10話「像獅子討伐・死の風」
──2週間経って。
9階層に活動の場を移した。
それまでの変化といえば……
5層からはエレベータが現れた。これもランダムにしか出ないけど、行ったところがある階まで移動させてくれる。
これはかなり助かった。エレベーター自体が必ずあるわけじゃないから、運だけど。
探索せずに移動していっても、塔を登るのは時間がかかる。
各階につき、早くて数時間。遅ければ1日以上。
今までで一番長くかかったのは初めて8階を進んだ時、この時はキャンプを張って1日半過ごした。
採集出来るのは主に、魔物なら石像鳥、石像兵(大、中、小)、王毒蛇など。砂猫妖魔も。
今日はギルドに行って魔力を測ってきた。
最初やった時は位階6だったのが測ると──
──位階14となっていた。
誰にも見せなかったけれど。あの受付嬢に見せたら驚かせることになったかも。それとも嫌味を言われるかな。どちらでもいいけど、秘密主義でいこう。
左目のことも未だ誰にもいってないんだ。
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砂漠の塔は18階まであるらしいので、もうあと4階のみを残す。
もうすぐゴールドカードがもらえるけど、次の月にはプラチナになるな。
稼ぐ額はどのくらいだっけ。
最初平均日収400、週に2500ほどだったのが……
1300、7800。週に7800……
かなりの額だ。
月に31200。弾薬と武具のメンテナンス費用は800。
もっと特殊な弾薬を使ったり、メイスを新調してもいいかも。
ていうか、ここで思った。
なぜワーカホリックになっているのか。普通にもっと楽しんで暮らせばいい。いや、魔物を喰らうのは好きではあるけど……
もっとデートしたり、仲間でも作ったりしてもいいかもな。
もうこの世界にだいぶ順応している。……力もある。友人はマオマオくらいだけど、探索者のコミュニティに一応は所属している。マクベスは友達といっていいかはわからない。嫌いじゃないけど、仕事以外の交友はない。
その日から、もう少しだけ周囲と打ち解けるようにし始めた。
他の探索者、最初に話しかけてきたサットや、サットと以外の奴にも挨拶してみたり、ギルドから頼まれた依頼をこなしてみたり。
2週間もすると、だいぶ皆んなと打ち解けた。
そして砂漠の塔の最上層に挑むことにした。
何故か、なんとなくキリが良いと思って。
@@@
「はぁ、……本当についたぞ、ついに、着いたんだ……」
砂漠の塔の最上階は、天井に大穴が空いた広間だった。
石造りの闘技場を彷彿とさせるような広間で、砂粒が他の階層以上に床に混じっていた。
通路もあるが、壁は崩れていたり、ほとんど一つの大きなフロアとも言えるようなもので──
その広間に、──巨大な獅子が寝そべっていた。
巨大な石像の獅子。ギルドの砂漠の塔の概要に書かれていた気がする。
遺跡の獅子の伝説。
象並みの大獅子。象獅子。それとも像獅子だったのかも。
それは戦車のような体躯を軽々と持ち上げて、顔をこちらに向けた。石像鳥のような人工的な無機質な瞳じゃない。生物の意志ある瞳だった。
澄み切っていて、”よっこらせっ”という具合に起き上がってこちらに歩いてきた。
突然──
なんの前触れもなく、威嚇もなく。
目の前に──巨大な爪。
心臓が跳ねる。が、体は自然に避けていた。
くるっと獅子が半回転して尻尾の先、ハンマーのような先端で、人の胴ほどの鈍器が、高速でこちらに振るわれた。
身を低くして避けると、通り過ぎていく轟音と風に耳が飲み込まれたようだった。
ごわごわのコートが裂けていた。爪の跡がくっきりと裂けて広がっている。
改造し強化した拳銃を連射するも、その石像の体躯はあまりも分厚く硬かった。
マクベスからセットしてもらった魔銃もライフルも効かない。
もちろん剣も。
「──マクベス、言って体も意味がわかったよ。普通はこういう怪物は、ここで逃げ帰った奴の報告を元に特注の武具を作って戦うんだよね。今自分自身で身をもって実感してる」
初見で、準備もなく、需要もない相手に有効なものを前提とするべきじゃない。あれは鎧の話だった。たしかにそうだ。こんな怪物を相手にする想定で、そんな装備で僕はここまで登ってきてなんていない。
「──思い切り魔力を通したメイスなら…… どうかな……」
希望的観測かもしれない。
この獅子の体で、もっとも柔らかそうなのはどこだ? どこなら攻撃が通る?
腹と尻尾の付け根から中間。狙うなら付け根か。可動部位。
腹は隙を見つけたらでいい。
口元、目鼻も急所だろう。
一瞬逃げることも考えた。しかし入り口に目をやろうとする瞬間、目の前に獅子が迫っていた。
(──はやい! やるしかない!)
ブッゥン!
音がなるほどに魔力を通し、獅子に立ち向かう。
互いに攻撃を避けあって、攻撃を叩きつけ合おうとした。
僕が攻撃を当てることに成功し、あちらは失敗に終わった。それをなん度も続ける。僕が成功し、あちらは外す。当てて、避ける。当てて、避けて、息を整える。
一度でも避けられなかったら、戦いはとっくに終わってただろう。
僕は奴の一撃をまともに喰らえば、一撃でにダウンする可能性が高かった。
初めて、この世界で力を得て、本気で発散できる相手だった。お互いに考えられないほどの身体能力。魔力を込めた腕で全力でメイスを振るうと、この獅子ですら無視できないほどの破壊のエネルギーが生まれた。自分の腕じゃなくメイスが壊れないかの方が心配だった。
戦闘はスリリングで、楽しかった。
生きてる感じがした。
己の身一つで世界を試しているような感覚だった。
それとも世界が僕の限界を試している感覚だろうか。
常に呼吸と共に笑いが漏れていた。
「俺が勝つぞ! 俺が勝つぞ!」
獅子を煽るようにいうと、それに応えるように獅子が咆哮で返えしてきた。
楽しい時間は短く、怪物と命懸けて向き合うには、十分長い時が過ぎた。
最後に立っていたのは僕だった。
目を瞑って伏せた獅子は──
”あー、疲れた。おやすみ”
と言っているみたいだった。
あまりにも往生際の良い怪物。
初めての好敵手。喰らう気になれなかった。
「──もっとお前と戦ってたかったな……」
左目が狼狽えたのを感じた。
左目に巣食う怪物も喰らう気に慣れずに動揺しているらしい。
獅子は、至極どうでも良さそうにして、眠るように逝った。
「──なんか妙に寂しいな。はぁ…… くそっ……」
無理やりに喰った。
今までで一番美味で、一番不味かった。
しけた味だった。くだらない味だ。
それでも喰らう。
獅子ともう少し一緒にいたかった。何故か戦っている最中にどうしようもなく気にいってしまったのだ。そしてお気に入りの生き物が消えることが、こんなにも、後味悪いとは。そんなこと知らなかった。経験もなかったし。それは僕の瞳に宿る怪魚も同じ気持ちだったと思う。
獅子を喰らったあとは、寂しい余韻が長く続いた。
《四肢の強さ、得れり》
>>タワー・ウォーカーの称号を獲得しました。
脳裏に声が響いた。なんと言っていたかは覚えていない。それよりも体が熱っていた。高熱が出ているように意識がぼーっとしていた。頭痛がする。頭が割れそうだった。
おそらくあの獅子を喰らった影響だ。
負荷がかかっているんだ、あれだけ強力な存在を糧としたなら当然の気もした。
何かまた強くなったのだろう事だけは理解できた。
あの獅子は塔の魔物みたくリスポーンするのか。
それが気になっていた。
この砂漠の塔の最上階は攻略記録がないとされていた。
ていうことは僕が初めて?
他の塔の魔物は資源として街で消費され、そのエネルギーは最後にはこの大地に吸収されて、再び塔に生まれる。 この獅子もなのか。
だけどなぁ、なんか特別な個体な気がしているんだよな。
もう会えないような。そんな確信めいた予感がしていた。
獅子の亡骸を丁寧に分割した。
一度に全部持っていくのはキツイが、自分のものだと示すサインと共に、最上階に隠しておく。持っていくのは両腕と頭部。ロープで無理やりに縛って塔を降りていく。
獅子の亡骸を持っている間、塔の魔物は僕に近づこうとはしなかった。
あの獅子に敬意を払っているのかも知れなかった。
帰り道は、ひたすら無心だった。
@@@
──数日後。
今日はマオマオの誕生日。
「ネブラ祝ってぇーマオっ!」と言われたので、僕の奢りで評判の良い店で飲み食いすることになっている。
だが、待ち合わせのために向かった街の中心街からは、怒声が聞こえてきた。
ー大変だぁー!! イグナッソが攻めてきた! イグナッソが本当に攻めてきたっ!!
最初、意味がわからなかった。
イグナッソが何かも知らなかったし。
この時は……
何一つとして理解できていなかった。この世界の状況が。
「──なんだよ、何が起きてるんだよ」
夕暮れ。
非日常の波に飲みまれてしまったかのように、足がふらつく。
燃えるような夕焼けの中、人々が列をなして我先にと逃げ惑っていた。戦闘員だけじゃなく、一般市民が、女子供が、老人が大きな騎乗魔物に乗った兵士たちに串刺しにされた。押し除けられ、踏みつけられ、切り付けられていた。
突然、視界の端の丁字路のあたりが光った。
眩い光の後、轟音。
魔砲弾が炸裂し、十人以上の市民が一気に吹き飛んだ。
逃げていた人たちの体の部位が転がってきた。
「なんだよ、これ…… なんなんだよ……」
こんな光景が目の前にあっても、それでも頭はボヤけていて、現実味がないように感じられた。
足が震えていた。魔物と戦うのには慣れても、こんな光景には慣れてなんかいなかった。
デザート・イーグルのギルドは全壊していて、入り口近くにあの受付嬢がいた。
体が半分ちぎれている。
まだ少しだけ動いていて、こちらをみて何か言おうとしていた。
「あ、ネブ、さん、逃げてくださ…… あ」
それだけ言って、そのまま事切れた。
「──なに、……最後に、僕のこと心配してんだよ……」
自分でもびっくりするくらいに涙がとめどなく溢れてきた。
視界が水の中みたいになって、鼻水まで出てくる。
「──なんだよっ、これっ!!」
世界は答えない。
ーお前ら! 応戦しろ! 応戦しろっ!
付近でギルドで顔見知りになったサットが周りの人間を鼓舞していた。が、すぐに弓矢が飛んできて首を貫通して倒れた。サットの周りの人間の一人が代わりに指揮を取り出したが、応戦していた市民や探索者、兵士の一部は逃げ始めた。
混沌。
街中で乱戦になっていた。
3mはある鎧をきたトロルのような魔物が動いていて、戦車のように市民を蹴散らしていく。
剣を抜く、左手に銃をもって走った。
考えるのもいやだった。
叫び声を上げながら、一団の中に入り戦った。




