13話「ティモシーの偵察・炎の馬」
──ケークス郊外の農村。
偵察。
アイゼンから連れられて、向かった農村についたのは──
頭上の太陽が頂点に達し、これから降りようと準備を始めたあたりだった。
農村の裏手にある岩山から双眼鏡で覗くと、凄まじい光景がそこにあった。
磔にされた村人たち。
並べられた遺体の顔には杭のように丸太が埋め込まれていた。
巨漢の兵士が広場にいて、ふんぞり返っている。
何やら周囲に怒鳴っていた。赤ら顔で、痰のように濁った瞳、この世の全てに不満を持っているかのような表情。
心が冷めていく感覚の中にいた。嫌悪感が湧いても不思議ではない兵士になのか、それともイグナッソの兵士を見ただけで、暗い気持ちになるのか、自分では判断がつかなかった。
村に侵入し、民家の影に隠れて様子を伺う。
ーおぉう! もっと持ってこい!
死体がつるされている広場にて、巨漢の兵士が酒瓶片手に、もう片手には先端を尖らせた丸太を掴んでいた。
巨大な杭みたいだった。
泣き叫ぶ男女が連れてこられ、女の方に問いかける。
ーこの女器量良しでいいなぁ。どうせ犯しても面倒臭いから殺さなきゃならんし、どうするか。
野太い声で赤ら顔が言うと、女が「ひぃ!」と声を上げた。
ーいいことを思いついたぞぉ、女。お前は命乞いをしろ。お前の男をこのナイフで刺し、その後は俺の前で踊れ!犬みたいになぁ!
赤ら顔は一層嗜虐的な目つきになり、女に大声で命令する。
男は絶望したような表情になり、女は「いやです。いやです」と首を横に振る。
赤ら顔は斧を持って、女に近寄って「頭をこれで破られたくなければさっさとしろ!」
と怒鳴りつけた。
女が泣き出すと、髪の毛を掴んで突き飛ばした。
「貴様のせいだぞ!」
大声でそう言って、配下に合図すると男がレンガ作りの壁につれていかれる。
男がやめてくれ、と懇願する。
ーそぉれ!
グシャッ!
男は顔面を丸太の槍で貫かれて絶命した。手下の兵士どもが下卑た笑い声をあげた。
ー吊るしておけい!
憔悴しきったような村の少年少女とともに集会所へ戻って行った。おそらくあの年端もいかぬ少年や少女があいつの相手にされているのだろう。そして逆らえば……
ああされるのか。
「……あれが、イグナッソです。ネビュラ様」
「…………」
アイゼンが言う。神妙な顔をしてるけど、その実、何を考えているかはわからなかった。ほら、だから皆殺しにすべきでしょ? と次の瞬間には言い出しそうだったし、僕もそれに同意してしまいだった。
「奴らは裏切り者と、同じ獣です、殺して回らなければ、駆除してやらねば、永遠にあのような蛮行を働くのです……」
「……僕は人は皆、大して変わらないと思うけどな」
「ぷはっ、ではあの男と我らが近いとでも?」
愉快そうに吹き出しながら、アイゼンが言った。
「……そういうわけじゃないよ。でもあの男に似たものも平和な人生を送ることもあるだろ」
「……それは、まるで別の個人の話ですね」
「──イグナッソもまるで別の個人の集まりだ」
アイゼンが鋭い瞳で、こちらを見てきた。昔の僕だったら視線をそらしたかもしれないけど、受け止めた。
アイゼンの瞳は感情を殺すのが、恐ろしくうまいような瞳だった。
「……はて。イグナッソを殲滅するのが、我々だったと思っていたのですが」
「──それで、あっているよ。ただ個人的な事実と思うことを言っただけ」
「……これより先は、その事実をあまり口に出さずにいてもらえますか? 人の心が揺れますゆえ」
「──いや、僕の好きにする」
「……はい」
最後はアイゼンが頭を下げて終わった。
密室でもないのに、酸欠になりそうな空気だった。
復讐は変わらずにやる。燃え上がった炎はまるで消えていないんだから。
でも僕は、……元いた世界ではこんな光景は見たことがなかった。ただのアニオタだったし。
世界の裏側ではこんなこともあったのかも知れないけれど、自分の暮らしている世界ではありえない光景だった。僕はギャングでもテロリストでも、殺し屋でもなかった。それなりに治安が約束された国から、さらに約束された国で母国語を教えて、そこで不満を抱え、鬱屈としていた男だ。人に教えるのは嫌いではないけどね。
不満の種は自分の可能性を潰して、時間を無駄にしているような感覚だったと思う。夢に描いた人生にはならずとも、もう少しマシなことが勝手に起こると思ってた。そしてならなかった。そんな、それだけの男だ。
あの赤ら顔のような、上背も2m10cmはあるような怪力の男。こんな暴力の化身のようなやつとは相対したことなんてない。あの撤退戦ではあるかもしれないけど。戦った中でこんなにも胸糞の悪いやつはいなかった。
要は何が言いたいのかって、この左目に潜む怪物が言っている気がしているんだ。恐ろしいことを。
《殺せ。力を使え。同じ目に合わせてやれ。力の理だ、お前が一番強い、100倍にして返せ。そいつの魂まで壊せ、恐怖で、二度と生まれ変わりたくないと思うまで……、魂まで滅して……》
闘志、暴虐、憤怒、苛立ち、快楽が、一緒くたになって内から湧き上がってきていた。
左目の中の怪魚が、こいつらをどのようにして殺すか、算段をつけ始めているのを感じていた。
「……同感だけど」
一度、鎮魂窟に帰還しよう。
飲み込まれたくないんだ、そういう衝動に。
「でも、その前に……」
「……ネビュラ様?」
集会所のドアを蹴り破って、中に入った。
「……チィッ!」
アイゼンが舌打ちする。なにも言わなかったからだろう。それでも彼もついてきた。
ーなにものだぁっ!
少女の首を絞め、腰を振っている赤ら顔の元へ突入。
背中を斬りつけるとフルチンで向かってきた。
ショートソードでXXごとXXと共に切りつけ細切れにし、顔面に思い切り拳を入れて、吹き飛ばした。
ーがっ、ぎゃぁぁぁ! おれさまのぉっ! いやぁぁぁ!
赤ら顔は少女のような甲高い悲鳴をあげて、泡を吹いて失神した。
「チッ、チッ! 散っ!」
近くにいた、兵士たちをアイゼンが鋭い、独特の掛け声とともに斬り伏せていく。
少年少女たちに、俺の元へ来るかと告げる。
その場にいたものと、広場にいたものたちが外についてきた。
ーてめぇら! 生きて帰れるとおもうなっ!
手下が邪魔しようと武器を手に持ち迫ってくる。
最初に威勢よく声を上げたものにナイフを投擲。
額にナイフが吸い込まれるように命中し、絶命した。
その周りの三人の兵士も殺し、さらにアイゼンがすぐさま3人斬り伏せると、もう誰も僕たちを止めようとはしなかった。
「お前らのボスは集会所で竿と玉を切り刻まれ、殴られ、失神している」
ーな、なにいってやがる! てめぇ、こんなことしてタダで済むと……
「……またここに来る。お前たちを今日よりも、もっと、もっと、恐ろしい目に合わせるためにやってに来る。楽しみに待ってろ」
気がつけばそんなことを口走っていた。まるでなにかに憑依されたみたいに。
兵士たちはガタガタと震えて、口を魚のようにパクパクとさせるだけだった。
「……素晴らしいアイデアです、ネビュラ様」
横を見ると、アイゼンが狂気の笑みを浮かべていた。
別になにも復讐するつもりなんて考えてもなかった。なぜそんな言葉が口から出てきたのかもわからない。
たぶん、こいつらに殺された人たちの恐怖を、すこしでも感じさせてやりたかったんだと思う。
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──鎮魂窟 偵察の翌日。
地下にはカメレオンのような魔物がいた。
舌を伸ばして、魔力を傷つけるような瘴気を塗りつけてくる魔物で、致命傷にはならないものの厄介極まりなかった。
このカメレオンが歩いたところにも、また瘴気を液体化したような粘着質なスライムが残っているのも最悪だった。
ここでスティングが大活躍した。犬ほどのカメレオンの魔物は擬態能力まであって、かなり見つけづらい。
しかも奴の射程距離まで気づかずに近づくと瘴気の液体まみれの舌を伸ばしてくる。
スティングはカメレオンの擬態を難なく看破していき、矢で沈めていった。
「……すごい、どうやってるの?」
「……お頭、おれは……看破の、力があるから……」
そう言うスティングの仮面の奥の瞳の色が変化しているのが見えた。
看破する瞳というスキルを持っているらしいことが後にわかった。
またピートの大斧や槌の破壊力は凄まじく、タンクとしてもアタッカーとしても理想そのものってかんじだった。
ピートが苦手とするような搦手を使う敵は、大体スティングが得意でそれをそつなく始末してくれた。
(……ちょっと待て、僕も相当強いはずなんだけど、この二人って、もしかして超すごい?)
後で聞くとふたりとも【タワーウォーカー】だった。
ピートは本業は修道騎士だけど、塔探索も長年やってて、最高クラスにまで至っていたらしい。
スティングはまんま本業の塔探索者で、ケークスでも3人しかいないタワーウォーカーの一人。といっても、地元はケークスじゃないらしいけど。恋人に浮気されて、傷心で旅して渡り歩いてる最中に、子供の頃過ごしたケークスに住み着いて数年経った所だったって。なんか災難に次ぐ災難だな。
地下はカメレオン以外にもまとわりつこうとするスライムに、二足歩行のザリガニとクワガタを足したような魔物。これは人間の子供ほどの大きさだけど、すばしっこくて、さらに全身を覆う外骨格は剣が通らないほど硬かった。この魔物はピートが大槌で甲殻ごと砕いて倒していった。僕はメイスでどうにかした。
ライフルでも一応貫通できた。
スティングは持っている弓の張力では心許ないといって、今度この魔物の甲殻を貫通するための弓の素材も作りたいと進言してきた。それとメイスか槌を今度は持ってきます。って……
……え? 「相性悪いですねぇ、まぁ弓使いなんで」で終わりじゃなくて、どうにかできるの?
というのが素直な感想で……
この人、まじで頼りになるわ…… と内心思った。
ピートはスティングをかなり信頼しているようだったけど。
この狩人をピートが気に入る理由が僕にも実感できてきていた。最初からタワーウォーカー同士だって知ってたのかと聞いたら、知らなかったらしい。一流は一流を知る。紳士は紳士を知るみたいな、何かがあるのかもしれなかった。
タワーウォーカー:塔探索者の最高到達点であり、名誉の称号。塔歩き人。
「ねぇ、タワーウォーカーって、なるの難しいの?」
「んん? 旦那興味があるのか? 別に旦那の力ならなれるぞ、すぐにな」
「そうなの? 時間はどのくらいかかる?」
「いやぁ、そういうのは忘れちまったな。規則の話だしな、狩人! おめぇさん、わかるか?」
「……ん、3ヶ月から5ヶ月が最速。……でもあの街のギルドは……」
「──ギルドは?」
「……結構気分で運営されてた印象…… だから読めない……」
「そういうのにムラがあったってこと?」
「……ん、はい。……フリージアのギルドは ……結構緩めでした」
「な、なるほど」
死人に呆れたくはないけど,……あいつらなら有り得そうだと思ってしまった。
懐かしいな。サット、受付嬢、解体屋に、サットと仲悪かったやつとかも。
マオマオまで浮かんできたところで、頭を切り替えた。
スティングにサポートをお願いして、探索を進めていく。二人の最高ランクの塔探索者がついてくれていると思うと、一気に気が楽になって、足取りも軽くなった。
スティングは魔物が近づいてくればいち早く察知して、矢を放ち仕留める。
ピートと僕で硬い敵を相手にしている時も、周囲の警戒をしつつ、時折甲殻の薄い部分などを狙って、敵の力を削るように立ち回ってくれる。
そして危なっかしいところが殆どない。支援に徹してくれるし、スティングは無傷でいてくれる上に何でもサポートしてくれる。
このスティングという人……
かなりの逸材だ。なんか夢の部下。ドリーム部下を手に入れてしまった感がある。
ピートも相当な戦士だけど、とにかく痒いところに手が届く。
この人が脇を固めててくれれば、なんでも順調に回るかんじ。いやピートも凄いけどね。
なんか既に勝ったような気持ちになってしまう。「こいつらがいれば、わしゃ無敵じゃい!」虚空を睨みつけて言いそうになった。やばいやつだと思われないように、黙っておく。
とりあえず、キリのいいところまで探索してその日は帰還した。
*
1階を完全に縄張りとする頃には、安全な場所や、迷宮が変化しても変わらない場所のパターンがすぐに判明し出した。
ミリアムによれば、儀式を行い、土地神がこの地の代理の支配者として認めれば、より効率よく統治できると言うのでそれもいずれ試すつもりだ。
地下2階層の探索は順調に進んだ。
時折、左目で魔物を食らい、更に力を増した。
スティングやピートは人間離れした強さではあったけど、人間離れしていると言う意味では僕も、彼らを驚かせた
僕の膂力はピートを上回る時があったし、実際はピートが三人いても綱引きで勝てるかもしれない。今は隠しているし、試していないけど。
スティングの弓や、看破の力も同等以上にある。難なく銃弾を摘めるほどの反応と身体能力、垂直とびで8mは楽に飛ぶ脚力。防具込みで。50キロある鉄塊も手持ち武器にして振り回すことも可能。切れ味良ければいいので、必要ないけど。
メイスで、ザリガニ小人の頭を一撃で粉砕し、同じ呼吸でスライムの中心にある核を拳銃で撃ち抜く。ナイフに魔力を通し、魔力切り裂く刃に変えそれを投擲し、柱に張り付いている擬態カメレオン魔物を仕留めて、魔力の糸をたぐり、手元に戻す。
「……旦那。あんた本当に人間か? 武勇のほまれ高い個人の知り合いは多い方だが、……どうにも俺はあんたを恐ろしく思う」
顔を引き攣らせながらピートが言った。
「お頭は、すごく強い……、あの時も敵兵を ……何百人も」
スティングが続けて言った。
「まぁ……。あまり気にしないで」
そんな目を泳がせつつも、褒めてくれるタワーウォーカーの二人と探索していると、地下2階層最奥の間にたどり着いた。
「……旦那、着きましたぜ」
「守護…… の気配……」
最奥には──真っ赤に白熱する馬の魔物がいた。
タワーウォーカーの二人はこのような魔物を守護と呼んでいた。
激しい火を纏い放つ魔物で、地面を不安定にする力も有していた。
激しく暴れ回るそれをピートが押さえ込むように、正面から打ち合い、弾き飛ばされては戻ってきて、大斧を振るっって戦った。
スティングが矢を放ち、突進されれば刺突剣で返し、炎の馬の命を削った。
双方ともに、無理せずに立ち回るように指示する。必要ないかもだけど。
馬が離れれば銃を撃ち、近づいてくればメイスとショートソードで傷を負わせた。燃える馬はあの獅子を彷彿とさせるほどの魔物だった。スティングや、ピートが撤退するか、どうするか。
僕をうかがうほど。
「……大丈夫、勝てる」
「おうし!」
「……まぁ ……そう、…かも」
戦いは続行。
途中。突如、右腕が身勝手に動いた。恐ろしい膂力でメイスを振い馬を殴打した。自分の腕の肌の一部が、一瞬、力が倍増したような。一撃で馬の骨を砕いた。
実際、突然暴れるようにして四肢が動いた時、それによる攻撃を喰らうと馬は大きな悲鳴をあげた。楽しくて仕方なかった。もっと悲鳴を上げろ。もっと僕と戦ってみろ。
もっと僕の四肢に暴れてしまえと、そう命じていた。いつの間にか──
──お前も僕の贄となれ。
そう炎の馬に念じながら戦っている自分がいた。
そんな自分に気がついた時、少しだけアイゼンを思い出した。




