ!」
ピートがこちらを見るとみんなも一斉に僕を見た。
「──すぐに出発する! 準備はほとんど出来てるはずだ、前に話したメンバーは集まって!」
「⋯⋯お頭、無理しないほうがいい。⋯⋯念の為」
「分かってるよ、スティング。港を死守するつもりはないから、安心して」
スティングが横に来て告げた意図はすぐに伝わった。港の防衛は成功しないだろう、ならあんまり被害をだすなよって言いたいんだと思う。わかってる、負け戦確定なら、何かしらは手に入れて帰るつもりだし、被害も最小に抑えないと⋯⋯
報告によると、イグナッソは6000以上の兵で西ケークス港を攻めた。
(⋯⋯6千、多いな)
定石では攻勢側は3倍の兵力が必要なんだっけ? あまり良く知らないけど。港の防衛隊は500くらいか。となると3倍どころじゃない。奴らは12倍の兵力を持ってきた。その上、海からじゃなく陸路でケークスから⋯⋯
港を落とすには十分過ぎる戦力だろうし、本気度がうかがえた。
「旦那、やはり俺もいくか?」
ピートが言ってきたけど、断る。
「⋯⋯ピートはミリアムと、ここに残ってて」
「⋯⋯了解」
アイゼンはやる気満々で準備している。連れて行かない選択肢はない。シスターは連れて行かない。
「今回は少数でいく、負け戦になるから」
「お館様、そうとは限りません!」
アイゼンがムッとしたのを少し隠しながら反論してきた。
「うーん、期待しすぎるのもどうかと思うけど⋯⋯」
「ええ、でもケークスの防衛隊は有名ですから⋯⋯」
「──そうなの?」
「はい、数ある防衛隊の中でも最精鋭で知られています。あそこにいる連中は──強いですよ」
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「西ケークス港防衛戦」
──西ケークス港 午前10時頃 快晴。
ー死守しろ! 回り込ませるなっ! 負けたら俺たちは終わりだぞ! フリージアに見捨てられた挙句、虐殺されるぞ! 守りきって、裏切り者の中央政府に責任をとらせろ!
防衛隊の隊長たちが部下を叱咤激励する声が空に響いた。港を陸から囲む専権隊は、外から投石器や魔道砲の弾を打ちかけていた。
空からも小型爆弾をもった鳥の魔獣が20匹以上港を襲う。防衛隊が、被害を出しながらも何とか撃ち落とすものの、制空権の争いは猛禽系の対鳥魔獣の争いで決まることが殆どであり。そして防衛隊と港にて迎撃に励んでいた猛禽魔獣たちは3倍以上の同様の専権隊有する帝国産の猛禽魔獣に苦戦し、数を減らしていた。
猛禽魔獣:地球の戦争で言えば戦闘機の役割を戦場で担う魔獣。他の飛行魔獣を撃墜する役割の兵器魔獣。これらの魔獣がいなければ戦場は爆薬投下を専門とする鳥類系の魔獣に大打撃を受けてしまう。
ケークスの都が陥落した知らせを受け取った防衛隊は、陸からの攻勢を予想し準備し、建物を要塞化するため移動魔道砲台を全て陸に向け、土嚢を使い、塹壕を掘り、鉄条網を張り巡らせるも⋯⋯
やってきたイグナッソの軍は6千を超えていた。防衛隊は400。
ケークス港、港湾防衛隊司令官へゴン・ロクシュタイン大佐は当初降伏する気でいた。というのもこの怠け者で有名な大佐であるロクシュタインはフリージア中央政府内の腐敗具合を見て、悟ったからだ。
大佐は黒髪をかきむしるようにして、それが終わると今度は丁寧に髪をなでつけるようにして直しながら思考に耽る。ロクシュタインの昔からの癖だった。
《 この国は、⋯⋯すでに裏切り者が支配者層に入り込みすぎている 》
(⋯⋯なんだかなぁ、馬鹿正直に港を守ったところで、裏切り者の商人貴族たちが時間稼ぎをしている間に俺たちはみんなお陀仏だろう。そうなるくらいなら、さっさと降伏しようか⋯⋯ 捕虜になったら飯は期待できないが、俺は睡眠だけ取れればいいから、しっかり眠りだけ確保できれば⋯⋯)などと考えていたが、近隣の農村でのイグナッソによる略奪の凄惨さ、殺人の酷さを伝える情報は予想以上だった。すぐに降伏した市民でさえ、どのような扱いをされるかわからないのなら……
「……これはちょっと、⋯⋯俺たちも何されるかわからんぞ」
ここにきてへゴンは覚悟を決め、徹底抗戦を唱えた。ほぼ全防衛隊員も賛成。6千対4百の決死の防衛戦が始まったのであった。
「はぁ、めんどくさい。一体なんのための戦いなんだ、まったく⋯⋯」
「──へゴン大佐。我々と市民の生存のための戦いですから。めんどくさがらないでくださいよ、もう」
港湾防衛隊副司令のデレク少佐がめんどくさがりの司令をいつも通りに諌める。
「そうかぁ。なんかもっと楽な方法があれば良いんだがなぁ⋯⋯ 安全が湯水のごとく確保できたらいいのになぁ」
肩をすくめながらも、鷹揚にへゴンが言った。
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ケークス港にて戦闘がはじまって数時間。
防衛隊の隊員の多くが希望を失い始めた。
まだ、致命的な事態には至っていない。
まだ、敵軍は港を囲んでいるだけ。
ただ、勝負はもう目に見えていた。
*
「──だからっ! なんでこんなに時間がかかっているんだ!」
緊急通話用の魔道具に向かって叫ぶ。
>>落ち着きたまえ! それになんだその口の聞き方は!
「──口の聞き方だとぉ!?」
>>……いいか? 大佐。お前たちがよく戦っているのはこちらも十分わかっている、もう少し頑張れ。こちらも色々ややこしいことになっているのだよ。いいな? とにかくあと数日もすれば軍が動く。
「数日前にも同じことをいっただろうがっ!! 今すぐ動いてくれ! といっているんだ!」
>>私の一存でできるわけないだろう!! とにかくお前が防衛の責任者だ! 仕事をしろ!
「ふざけるな! 仕事をしていないのどっちだ!! もういい!」
へゴンが中央議会の防衛長官との通話用魔道具を乱暴に投げつけた。
通信具が机と壁に勢いよく当たり、角の部分が砕け散って、副官のデレクが溜息をつく。
「へゴン大佐、こりゃ本格的にダメそうですね⋯⋯」
「──ああ。ま、だが少なくとも色々とハッキリとしてきた。問題は⋯⋯」
意外なほどにあっけらかんとした顔でへゴンが返す。まるでさっきまでの憤怒が演技であったかのような早変わりだった。
轟音!
司令室の窓ガラスが魔道砲の弾によって破られ、へゴン自身も吹き飛んだ。
「──ガッ! くっそ!」
「大丈夫ですか、大佐!?」
「──行くぞ!」
強かに壁に体を打ちつけて、自身が動けるか、それだけ確認してへゴンとデレクが外に飛び出す。
「一体どうなってる!? ──ぐ、ついに雪崩込まれたか!」
港に敵兵が入り込み、バーサク状態になった魔獣が放たれた。それらが防衛隊に襲いかかる。
《対魔道砲迎撃ネットが底をつきました!! まずいです!》
《ロシコ隊長が重傷!》
《港湾局長たちが船を勝手に出して逃げ出そうとしています!》
司令をみた隊員たちから報告が飛んでくる。
「敵魔砲部隊を優先、矢弾を喰らわせろ! 火力を削れっ! ロシコはカリーに引き継がせろ! 局長たちは捕縛しろ、逃すな! それと勝手に船を使わせるな! ジェフ通りの魔獣をそのまま奥まで追い込め、火をつけようとしている兵とともに袋小路で逆に焼き殺せ!」
矢継ぎ早に指示を出していく。もはや自分が死んだ時のために引き継ぎ役と、その次の任務まで行っておいた方がいいかもしれないとさえ、へゴンは考えていた。
「さぁて、どうしたもんかな⋯⋯」
「大佐、使いますか?」
デレクが話しかけてきた。
「──ああ、とりあえず緊急事態だしな。一個くらい良いだろう、どっちがいい?」
両手に嵌めた革のグローブの手の甲部分を、見せた。
デレクが眼の前のへゴンの両手の甲を真剣に眺める、黒い革に陽が差して僅かにぼんやりと光っている。
「蒸気と溶岩ですか⋯⋯、とりあえずやっぱ蒸気なんですかね?」
話している最中──
ー司令! 救援です! 救援が来ました!
まったく期待していなかった報告に、二人同時に振り向いた。
この時、へゴン・ロクシュタインは──狐に摘まれたかのような感覚に陥った。
敵軍を見ると、魔道砲部隊の砲手が次々と倒れ伏していく。建物の屋上から凄まじい威力の矢が射出され、次々と敵を屠っていくではないか。仮面をつけた弓士だった。位置を変えながら、上空の猛禽魔獣も打ち落としていく。甲冑ごと貫通する矢は、次に防衛隊を困らせていた敵の手練に狙いを定め、それを射抜き、討ち取った。
それと同時に魔法銃と魔法弓をもった見慣れない部隊が港の中に入り込んで一緒に敵に矢弾を撃ちかけはじめた! 全員かなりの腕前の魔法戦士達で、フリージアの港湾防衛隊でも最精鋭を誇る西ケークス港の司令であるヘゴンをも唸らせるほどの兵たちだった。
「⋯⋯おそらくフリージアの正規軍ではない。⋯⋯だが救援は救援だ」
「──大佐、彼らは大商人貴族の私軍か、急遽雇われた凄腕の傭兵部隊でしょうか」
ヘゴンが言うとデレクがそう答えた。
「──お、あっちにも助っ人が現れたぞ!」
ヘゴンが見た方向、手練の戦士たちがイグナッソの陣に強襲をかけていた。次々と敵の将校が陣から逃げ出していく。
「おいおい、専権隊の奴ら、かなり浮足立ってる。士気が崩壊寸前だぞ⋯⋯」
「──大佐、これ。もしかすると⋯⋯」
そして……
ー奴だ! 奴が現れたぞ! 砂漠の悪夢だ! ネビュラだ!
イグナッソ兵の一人が声を上げた。一斉に厳戒態勢になり、どよめいた。
「⋯⋯おいおい、あれは──」
ヘゴン・ロクシュタインはその光景に魅入られた。
一人の男が、縦横無尽に動き回り、敵兵の指揮官を見つけると、急接近し切り捨てた。誰も止められなかった、誰もがほうけている内に、走り抜け、乱戦の中に入っていき敵を蹴散らす。二丁拳銃で、剣で、メイスで、ライフルで、刻々と敵兵の命を刈り取っていく。
現実ばなれした光景だった。
まるで本物の獅子が人の波の中で駆け回り、次々と敵兵を押しのけ、引きずり倒し、放り投げ、殴殺し、噛み殺していくようだった。
「⋯⋯大佐、あれは⋯⋯ 凄いですね」
デレクが息を呑み、言った。
「──拳銃とライフルはさながら獅子の咆哮。メイスとショートソードが獣爪と牙、そんな感じだな。ケークスの塔の町で活躍した英雄ってのがいるとは聞き及んでいたが⋯⋯ 」
フレンドリーファイアを恐れた兵士は、為す術もなく殺され、友軍を巻き添えにしても武器を振り回したものは周りに止められる前に殺されるか、取り押さえられる間か、後に殺されるか、だった。
「あれは一体なんだ……」
生まれも育ちもケークスであったへゴンもこんな男は見たことがなかった。塔の街には人外とも言えるような実力者はいる。ヘゴン自身も本気で国が、フリージアが、武勇に優れる個人を集めるのなら、その中に徴集されるだろうほどの個であると自覚している。
にも関わらず。単純に驚いてしまった。まさか自分を戦いぶりで驚かせる人間がいるとは⋯⋯
それに……、噂は聞こえてきていた。もし勘違いでないのなら……
トン、と背後で足音がした。
「どもっ、あなたがケークス港防衛隊のへゴン隊長ね? ここの責任者の」
振り返ると、小麦色の肌、淡い緑の瞳。少女のようにあどけない、愛らしい顔立ちのスラッとした女が立っていた。
「──ああ隊長というか、司令だが、まぁ、いい。あんたらは?」
「あたしはミリアム。【イグナッソ殲滅隊】の部隊長の一人。ここを守り通せるかは分かんないけど、加勢しにきた。それと——」
——あれが砂漠の悪夢よ。あたし達のボス。
そういって女は敵陣で暴れる、あの狂獣を指差して笑った。
へゴンもデレクと顔を見合わせて、やはり笑った。
この日ケークス港湾防衛隊司令へゴン・ロクシュタインは生涯にわたって焼きつき忘れることのない英雄の姿を見た。
「──ハハハ、お前ら。俺たちの勝ちだー!」
気がつけばへゴンは叫んでいた。周りの兵士たちもありったけの声で叫んでいた。言葉は事実になった。誰もが本当に勝てるとは思わなかった戦いだった。
この日、西ケークス港、港湾防衛隊400にイグナッソ殲滅隊の救援部隊総勢20名が駆けつけ、6千の専権隊を潰走させ、退けることに成功した。兵力の差は12倍であった。




