14話「ネビュラの伝説」
──鎮魂窟地下2階層。
炎の馬が弱ってきていた。
筋肉の塊のような、イギリスのシャイア馬のような巨馬。
中距離から矢を放つスティングに苛立ったように突進。
盾を構えピートが横からタックルして、姿勢を崩しにいく。
馬と共に転がり倒れた。
隙をついて、跳躍し、両手でメイスを天から落とした。
守護魔物が崩れ落ちた。
はぁ、はぁ、はぁ……
10秒ほど。
互いの、この場にいた男たちの乱れる呼吸を整えようとする息を音だけが残った。
*
「……倒した」
「ああ! 倒した!」
僕がつぶやくとピートが大声で続けるように言った。
「かなりの…… 守護だった……」
スティングが続けた。壁際にへたり込んで背を預けている。
二人も守護と戦ったことあるんだな。
「──? 旦那?」
右目を手で塞いで、炎の馬を凝視する僕にピートが困惑したような声を上げた。
「気にしないで……」
左目で喰らうと、いつもと違う現象が起きた。
光の奔流が馬の亡骸から湧き起こり、僕の中に入ってくる。
「……手を!」
その瞬間に思いついたことを実行。
半分ほど僕に流れ込んだときに、残りの光をピートとスティングに渡した。
《炎魔の力》
・ピート、炎耐性、獲得
・スティング、発火の能力、獲得
そして僕は《炎魔》を獲得。炎魔法系の能力ぽい、スティングが得た発火の上位互換かも。
炎魔、と念じると腕が炎に包まれた。自分次第で炎の激しさも操作できる。炎弾として放つこともできたし、自分の武器にも他者の武器にも炎を付与できた。スティングの発火との大きな違いは、スティングは発火までで終わる。僕の炎は、いつ消えるのかを僕が決めれる。
「……地下2階層を制圧だ」
「ああ、幸先が良いな旦那。これで内部変動がより安全になる」
「そうなの?」
「守護を倒すと、そうなる」
「なんで?」
「守護がヌシなんだ、ヌシを倒したらその土地のヌシは交代だ。そして土地はヌシを優遇する」
「そうなんだ。ピートが倒したときも?」
「ああ、昔俺がヌシをやったときも少なくとも、内部変動やフィールド、俺が傷ついている時、威嚇してるときは魔物もこちらを積極的に襲わないし、安全度がかなり上がった」
スティングも横で頷いていた。
「さぁっ! 帰って酒盛りといこうやっ、旦那!」
ピートが大きな野太い声で洞窟に勝利宣言でもするかのように言った。
@@@
あとで持ち帰った馬の亡骸から核がとれた、という報告があった。
「──ネビュラ。この核で使い魔が作れる」
報告を聞いたとき一緒にいたミリアムが言った。
「核って?」
「魔物から獲れたりするんだよ、結晶みたいなのが。上質なものになると使い魔の作る際の触媒になるの」
「へぇ、どうやって作るの?」
「これは結構みんなやり方が違うんだよね。私は師匠に教わったやり方しかしらないけど……まずは素体を用意して、それと前契約して、そのあと触媒との相性に、使役者との相性を確かめて、本契約と使い魔化の儀式が上手くいけば使い魔になるって感じかな」
「契約はどう結ぶの?」
「対象の了承が必要だね、強要するやつもいるけどオススメしない。可哀想だし、効率が最悪になるし、契約切れたら呪われるかもね。でもそんな奴は呪われた方がいいけどね!」
「その口ぶりだと、呪われないで酷いことをする奴もいるって感じ? 相手って素体となる生物?」
「まぁね、世界は正義で出来てないもん。そうそう、核だけじゃ使い魔はできない。核を受け入れて使い魔になってもいい生物が見つかったら、だね」
ふーん、まだまだ先になりそうだ。
条件が多すぎるし、期待しないでおこう。
それよりも気になるのは2階層まで領土に組み込むと、左目で見ている視界に変化があったこと。
よりはっきりと洞窟のマナが自分に属しているのがいて取れるようになった。おそらく洞窟内の迷宮の変化もある程度干渉できる。それと同時に自分たちの縄張りに霧が現れるようになったことも気になる。
視界が悪くなるだけだから、放っておいてもいいけど。
ちょっとダンジョンマスターみたいになってきたな。
鎮魂窟では戦闘要員の訓練も始めるつもりだった。
ただし、この洞窟はいつ入り口が閉まるかわからない。それがここが放置されていた理由。昔ここを調査し人たちも基本的に塔ほどの旨味もないし、危険で、資源が少ない場所としか認識してなかったという。
隠れ家としては悪くはない。
イグナッソが数万もいるなら、まともに戦うことは出来ない。
フリージア都市連合が軍を動かすまでは、隠れているべきだろうが、それで全て解決するとも思えない。専権隊はただのテロ集団じゃない、帝国の手厚い後ろ盾がある組織だ。勝算なくしてここまで目立つやり方を選ぶはずもない。
帝国自体が、フリージアと戦争するのか?
この世界の、大陸諸国なんてまるで知らないんだ、国際情勢なんて、アイゼンやピートから聞きかじっているだけ。
ここら辺は僕たちにも、モロに関わることだし、もっと情報収集するべきか。
何もしらないだらけで、少し気まずいけど。外に偵察に出ているアイゼンたちが戻ってきたらミーティングを開こう。
天井の巨大な亀裂からの照明が、太陽から月の灯りに変わった時。
アイゼン隊が帰還。
部隊はちょっとした食料や、金目の物、貴金属に魔道具まで持ち帰ってきてくれた。
ただし悪いニュース二つもついてきた。
*
鎮魂窟を根城にしてから、三日目。
大きな地鳴りの音と共に壁、通路、亀裂に坂、洞窟内が生きているように動く。
ー塔内変化だ! 塔内変化のようなことが起きてるっ!
殲滅隊のメンバーが声を上げる。
「ネビュラの旦那っ! 安全な居場所を予想しつつ、これがひと段落するまで、動いていかなきゃならねぇ!」
ピートが言ってきて、それにうなづいた。
大地震のような揺れが続く。
巨人が寝返りでもしているのかと思うほど激しかった。
スティングとミリアムが次に皆で移動するべきエリアを見定めるために走り回る。僕も左目を使って、安全そうな場所、止まってはいけない場所の違いを観察し、必死に覚えることだけで精一杯だった。
一人、重傷を負った。転がってきた瓦礫に足を潰されたのだ。
負傷者はタイミングを見つつ、回復術師のアイラが面倒を見た。完全な治療は難しくても男は足を失わずには済んだ。走れるようにはならなかった。
僕とスティング、そしてミリアムという看破に優れたメンツで集団を誘導し、朝になる前には全員がそれぞれの役割を認識し、ここを住処とする一つの生き物のように動き始めていた。
このダンジョンの模様替えは週に1回から2回は起きることになる。
僕達は生き延びるために付き合わなければいけなかった。
それは約束された災害以外の何物でもなくて、みんな必死だった。
──翌日。
鎮魂窟の新しい内部マッピングも順調に進み、戦闘訓練も一息ついたところ。
外にでていたスティング隊が血相を変えて戻ってきた。
残党狩りが、こちらへ向かっている。
という報告だった。
鎮魂窟から徒歩2時間ほどの農村が新たに占領され、その占領部隊が鎮魂窟を目指して動き出したのをスティングが察知した。
急遽会議を開き、ダンジョン内で迎え撃つことに決定。ダンジョン外でもいいが、今回は一人も敵を逃すつもりはなかった。
*
ー数は……、48。指揮官は……、あの重装の騎士。あれは手だれの匂いがする……
スティングがぼそぼそと、しかし横の僕に聞こえるように呟く。もしかしたら話しかけられているのかもしれないが、この男の場合はどちらなのかわかりづらい。
「他に、注意するべきはなにかあるか?」
望遠鏡でスティングが見ている方を覗き見る。
鎮魂屈の付近の丘から敵を見てるけど、二日前に僕があそこを切り刻んだ巨漢の兵士が部下を率いてやってきたみたいだった。
「あの、大きいやつが指揮官でいいんだよね?」
「……はい、お頭……二人、ボウガンを持った兵士たち。それがあの巨漢の指揮官の脇を固めてる、あれも猛者かと……」
話しかけると、返してくれた。
そしてその二人を望遠鏡越しに覗き、納得した。
「旦那、俺も同感だな」
ピートもスティングと同意見。まるでタイプは違うが、気の合う二人だった。
つづいて左目で、50人の部隊を観察。
生き物を左目の視界だけに収めると、様々なものが見えた。
魔力の濃さ、流れ、細胞が内包できる魔力量の違い、存在の発達具合のようなもの。
大体総合的に見ればレベルに近いものになる。
部隊のやや後方を歩くあの巨漢の指揮官はピートに近い体躯。
そして左目の怪物による観察結果は……
スティングのいう通りだった。
指揮官の戦士は、レベル14はある。スティングくらいだ。そしてその横のボウガンの戦士二人、こいつらがレベル12。他の連中は大体レベル3程度。あの三人とは結構な開きがあった。
「獅子脅しのヘリドス……」
ミリアムが言った。
「……獅子脅し?」
聞き慣れない言葉だった。
「昔有名だった傭兵……、すごく悪いやつだって……、でも専権隊にはいってたなんて……」
緊張したようにミリアムが言った。
「二つ名持ちのやつは強いのか?」
「そうだね。そもそも二つ名で呼ばれるには…… とんでもない活躍をしたか、それとも、とんでもない悪事をしたか。そのどちらかじゃないと普通はつかないわね」
「……そっか。この前、あいつらを襲ったんだ。今回は復讐に来たんだと思う」
「え? アイゼンが言ってたやつ? あの…… 切り刻んでから、脅して帰ったって」
「うん。また行こうとは思ってたけど、あっちから来たみたい……」
「なるほどね。まだ奴らはこちらに気づいていない。敵戦力は見れた。もう、帰ろう」
ミリアムは最初険しい顔をしてたけど、考え直したらしくあっけらかんと言った。
「──うん、むしろ行く手間が省けた」
このときの自分の瞳はひどく濁っていたと思う。
仮眠を取ると、頭の弱い獲物をよだれを滴らせ歓迎するように、海の底で口を開こうとしている巨大な海竜の夢を見た。




