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11話「決死の戦い。ティモシー、落ち延びる」


 マオマオが避難する市民に逃げる方向を必死に指示している。


「──おい、マオマオっ! みんなを逃してる場合じゃないっ! 早くこっちにこいって!」


 ーテモシーッ! マオ! ちょっと待って! マオっ! みんな、早くこっちにきてぇー! 


「──マオマオっ! 早く来いっ! お前のいる場所のほうが──」


 説得している場合じゃない、群衆をかき分けてマオマオの場所まで一直線に駆ける。


 ーテモシー! 僕は大丈夫だから、あ! マオっ! あ……


 騎乗魔物の竜と鳥が混ざったようなものがマオマオの肩から上に噛みついた。


「──うわぁぁぁぁ!! こっち来いっていっただろ! 散々叫んだのに無視して! ふざけんな! ふざけんな!」


「死ね! 死ね、死ね、死ね! お前ら全員死ねっって!」


 竜鳥の頭部を殴りつける、頭がひしゃげた竜鳥の口からマオマオの上半身を奪い返して、口にライフルを突っ込んで頭を吹き飛ばした。


「おい、マオマオっ!……あ」


 絶命していた。


 マオマオが死んでいた。あっけなく、全く知らない世界に来てからずっと世話してくれていた。


 とんでもなく性格の良い商人。すぐに意気投合して友達になった犬だぬき。


 今日誕生日なのに。前は命を助けられたのに。


「生きてててくれよ。ふざけんなよ。このやろう、僕が、また命を救ってやるところだろ!」


「お前の命は高いんじゃなかったのかよっ!」


 頭痛が酷くなる。


 鼻の奥が熱くなって、手の甲で拭うと血が出ていた。

 頭痛の締め付けるような痛みに連動するように左目が熱くなる。


 雪崩れ込んでくる謎の兵士や魔物たちの数は増え続けていた。路地から、大通りの方から。


「お前らはなんだ! なんなんだよっ!」


 近くにいた兵士から順に殺した。


 剣で首を刎ね、喉元で銃をぶっ放して、メイスで兜の上から頭を叩き潰して回った。塔の上階の魔物よりもこいつらはずっと弱かった。


 腕を一振りすれば鎧の上から体を潰した。


 マオマオを殺したのと同じ竜鳥類も視界に入り次第、殺しにいった。やがて避難民を守るように後退しながら戦った。戦うたびに人間や魔物を贄として左目にやった。

 

 その度に頭痛がひどくなったけれど、無視した。


 数えきれないほど、倒したと思う。

 

 弾薬が尽きて、たまたま持っていたやつのを借りた。戦闘途中、ナイフを投擲し、魔力の紐で戻って来させる術を覚えた。敵を倒しても倒しても脇道から、民家の屋根から、魔物や、矢弾が襲いかかった。


 矢が30本くらいゴワゴワのコートに刺さっていたと思う。


 共に戦う奴らも増えていった。


 最終的に百五十人以上の戦闘要員が集まっていたと思う。かなりの手だれが敵方に何人か現れたが、それでも割と簡単に殺せた。


 そいつらを殺すと敵の士気が低くなり、慎重になった。


 最後は覚えていない。


 いきなり意識が切断されたかのように切れてブラックアウトした。


 消して消えない憤怒の炎だけが、いつまでもいつまでも残っていた。


(皆、そしてマオマオ。必ず、絶対に。こいつらを、みんなやっつけてやるから⋯⋯)


 @@



 みんな死んだ。


 あの嫌味なギルドの受付嬢も、サットや他の知り合いになり始めた探索者たちも。


 唯一の友達だったマオマオも⋯⋯


 マオマオの叫び声と泣き顔が見えた。


 夕焼けの中、火がついた街。煙が昇り、太陽の日差しと、火事の炎から出る熱線が、火傷のような痛みを肌に与えてくる。


 敵兵の死と逃げ惑う市民たちの悲鳴。


 見たくないイメージが代わる代わる目まぐるしく脳裏に浮かんでくる。


「──##@#$!!」


 言葉にもなっていない声を上げて、飛び起きた。


 冷や汗で背中がぐっしょりと濡れていた。


「⋯⋯夢か」


 夢から覚めただけか。


 ひんやりとした空気。次に水の音。一定のリズムで流れているようだった。


「お目覚めになりましたか!?」


「シっ! 大きな声出さないのっ!」


 二人の人間の声。


 男の声と、それを咎めるように女の声が続いた。


「私はアイゼン。アイゼン・ジルベルト。よろしくお願いします」


「わたしは、ミリアム。ミリアム・ミリオーネ。よろしくね」


 二人が言った。



 白髪の男、アイゼン・ジルベルト。


 騎士のような空気。無骨な剣を腰に差している。腕に覚えがあるものなのは一目で分かった。そして……、そうだ、この男は、あの時……、一緒に戦っていたんだ。


 少しずつ思い出してきた。頭が痛むけど。


 部下と共に増援に来た男だった。ケークスの防衛隊の隊長か何かだと思う。敵の手だれを何人も、たった一人で片付けていた腕利きの剣士。


 あの時共に戦っていたものの中では目立っていた。

 

 女のほうは、後方支援をしてくれてた魔法戦士。


 ミリアム。


 この子も一際目立っていた。少女と言っても良さそうな顔立ち。背が高いわけではないがスラっとしていて、よく日に焼けた肌、明るい緑の瞳に明るい茶髪。身のこなしがずば抜けていて、軽業師かと思うほどだったが、杖と魔法、弓を使いこなしていた。それと使い魔を使役していたのを覚えている。


 あれから、……何があったんだっけ。


 気を失って、そうか。彼らが助けてくれたのか⋯⋯


 今は、どこだ。


 えーと、洞窟の中だ。

 

 だめだ、まだ意識がはっきりとしない。

 

 ズキリと頭が痛んだ。


「……ここは?」


 なんとか声に出して聞くと__


 二人が説明してくれた。



 ここは「鎮魂窟」と呼ばれる広大な洞窟で、ケークスから数日の場所にあるらしい。塔に似た性質を持っていて、迷宮のように内部が変化するという。


 「塔にあるような転移門はありません。一度入り込んだら帰還するための道がなくなる恐れもあり、誰も入ろうとしない場所です」


アイゼンが説明してくれた。


「我らケークス防衛隊は奮戦したものの、ここまで落ち延びるのがやっとでした。現在ここには100の民。30の兵士がいます。ケークスはイグナッソの手に落ちました。私と私の隊はあなたに従う準備がある。あそこで共に戦った時に決めたのです、我々は力が欲しい」


 騎士風の男アイゼンが言った。


「⋯⋯事情を言ってくれ」


「……ケークスの防衛隊は見捨てられました。ケークスの市長と警察隊の上層部、司法も……、トップの多くは襲撃の前に逃げ出していました。我らは……」


「上が事前に知っていたが、裏切ってた? 捨てられた? 防衛隊のトップは?」


「……死にました。襲撃の際に。我々は、いや、俺は行く宛のない軍人になった。他の連中もです、そして生き方を変えられない。かと言って誰に従うのか。少なくともあいつらにはもう従わない、そして復讐がしたい。どうしてもです。何を犠牲にしても⋯⋯」


 アイゼンの瞳には狂気と激情が混じっていた。僕と同じなのだと、すぐにわかった。殺し足りないんだ、敵を。ぜんぜん足りないんだ。


「⋯⋯そう。僕がメチャクチャなやつだったなら、どうするの?」


「──すでに覚悟しています……」


「⋯⋯あのー、私はそんな覚悟してないからね?」


 よく日に焼けた肌の緑の瞳の女。ミリアムが割り込むように言った。



「──そう、別にいいよ。それとイグナッソってなに?」


「──イグナッソは……」


 聞くとアイゼンが言い淀んだ。


「──イグナッソは帝国の専権部隊だよ」


「──専権部隊?」


「うん、知らないのね。あなたフリージア人でも、西方の人間でもなさそうね。詮索はしないけど、そのほうがいいでしょ?」


「ああ、しないでくれると楽かな」


「──イグナッソ専権隊。たんに専権隊とも言うわね。東に、大きい帝国があるの。セルシティ帝国、そのなかに世界中のタワーを我が物にしたがってる組織があるの。世界のタワーは帝国臣民のものだって。全てのタワーは帝国に専有する権利があるという思想のもと動いている部隊が、──専権隊。イグナッソ専権隊」


「資源が欲しいのか?」


「昔あった超大国がそれをやろうとしたのよ。失敗したけど。それを今度こそ自分たちが為す! みたいな感じ? 知らないけどね、あいつらの考えなんて、反吐が出る」


「その帝国が、その超大国と同じ流れを汲む国なの?」


「その通りです。超大国ムーア。セルシティの中心地フレイヤから起こった奇跡の国。百年で滅んだ国でもあります、数え方によっては三百年ともいえますが」


「百年、短いな。ここは大陸なのか?」


「……それは」


 アイゼンが緊張したように俯いて、黙り込む。


「あのー、聞いてもいい? ……なんで、そんなことも知らないの?」


 沈黙が場を支配した。


「わたしはいかなる事情があろうとも気にしません!」


 アイゼンが声を上げ、沈黙を破った。


「今はその質問には答えない。だけどこれからも僕がこんな質問することはあると思う。君にとっては疑問に思うような質問も。それについてはあまり気にしないで、答えてくれると助かる」


「……うん、わかった。わたしはそれでいい。ここは大陸よ。で、どうする?」


 少し、苦い顔でミリアムが言った。納得はしていないようだった。


「どうするってのは?」


「ここにいる奴らのリーダーになるのかどうか。因みに遠くへ逃げないなら残党狩りが始まるでしょうから、それもどうにかしないといけないわ」


「我々一同、ついていく所存です」


 ミリアムが言うと、アイゼンが決意を込めたような声で言った。


「……ああ。此処にいるものたちの代表者になるよ。よろしくね」


「⋯⋯名前は?」


「──ネビュラ。今はただのネビュラとだけ名乗っておく」


 二人、同時に頷いた。


「ネビュラ様! 良い名です。早速皆に挨拶しに行きましょう!」


 アイゼンが興奮したように言った。


 なぜ、ティモシーと名乗らなかったのか、自分ではわからなかった。


 名前は捨てないと決めてたはずなのに。


 わからないけど、それはなにか僕の中にくすぶり始めた暗い気持ちがそうさせたのだと、そう感じていた。


 これから己がやることの、その責任を一切ティモシーに感じてほしくなかったのかもしれない。


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