15話「カルマとトラウマ」
鎮魂窟の手前で獅子威しのヘリドス隊がキャンプを張り出した。
その間にやつらの斥候が三人、鎮魂屈へと侵入してきた。
仕切っているのはボウガン持ちの兵士。身のこなしが他の二人とはまるで違う。僕が襲撃した時にはいなかったやつだ。
負ける気は全然しない、けど仲間は皆洞窟の置くまで避難させてる。
斥候部隊の侵攻方向。運良くカメレオンの魔物の瘴気の息が手だれの兵士にかかった。反応し、カメレオン魔物にボルトを放った。一瞬、他の兵が声を漏らして動揺したようだったが、そいつが叱責していた。
あいつら…… 結構がっつり瘴気を食らったな。あと数時間は魔力の調子は戻らないだろう。倦怠感と、魔力の調節にだって支障をきたしはじめるぞ。
斥候たちは、カメレオン系魔物しかいないことを確認して入り口に戻って行った。
(……無理しないか、どっちでもいいけど)
予想通り五十人の大所帯でぞろぞろと入ってくることはなかった。そして予想に反してヘリドスが報告を受け取るなり、奴らはさっさと引き返して行った。キャンプを畳むのもはやい。
ーなんだと!?
その光景を見ていたアイゼンが信じられないという具合に言った。
「……ふぅ、流石に慎重ね。伊達に名の知れた傭兵だったわけじゃない」
「ふぅむ、もうちっと。奥まできてくれればなぁ。あのヘリドスとその部隊、まとめて始末してやれたが……」
ミリアムが言ってからピートが続けていって肩をすくめ、わかりやすく落胆していた。
「まぁ、いいよ。入り込んできたところを綺麗に全滅させようなんて、こだわらなくていい」
おう! とピートが言って、皆切り替えた。
*
偵察部隊を編成。連中は農村に戻ったのが確認できたが、それ以外の報告が問題だった。
ー報告します……、村人は犯され、隠し財産などの在処を履かせるためにきつい拷問にあっています。やつら、報告書に書くのが面倒だから、用が済んだら半分以上殺してしまっていいなどと……
「隠し財産? 村にそんなものあるの?」
ーいいえ、おそらくほんのわずかな非常用の蓄えや財産を小銭稼ぎのために奪っているだけでしょう。
ー村人たちが、……殺されている!! このまま捨ておけるわけが無いっ! お館様!
アイゼンが激昂し、俺を見る。
みんなが俺の方を向いていて、どうするのか、問われていた。
「……僕が見にいく」
本当は別に、さっさと殺しにいってもよかった。でも、感情的になってすぐさま皆で飛び出すような組織にしてはいけない。そうなったら本当にここでは生き延びれない。そう思ったんだ。
@@@
──夜。ヘリドス隊の占拠する農村。
報告通り、村人たちはひどい扱いを受けていた。既に凶行は終わって、夜は兵士たちが村人を犯しているだけだが、村の隅の方には、体が欠損した村人が犬のように首輪や足かせと共に繋がれて隔離されていた。
そのうちの一人。首輪をかけられた少女に近づく。
8歳くらいか。痣だらけ、片腕がない。
「…………」
無言で縄を切り、首輪を壊した。
(お兄ちゃん……、あの時の……)
小声でそう言われた。あの時、ヘリドスを襲撃したのを見ていたのかもしれない。
(生きる気はあるよね?)
(……うん、たぶん)
(じゃあ、僕のところへおいで)
他の人達も皆頷いた。20名ほどだった。まず彼らを、鎮魂屈まで届ける。
どんなに力持ちでも、全員を担いではいけない。
速度を合わせて、連れ帰った。
@@@
鎮魂窟に帰還し、少女たちを治療所に連れていった。
アルマとミリアムに事情を説明、彼らも殲滅隊に加わる旨を伝える。
「……他の村人たちはどうするの?」
ミリアムが真剣な表情で言った。
「……改めて解放して、その後選ばせる」
「……私たちに協力しなかったら?」
「──別に。どうでもいい。僕らもそれを選んだ人に対して優先順位を下げるだけだよ」
「……そう。ヘリドスの村へはいつ攻め込むの?」
「──すぐにでも行くべきです!」
ミリアムが問うと、アイゼンが声を張り上げて言った。
「……そうだね。もう行こう。明日まで待つ必要はない」
@@@
──農村の集会所。
獅子威しのヘリドスが大きな身を縮こませて、股を両手で覆い、摩るようにして痛みに耐えていた。今この姿を見れば、なんと情けない姿かと部下に思われるだろう。しかしヘリドスにとってはそんな事は些細なことだった。
痛みよりも恐怖の方が大きかったからだ。恐怖に震え、少女のように己の肩を抱きしめて身を小さくする、それは逸物を失ったヘリドス自身にも皮肉的なことに思えた。それでも怖い、ヘリドスはあれが怖くて仕方なかった。
「ヘリドス様っ! 逃げようとしたものを捕まえました!」
「……よし、殺しておけ」
外に繋いでいた使えない怪我人達が姿を消した。どうにかして、一斉に姿をくらましたのだ。
誰かが主導してどこかへと逃げたのだろうが。どうせ遠くまでは行けまい、放っておいてもこの砂漠で野垂れ死ぬだけだろう。皆にはそういった。そう言ったが、そうは思ってなかった。
あいつが、あいつが来て連れて行ったのだと。何故かそんな考えが頭にしきりに湧いてきて、震えが止まらなかった。
ヘリドスは顔を青ざめさせ、痛みに耐えることしかできない。自分の自慢の逸物が無い! 回復不能なほどに汚く切られた! ヘリドスは泣きそうだった。そして、無限のごとく湧いてくる怒りにどうすればいいか、わからなかった。占拠した村を確認しに来る部隊が時期にやってくる、それまでは逃げてはならない。戦争中の敵前逃亡とみなされる、そしてそれをやれば…… 恐ろしい拷問と共に己は処刑されることになるだろう。逃げる選択肢はなかった。
しかし、あれに捕まるのも嫌だ。
魂の芯から恐怖した。魂が凍てついた。砕かれた。
あの男に。突然やってきた男。集会所にて村人を犯している時に──
もう己の中に勇気も、ましてや蛮勇すら湧くことはないと、理解してしまったのだ。
あの男の瞳を見たときに……
__確かに無防備だった。しかし万全の状態でも勝てないとはっきりとわかっている。完全なる格上の戦士であり、長い傭兵時代にてヘリドスはこのようなものとは3度会ったことがある。
3回とも、全て大人しく降参して事なきを得た。一人には殺されそうになった。それは今でもトラウマとなってヘリドスの魂、奥深くまでに刻まれていた。稀に世界にはいるのだ。絶対的な存在というのが。
ヘリドスの心はすでに、その時壊れていたのだ。
傭兵は14歳から始めた。初陣で背後から奇襲をかけて古参の傭兵の首を取った。初陣で、女を無理やり手籠めにした。褒められた、誇らしかった、敵対したものを殺し、汚し、それを徹底してやればやるほど認められた。そういうのは好きだった。得意で、弱者をいたぶり、お人好しで強者であったなら、裏切って不意打ちをして殺した。愉快だった。
そして大小合わせて60以上の戦場で己の手を血に染めた。二十年もそんな日々を送ってきた。そんなヘリドスでも恐ろしくて仕方のないものはある。
幽霊とカルマ、そして稀に遭遇した、あれのような存在たち。
怪物を宿しているもの達。姿こそ人間であっても、とても人間とは思えないようなもの達。
ヘリドスは心の中で【半神】と呼んでいた。どれほど適性があろうが、体躯に恵まれようとも、敵うことのない化け物。人間でありながら災害であるもの。
どうすればいい? どうすれば、俺は助かる。それだけがこの巨漢の小さな脳みそを占拠していた。
窮地に立たされたヘリドスの目が奴隷のように扱っていた村人たちに向いた。
「……撤退が許されるはずもないなら…… 大規模な攻勢をしかけられたことにするか……」
つぶやくや否や、ヘリドスの行動は早かった。
あいつが、やつが来るまえに。さっさとこの地を離れよう。この場所で一晩過ごすなど耐えられない! あれが来ない場所まで逃げるのだ。
貴様らぁっ、虐殺の準備をしろ! 村に火をつけろ! 一人も生かしておくな! 俺たちは千以上の軍に襲撃されて、奮戦虚しく撤退する! わかったなっ!




