最初の冒険者
アバドゥンは新しく招き入れたダンジョンマスターのダンジョンを眺めていた。
彼がこれまで手がけてきた中で1番小さなダンジョンだ。
だが、小さいながらに創意工夫が凝らされ、ユニークなモンスターに溢れている。
初手から土着神が迎え撃つダンジョンなど、これまで見たこともない。
だが、きちんとクリア出来るよう作られており、しっかりとゲームとして成り立つ。
初めて作った割に、ゲームとしてのバランスが取れており、アバドゥンは感心したものだった。
今、彼の配下の者たちが、彼の指示に従い、29人の子どもの魂と、1人の大人の魂をこのダンジョンに運び入れている。
後は、現実世界の彼ら彼女らが、眠りにつくのを待つだけだ。
アバドゥンが楽しみに待っていると、1つの魂が人の形となった。少年の形になったソレは、荒れ果てた教室の机で突っ伏して寝ている姿勢を取る。
もうすぐ目が覚めるだろう。
そうすれば始まるのだ。
虐げられた者の仕返しダンジョン、“いじめられっ子ダンジョン”の初舞台が。
せいぜい無様に抗い、楽しませてもらおうとアバドゥンはニヤニヤしていた。
○○○
目が覚めると教室にいた。
明日から夏休み。明日のラジオ体操に備え、早めに寝ようと布団に入ったことまで覚えている。
つまり、これは夢だ。
夢の中で夢と気づくのを明晰夢、というらしい。
そうでなければ、この現状が説明出来ない。
見覚えのある教室だが、ものすごい年月が経ち、ぼろぼろになっているのだ。
兄貴が持っていた“漂流教室”という漫画みたいだな、なんて思った。
それにしても、夢の中でまで学校に行きたがっていたのだろうか?にしては荒廃具合が凄まじいが。何かのメタファーなのだろうか?
考えてみれば、この1学期は変だった。
斎藤の奴が始めた嫌がらせに乗っかり、みんなで一ノ宮さんを無視する流れになっていた。
馬鹿馬鹿しい話だが、一ノ宮さんと話す機会が無かったし、向こうから話しかけられることもなかったから、無関心で過ごせた。
だけど、周りはやり過ぎな気がした。
止めなかったのはどうかな、とも思ったけど、僕に矛先が向くよりはマシだと思ったので何もアクションはしなかった。
実は罪悪感があったのだろうか。
それがこんな夢を見せているんだろうか。
窓の外を見ると、建物はひとつもなく、霧に覆われている。
空は血の様に赤い。夕焼けにしては不気味な感じだ。
窓の外を眺めていると、急に放送がなる。
ノイズ混じりで、聴き取りづらいが、下校の時刻を告げる放送だ。
教室を見渡すも他には誰もいない。
僕は教室を出ることにした。
○○○
暗い廊下。
錆びついた防火シャッターのせいで他の教室に入れない。
切れかけの蛍光灯が照らす階段を降りるしかないみたいだ。
懐中電灯も無いので、手すりにしっかり捕まって、転けないように、階段から足を踏み外さないように降りる。
ぴちゃり
上靴が水溜まりを踏む。
こんなところの水溜まりが、ただの水溜まりでは無いだろう。
僕は上の階へ戻ることにした。
夕暮れの明かりが見えるようになった時に気づく。
上靴の底が溶けている。
何かまずい、と頭の中で警鐘が鳴り響く。
階段から3階の廊下に走る。
廊下から、元いた教室へ走る。
教室に入る時に廊下を振り返る。
そこで僕は見た。
階段から廊下へ、水溜まりだと思っていたものが移動しているのを。
声をあげ、教室に逃げこむ。
扉を閉めようとするが、錆びついた扉は閉まりきらない。
廊下の窓も開きっぱなしだ。
教室の前に水溜まりがやって来た。
扉の隙間、開いた窓から水溜まりが教室に入ってくる。
僕に向かって這い寄ってくる。
僕の前にあった机の木の部分が、水溜まりに触れた瞬間煙を上げ始めた。
僕はベランダ側に逃げた。
しかし、ベランダは途中で崩れており、3階からグランドまで捕まるものがない。
だが後ろからは、何でも溶かす動く水溜まりが迫っている。
飛ぶしかない。
僕は決意し、ベランダから飛び降りた。
その途中で見た。
地面から巨大なピンク色の虫が現れ、口を広げているのを。
口の中に収まったところで、僕の意識は暗転した。
○○○
朝起きたら、汗だくだった。
あまりにも汗だくだったので、母さんからラジオ体操の前に、シャワーを浴びろと言われた。
シャワーを浴びながら、夏休み初日から悪夢を見るなんてついてない、と思った。
シャワーを浴びている時に、父さんの剃刀が当たって、足に怪我をしてしまった。
泣きっ面に蜂だな、と思いながら僕はラジオ体操へ向かった。
まさか、これがこれから毎日見ることになる悪夢の始まりだとは夢にも思わなかった。
○○○
アバドゥンは満足していた。
一方的な虐殺とも言えるゲームを、勝ち組で観戦出来たことに。
そんな素敵なダンジョンを作ったダンジョンマスターの思惑通りに事が進むことに。
そのダンジョンを作ったのが自分であることに。
「我が輩、実に良い仕事をした」
他にも、この悪夢の迷宮に誘われた者達がいたが、だいたいがアシナガサマに捕食され終わった。
その中で言えば、アシナガサマの脅威に気付き、引き返す選択肢を持ち出せた彼は優等生であると言える。
「次の攻略が楽しみであるな。勘の良い者は夢を共有して“パーティ”を組むやも知れんが、それはそれで楽しくなるのぉ」
そんなことをアバドゥンは呟きながら、ダンジョンを眺め続けるのであった。




